舞台裏×水魔の真実

 客席からの鳴り止まぬ拍手喝采の中舞台を演じ切ったムジナたちが舞台袖へと捌けていく。全てを出し尽くしたといった様子の疲労困憊状態のムジナたち役者陣をギンたち裏方陣がタオルと飲み物を手に出迎える。



「お疲れ。大丈夫か?」



「ぜ、全然余裕だね……ぜひっ」



 ムジナやテンコ主役枠は勿論センコもタマモも、裏方陣も全身全霊、まさに全てを出し尽くしやりきった。

 遅れてヨロヨロと舞台袖に戻ってきたアズレアとサルビアも同じような状態で、そちらには影次が駆け寄っていく。



「二人とも本当にありがとうな。今回の舞台がここまで上手くいったのは二人のお陰だよ」


「え、エイジ様のお役に立てたのならば幸い、です……」


「アズレアちゃん無理して喋らないほうがいいよぅ。ずっと歌いっぱなしで喉限界でしょ?わたしも両手もう動かせないよう……」


「取り合えず体を冷やさないように汗を拭いて、水分をしっかり取って……ってその様子じゃ無理そうだな、ほらっ」



 精魂尽きてもはや満足に動くこともままならないアズレアたちに無遠慮とは思いつつも頭上からタオルを被せ汗を拭きお茶を注いだカップを口元に添えてあげる影次。アズレアは「そこまでして頂かなくても」と最初は遠慮していたが公演中ほとんどずっと歌いっぱなしで疲れ切っていた事もあってか素直に甘え始める。

 ちなみにサルビアは最初から何の躊躇もなく餌を求める雛鳥のように全力で甘ったれてきたが。



「はは、見たか……これが僕たちの実力だ。この歓声も全部僕たちに向けられたものなんだぞ……」



 いつものように自信たっぷりにそう言ってはいるがムジナ自身まだ観客たちからの大歓声をどこか実感しきれていない様子だ。先週まで実力どころか熱意も覚悟も無かった自分たちが舞台をやり遂げ、その結果がこの大歓声なのだ。ムジナだけで無く他の劇団員たちにとってもこれは生まれて初めての経験だった。



「ほんと、歌ったり踊ったりしながら演劇やれなんて言われた時はどうなるかと思ったけど」


「あああああ……ご、ごめんなさいごめんなさい私なんかが調子に乗りましたすみませんすみませんお見苦しい姿を……あわわわわわ……」


「テンコお姉ちゃんすっかり元に戻っちゃった。さっきまであんなに格好良くて綺麗だったのに」


「やってやった、って気分だな。仕事してる時よりいい汗かいたよなショウフク」


「ごっつぁんです」



 『木葉坂』の皆、疲れ切っていながらもその表情は晴れ晴れとしており満足気だ。そんな彼らの様子に影次もふと、自分が所属していた劇団の初公演の時を思い出す。


 自分たちも最初はこんな風にがむしゃらに、ただ無我夢中で……舞台をやり遂げた後しばらくしてから段々と実感が沸いてきたものだ。

 ……自分たちの初公演はこんな拍手喝采とまでは行かなかったが。



「あわ、あわわっ」


「おっとごめんごめん。ボーッとしてた」



 『木葉坂』に自分の昔の姿を重ねてしまいほんの少しだけ郷愁に耽っていた影次。彼がぼんやりしている間ずっとタオルでもみくちゃにされ続けていたサルビアの髪がとんでもない事になってしまっている。



「エイジ様、どうかなさったのですか?」


「いや……ちょっと懐かしいな、って思って」


「アズレアちゃあん……髪直してぇ」



 そんな影次の視線に気付いたのか、互いに舞台をやり遂げた事を喜び合っていたギンたちが影次の元へとやってくるとカーテンコールの時と同じように全員一列に並び、顔を見合わせタイミングを合わせ揃って深々と影次に向け感謝の意を込め、頭を下げる。



「エイジさん、本当にありがとうございました」


「まぁこの大成功もひとえに僕の脚本の力だが……君もお陰だというところも三割、いや二割くらいはあると認めてあげなくもない」


「いやぁ正直この数日間は地獄かと思うくらい大変でしたよ!でも楽しかった。なぁショウフク?」


「ごんす」


「ひ、ヒロインにさせられた時は恨みましたけど……あ、ありがとうございました……」


「……感謝してるわよ」


「本当言うと今までは単にお姉ちゃんたちに付き合ってるだけのつもりだったんですけど、舞台ってこんなに楽しいものだったんですね!」



 『木葉坂夢幻堂』のメンバーが一人ずつ感謝の言葉を述べ、最後に全員で声を揃えて「本当にありがとうございました!」と影次に向けて再度深く頭を下げる。



「い、いや……この結果は全部皆さんの力であって俺はただちょっとだけお節介を焼いた程度で」


「あれ……、エイジさんちょっと泣いてる?」


「泣いてないよ」


「あわ、あわわわっ」


「ああっ、折角直したのに」



 余計な事を言ってまた髪をもみくしゃにされるサルビアと慌てて止めに入るアズレア。そんなやり取りに笑い声を上げるギンたち。

そんな和やかな雰囲気を台無しにするように突如野太い声が響いてきた。



「なんだなんだぁ? すっかり勝ったつもりでいるのかよコラァ! まだ俺らのステージがあるってのに忘れてんじゃねぇぞコラァ!」


「物珍しさで多少ウケたくらいで図に乗ってんじゃねぇぞボケェ!」


「出たなガチムキ筋肉団」


「『ジェンツーガバメント』だコラァ!」



 先攻の『木葉坂夢幻堂』の舞台が終わり次は後攻である彼ら『ジェンツーガバメント』の出番だ。ステージの上では『ジェンツーガバメント』の裏方陣が自分たちの劇の準備を進めており次の舞台が始まる前に飲食物の買い出しやトイレに席を立っていた観客たちも次々と広場に戻ってきている。



「フン、僕たちの華麗な舞台を観てもまだそんな強がりを言えるとはね」


「さっきも言ったがあんなのはお前らの実力じゃねぇだろコラァ! 珍しさと奇抜さでお客の目を引いたってだけの虚仮脅しだコラァ!」


「しかも何だボケェ! 街中で話題の吟遊詩人さんたちをちゃっかり引き込みやがってボケェ! ……あの、後でいいんでサインいいですか?」



 相変わらず荒くれチンピラもしくは山賊のような風貌と物言いとは裏腹に御尤もな事ばかり言う連中だ。

 取り合えず影次は頷いてばかりいないでアズレアたちに助け舟を出してあげた方がいい。



「最後にちったぁマシな舞台が出来ていい思い出になっただろコラァ! これで思い残す事もねぇよなぁコラァ!」


「今から俺らが本物の舞台ってものを見せてやるわボケェ! しっかり目ん玉抉じ開けてろやボケェ!」


(要するに「君たちも凄く頑張ったね。でもまだまだだから調子に乗っちゃ駄目だよ」って言いに来たのかな?)



 プロ意識の高い彼らなりに『木葉坂』の舞台を称賛してくれたつもりなのだろう。当然そんな事がギンやムジナたちに伝わる筈も無く勝ち誇ったように笑いながらステージへと向かっていく『ジェンツーガバメント』の背中に負けじと言い返す『木葉坂』の面々。



「ゴツい癖にいちいち文句言いに来たりみみっちいのよこの過剰筋肉どもー!」


「本番中こむら返り起こしちまえー!」


「ちゃんこ!」


「ちょっ、ショウフクそれは言い過ぎだろ……っ!」


(この人たちも相手の失敗を願ってるようじゃまだまだだなぁ)





 程無くしてステージ上で後攻、『ジェンツーガバメント』の舞台が始まった。

『木葉坂夢幻堂』が披露したこの世界では画期的な音楽的演劇ミュージカルに対し彼らが演じるのは極めて定番かつ王道の英雄譚だ。

 演劇に歌や踊りを取り入れた『木葉坂』に真っ向から対立するかのように『ジェンツーガバメント』は演技力のみでステージ上に物語の世界観を作り出し、観客たちを引き込んでいく。


 舞台袖から彼らの見事な舞台を見ている『木葉坂』の面々も改めて自分たちとの根本的な地力の差を思い知らされ、早くもさっきまでの自信が揺らぎ始めてしまっている。



「い、言うだけあってまぁまぁなものを見せてくれるじゃあないか」


「ど、どうしよう……ねぇ、やっぱり私たち勝てないんじゃないかな……」


「だ、だだ大丈夫よテンコ姉さん。あ、あんな筋肉ダルマたちの芝居なんてちょっと凄いだけで……」


「センコお姉ちゃん半分白目になっちゃってる。怖いよ」



 先程「ジェンツーガバメント』が言っていた通り、『木葉坂夢幻堂』の舞台が好評を得たのはあくまで音楽的演劇ミュージカルという手法が物珍しかったからであって付け焼刃の彼らの演技が『ジェンツーガバメント』に迫っていたからでは無い。



(どうせなら後攻で音楽的演劇ミュージカルの印象を観客たちに植え付けたまま勝敗の集計に持ち込みたかったんだけどな……)



 影次としては実力では勝ち目が無いので物珍しさとインパクトで強引に関心を引きそのまま勢いで観客から票を取りたかったのだが、後攻の『ジェンツーガバメント』の本格的な舞台を前に逆に『木葉坂』の舞台の印象が観客たちの頭から薄まってしまいかねない。


 勝負の体裁は整っているものの、このままではやはりこちらの勝ち目は低い。

影次がそう思っていると、その人物・・・・も同様の事を考えていたのだろう。舞台に釘付けになっている仲間たちの輪から一人そっと離れていき、そのまま周りに気付かれないように舞台裏の方へと消えていく。



(……今ここで仕掛ける気、って訳か)



 正直、心の底から今日一日何も起こらず舞台も祭典も終わってくれる事を祈っていた影次。

だが予想していたとは言えこの現実は本当に残念だし、辛い。それでも影次はあの人物・・・・を止めなくてはならない。


 それは異世界の英雄ヒーローとしてでは無く、ほんの一時とは言え舞台に向けて互いに汗を流し同じ釜の飯を食べた劇団の仲間として。



 同じように他の人たちに気付かれないようにそっとその場を離れ、後を追いかけた影次はその人物・・・・に後ろから声をかけた。



「どうしたんですか。『ジェンツーガバメント』の舞台、観ないんですか?」



 『ジェンツーガバメント』側の舞台裏でその手に怪しく光る石を握り締めていたその人物・・・・は意を決して正に今握った石を振り上げたところだった。

 そこに突然影次が自分を追い掛けてきていた事に気付き、青ざめた表情で自分を一人追いかけてきた影次へと振り返る。



「ど、どうして……?」


「どうして、はこっちの台詞ですよ。何であなたが……」




-先日ご主人様が遭遇なさった液体魔獣スライムとほぼ同一の魔力波長をこの『竜の宮殿』内部にて確認しました。詳しい方法は不明ですが何らかの方法で一時的に封印された状態にあるので今の段階では危険性はありませんが……-



 リザからそう報告を受けた時は流石に信じられない……いや、信じたくないと思ったがシャーペイに魔獣の類を意図的に保管もしくは保存した状態で携帯出来るかと確認してみたところ彼女は「かなり面倒で手間だけど不可能じゃない」と答えた。


 だとすると今回の不可解なスライムの一件は……例えどれだけそれが信じたくないものだったとしても真実は一つしかない。



「あなたが液体魔獣スライムを操っていたんですね。でもどうしてですか……答えてください





ギンさん」










 影次にそう問い詰められた彼、劇団『木葉坂夢幻堂』団長ギンは影次のその悲痛な表情に思わず喉まで出かけていた言い訳の言葉も飲み込み……。



「……すみませんエイジさん。あなたにはあれだけお世話になったって言うのに」



 その手に危険な魔獣が封じ込められた石を握りしめたまま、申し訳なさそうに謝罪の言葉を漏らしたのだった。



「いつからですか? 俺がスライムを放った犯人って気付いたのは」



「今朝、出掛ける直前ですよ。リザはあの建物の中の事は全て把握しているんです。彼女が教えてくれました。……ギンさん、あなたから『ジェンツーガバメント』を襲った液体魔獣スライムと同一の魔力波長を感知したって」


「ははっ。じゃあエイジさんはずっと俺が犯人って知っていながら舞台に付き合ってくれていたんですか?全然気付きませんでしたよ。やっぱり俺たちなんかより役者としての格が違うなぁ」


「……茶化すなよ。自分が何をしたのか分かっているのか。『ジェンツーガバメント』には何人も重傷者が出てるんだぞ。下手をすれば死人が出ていてもおかしくなかったっていうのに」


「仕方ないでしょう。あいつらが舞台に上がれなくなれば俺たちの不戦勝になって解散せずに済むんですから。でも結局こうしてあいつらはステージに立って公演を始めてしまって……。

ならもう一度、今度こそ確実にあいつらを……」


「それが理由ですか?そんなくだらない理由で……」


「くだらないなんて言わせないっ!!」



 静かに怒りを燃やしている影次の言葉に、先に爆発したのはギンの方だった。

怪しく輝く石を強く握り締めたままギンが吠える。その姿は今まで影次が接してきたギンという人物のイメージからは想像も出来ない。まるで別人のような形相だ。



「俺たちにとって『木葉坂夢幻堂』は掛け替えのない繋がりなんだ!学校を卒業しても、各々稼業を継いでもずっと縁が切れずにみんな一緒にいられたのはこの劇団があったからだ!!

俺にとってはムジナもシガラもショウフクもテンコもセンコもタマモも家族同然……いや、実の家族より大事な連中なんだ!! それを守るためなら何だってやってやる……何だってだ!!」


「劇団が無くなるからと言って関係性まで消える訳じゃあない。みんな同じ街に暮らしているんだ。ギンさん、あなたは一体何をそんなに怖がって……」


「劇団が無くなっても俺たちの関係は変わらないなんてどうして分かるんだ! どれだけ仲が良い奴だってほんの些細な切っ掛けで音沙汰無くなる事だって珍しくない。ましてや実の家族ですらだ! 

俺はあいつらだけは絶対に失いたくなかった……。だから酒の勢いで売り言葉に買い言葉でお互いの劇団の解散を賭けた勝負なんて事になって、どうすればいいのかわからなくて……!」


「だからって相手を殺そうとするなんてどうかしてるだろ!そんな事したら『木葉坂』はそれこそお仕舞いじゃないか!」


「うるさいっ! うるさい黙れ黙れ黙れ!! 邪魔するというならエイジさん、あなただろうと容赦はしないぞ!!」



 ギンが握り締めている石を振り被る。放たれる光が心無しかどんどん強くなっていきそれに合わせてギンの様子が益々異様なものへとなっていく。

 激しく興奮し荒く乱れた呼吸、血走った真っ赤な眼、まるであの石から放たれる光に心を狂わされているかのように……。



「……そこを退いてくれ。あなたには本当に感謝してるんだ。あんな凄い舞台を出来たのはあなたのお陰だし半端者の俺たちに覚悟を決めさせてくれたのもエイジさんあなただ。だからお願いだ、邪魔をしないでください……頼むから」



 この数日間舞台を成功させようと力を合わせてきた影次を仲間だと思っているのはギンとて同じだ。だからこそ仲間の、恩人の影次を手にかけたくはない。


 それはギンに辛うじて残された、最後の理性だったのかもしれない。



「退きませんよ」



 だが、影次はそんなギンの懇願を一蹴し両手を広げて行く手を阻む。

例え仲間であろうと、決して譲れないものがある。譲ってはならないものがある。



「俺が退いたらあなたはこれからもっと大勢の犠牲者を出す。そんな事は絶対にさせない。『木葉坂夢幻堂』のためにも……ギンさん、あなたの為にもだ」


「……だったら、お前も溶けて消えろォォォ!!」



 ギンが怪しく光る石を地面に叩き付ける。砕けた石の破片が空中に光の魔法陣を描き、それが扉となってドロドロと魔法陣の中から薄く緑がかった半液状の魔獣が、液体魔獣スライムが出現する。



〈Standby〉



 それに対し影次の左手首に『ファングブレス』が出現する。


 迫る水魔を止める為に。


 これ以上、誰一人として同じ劇団の仲間を失わない為に。



〈Riser up! Blaze!〉


「……騎甲、変身」


〈It's! so! WildSpeed!〉




 歓声と拍手が響き渡る街の広場の片隅、街中の人々が舞台に注目する中そのステージの裏側で人知れず液体魔獣スライム異世界の英雄騎甲ライザーの戦いが始まった。

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