ショウタイム×新・木葉坂夢幻堂

 ジェンツーの街の中央にある大広場に設置されたステージ前。『木葉坂夢幻堂』と『ジェンツーガバメント』による演劇勝負が行われると聞いて既に客席は満員、立ち見客も溢れ返ってしまっているような状況になってしまっていた。


 祭典と聞いて訪れた観光客はいざ知らず、この街の住人には当然『木葉坂』のポンコツぶりも『ジェンツーガバメント』の見事な舞台も知れ渡っており、事前にオボロが集計した賭け率オッズは8:2で圧倒的に『ジェンツーガバメント』優勢となっていた。



「凄い人だかりですね……。もしこんなところでスライムなんかが暴れたりしたら……」



 広場に集まった人々がよく見えるように少し離れたところから広場の様子を伺っているサトラとマシロ。

 三月教会にも既に話は通しており観客の中に紛れ教会の修道士たちも待機済みだ。もし何か起こった時には瞬時に観光客や住人たちを守れるよう、特に防御、結界魔法に秀でた人員が投入されているそうだ。



「まずはエイジたち『木葉坂夢幻堂』の芝居からのようだな。このまま何も起きなければそれに越した事は無いんだが……」



 広場の他にもステージ裏の各劇団用に設けられたテントはジャンと数名の修道士たちが見張っている。珍しく興味があるからと言ってシャーペイもそちらに加わっているのが若干不安ではあるが……。



「『木葉坂』なんちゃらって、確か魚屋の倅や服飾店の三姉妹がやってるあのお遊び集団だろ?」


「『ジェンツーガバメント』の番が来るまで他所行こうぜ。ムジナの茶番なんか見ても時間の無駄だし」


「って云うかあの子たちまだ劇団ごっこやってたのね。『ジェンツーガバメント』と比較されるだけなのに」



 やはりジェンツーの街の人々からの評判は当然と言えば当然なのだが芳しくない。みんなの目当ては『ジェンツーガバメント』という一流劇団だ。彼らの知る『木葉坂夢幻堂』では前座にすらなりはしない。

 『ジェンツーガバメント』の出番が二番手だと知った客席からちらほらと席を立つ人が増えていく。満員だった客席がどんどん疎らになっていく中、ステージの上に一人の青年が姿を現し広場中に良く通る、それでいて決して耳障りを害さない声量で集まった観客たちへと語りかけ始める。



「本日は記念すべき祭典の最終日に足を運んで頂き誠にありがとうございます。まもなく劇団『木葉坂夢幻堂』が舞台『ロミーとジュリー』公演開始となります。ほんの一間お付き合い頂けると幸いです」



 舞台に現れたタキシード姿の青年が大仰な仕草で客席に一礼する。

喋り方も立ち振る舞いも良い意味で芝居がかっており否応なしに広場に集まった人々の注目を一身に浴びる事となり、席を立とうとしていた人たちもついその場の雰囲気に足を止めステージ上の青年に注視してしまう。



「これから始まりますのはとある良家に産まれたとある男女の物語。偶然の出会い、必然の再会。そして運命と決められていたかのように惹かれあう二人。

若き男女が青くも熱く愛を育んでいくのも束の間、二人の前に待ち受けていたのはまるでその絆を試さんとする試練の如き数多の苦難。果たして二人はどうなってしまうのか?

…この物語の結末は、是非皆様の目でお確かめください」



 簡潔にこれから演じる舞台の物語の触りを語り観客たちの好奇心を煽る。わざと過剰に芝居がかった言い回しをするのはこれからステージの上で行われる演劇に対して観客たちがスムーズに没入出来るように前もって非日常感を覚えさせる為だ。



「さぁ……それでは皆様、束の間の夢幻をごゆるりとお楽しみください。

『木葉坂夢幻堂』、イッツ、ショウタイム公演開始!!」



 タキシード姿の青年が高々と腕を振りかざした瞬間、ステージの両脇からフードを目深に被ったアズレアとサルビアが舞台に現れる。

 巷で噂の吟遊詩人たちはジェンツーの住人の間でも既に広く知れ渡っており登場した瞬間、広場に集まった観客たちからどよめきの声が上がり……それはすぐに思いがけぬサプライズゲストへの歓声へと変わっていった。


 アズレアとサルビアはお互い目配せするとタイミングを合わせサルビアは手に持った打楽器を叩き始め、アズレアの透き通る歌声が広場に響き渡っていく。



「ああロミー。あなたはどうしてロミーなの」



 観客の興味関心を掴んだところで歌と演奏に乗って登場したのはヒロイン、ジュリー役のテンコだ。

 勿論彼女の事も同郷である観客の多くは知っていたが、知っていればいるほど舞台の上のテンコの姿に度肝を抜かれてしまう。


 元々ルックスは良かったのだが引っ込み思案で人見知りの激しい性格からその美貌が周囲にも自身にも知られる事が無かったテンコであったが、良家の令嬢という役柄に見合う衣装と化粧を施された今の姿は舞台袖で待機している幼なじみのギンたちですら思わず見とれてしまうほどだった。



「そういう君こそどうしてジュリーなんだ。ああ、ジュリー。ぼくの愛しいジュリー」



 反対側の舞台袖から現れた主人公ロミー役のムジナ。ヒロインの家と街を二分する家の子息でありながら長年啀み合う家の令嬢と恋に落ちた青年という役柄だ。



「ぼくと君を隔てるものはなんだ。この名前がそうだと言うのならばぼくは今すぐにでもママンが名付けたロミーという名を捨ててしまおう。

君を閉じ込めているその檻はなんだ。君の名前がそうだと言うのならばそんなものは今すぐ捨ててしまえばいい。

そして誰でもないぼくと君で旅立とう。あの星空はどこまでもぼくたちを追いかけてくるだろうけど、きっとみんなには内緒にしてくれるさ」



「それはなんて素敵な事なのかしら。出来ることならば今すぐ何もかもを捨ててあなたのその腕の中に飛び込んでしまいたい。私たちを隔てているのは形のないもの。この目に見えない檻からどうか私を奪いさってください。

あなたさえ知っていてくださるのならば私はどこのだれでもない、ただのジュリーとなっていつまでもいつまでもあなたと共にいられましょう」



 この劇のメインである二人の出会いから互いの家の事情、それでも諦められず塀越しに思いの丈をぶつけあう姿をステージの上でムジナとテンコがアズレアの歌とサルビアの演奏に乗せて軽快なステップと踊りを交えながら表現する。


 歌と踊りと演劇の融合した未知の舞台に、もはや集まった観客たちは誰一人として、今ステージの上に立っているのが少し前まで三流ですら無かった街の若者たちによるお遊び演劇グループだと言う事を忘れ目の前で繰り広げられる光景に目を奪われていた……。








「凄い……みんな、あんなに俺たちの芝居を夢中になって見てくれている……」


「初めて聞いた時はどうなるものかと思ったけど……。うん、凄いよ。これ、あんたが考え付いたの?」



 舞台袖に潜んでいる出番待ちのセンコたちや裏方役のギンたちも今まで体感した事のない観客たちの反応に様々な感情が込み上げ、震えている。本番の真っ最中でなければ泣き出してしまっていてもおかしくない様子だ。



「いや、こういった演劇の手法は俺の世界……故郷では昔からあってね」



 マシロやサトラたち、それにギンたちにも聞いてこちら側異世界には無いということを確認しイチかバチか、たった1日の付け焼刃ではあるが何とか観客たちの心を捉える事は出来たようだ。



「ミュージカルって言ってね。芝居と台詞だけじゃなく音楽や歌、踊りを融合させた手法だ。正直お客にウケるかどうかは賭けだったけど……結構好評みたいで何よりだ」



 物珍しさという点も勿論大きいだろう。だが従来この世界の人々の知る演劇とは全く異なる『木葉坂夢幻堂』の音楽的演劇ミュージカルはこの場に集まった人々の目と耳と、そして心を確かに掴んでいた。

 場面が切り替わると歌の歌詞も楽器の曲調も変わりその場の雰囲気を盛り上げる時は盛り上げ、沈める時は沈め物語の抑揚をより濃く強調させる。


 ミュージカルとはただ演劇に歌や踊りを加えればいいというものではない。

演技も歌も、曲も踊りも個々が独立したものであっては意味がない。全てが一体となり、劇に深みと彩りを加え相乗効果を齎すものでなければならない。

 そう言った意味ではたった1日で無理やりその身に叩き込まれた程度のムジナたちの演技はミュージカルと呼ぶには余りにも完成度も練度も低いお粗末なものだった。

 だが、それでも『ジェンツーガバメント』に勝つ可能性があるのは、今の『木葉坂夢幻堂』が観客たちを満足させられる方法があるとしたら、これくらい飛びっきりの変化球が……いや、魔球が必要だったのだ。



「さぁ、そろそろ次のシーンだ。センコ、タマモ、二人とも出番だ。裏方チームも3秒で背景変えて! 劇のテンポを崩さないように!」



 舞台の様子を伺いながら次の場面転換の指示を出す影次。それに応えて次のシーンに移るために素早く舞台上のセットを撤去し次のものへと差し替えるシガラとショウフク、そしてギン。

 セットの準備が整うと舞台袖から影次の合図を受けて再び広場にアズレアの歌声とサルビアの演奏が響き渡っていく。







「ああジュリー、どうして君はジュリーなんだ。ぼくの敵は君の名前。今君の名前が他の何かであったのならば、今すぐその手を取って君をそこから奪えるというのに」



「ああ、ロミー。どうしてあなたはロミーなの。あなたのその名前が、私のこの名前が邪魔をするというのならば今すぐこんな名前は捨ててしまうわ。そしてあなただけがささやいてくれる名前をつけて。わたしのためにあなたが呼んでくれる名前をつけて」



「ああ、ジュリー。いや、そうだ。ならばたった今からぼくはトミーとなろう。そして君はジュニーだ。さぁ古びてしまったものなど捨てて二人でどこまでも遠くへ行こうじゃないか」



「待ってロミー。名前あんまり変わってないわ」



「急に言われても思いつかないよジュリー」



 不意打ちのようにコミカルなシーンが挟まれ物語につい没入していた客席から笑い声が上がる。

ちなみにこのシーンはムジナの当初の脚本をそのまま流用させてもらった。ギャグパートとして。

 当人は甚く不服そうだったがご覧の通り好評なのだ、我慢してもらおう。



「何だか信じられないな……俺たちの舞台でみんなあんなに喜んでくれてるなんて。まるで夢を見てるみたいだ」


「ごんす」


「感動してる暇なんて無いぞシガラ、ショウフク。そろそろクライマックスだ準備するぞ!」


「了解団長!」


「ごんす!」



 劇も佳境に入り再び場面転換。衣装替えの為に一旦舞台袖に戻ってきたムジナたち役者陣とセットの交換にステージへと上がるギン、シガラたち裏方陣が入れ替わりすれ違い様に互いに片手を挙げてタッチする。



「さぁ、いよいよラストシーンだ! 気を抜かないで最後までしっかり客席を意識して! 着替え終わったらお互いに衣装のチェックをするのを忘れないように!」


「あ、ああ……任せてくれたまえよ……! そこで僕の華麗な雄姿をとくと見ててくれ」


「大丈夫? センコちゃん、タマモちゃん。あとちょっとだから頑張ろうね!」


「しょ、正直めちゃくちゃキツいけど……望むところよ……!」


「テンコお姉ちゃんもう完全に別人だよぉ……」



 舞台衣装は早着替え用に衣装の上から別の衣装を着込みボタンや紐などで上の衣装だけを素早く脱げるように、と影次の大分無茶な注文にも見事に合わせてシガラとショウフクが仕上げてくれたのでムジナたちはほんの数秒で着替え終える。

 汗を拭き水分を取るとラストシーン用のセットに交換してきたギンたちと再び入れ替わり舞台へと飛び出していくムジナたち。


 舞台転換と衣装替えが済み、再びステージに戻ってきたムジナとテンコたちに客席から大きな歓声が上がる。

 生まれて初めて味わう観客たちからの歓喜の声に思わず視界が滲むのを堪え、サルビアとアズレアの演奏に合わせてムジナが、テンコが、物語のクライマックスシーンを演じ始めた。



(『ルプス』。異常は?)


〈現在のところ異常は検知されておりません〉


(そのまま引き続き警戒しててくれ。流石に本番中に仕掛けるとは考え難いが……念の為にもな)




 広場から一際大きな歓声が上がり舞台袖から顔を覗かせると丁度この劇最大の山場であるシーンに突入したところだった。

 益々いがみ合う両家の親たちが様々な手段を用いて主人公たちの仲を引き裂こうとする中、二人は我が子の言葉にも耳を貸さず益々醜く憎み合う両親たちの姿にとうとうこの町を捨てて旅立とうと決意する、というシーンだ。


 互いに手を取り合い町を出ようとするロミーとジュリー。だがその前に両家からそれぞれ仕向けられた刺客が立ち塞がる。ロミーの家の刺客はジュリーの、ジュリーの家の刺客はロミーの命を奪わんと剣を抜き襲い掛かる。

 殺陣に見立てて踊りながら刺客たちの刃からお互いを庇い合い、逃げる二人。派手なアクションと緊張感を募らせていく展開に観客たちも固唾を呑んで物語の行く末を見守っている。


 よく見ると客席の後ろの方、立ち見客の中に周囲と比べ一回り体格の大きな男たちの姿を見つける。どうやら『ジェンツーガバメント』も『木葉坂夢幻堂』の音楽的演劇ミュージカルが気になって仕方がないらしい。

 更にもう少し後ろの方では完全に舞台に夢中になって見入ってしまっているサトラとマシロの姿も……。

 頼むからちゃんと周囲を警戒していて欲しい。








 舞台開始から休憩を含んでおよそ二時間強。最後は裏方陣営も含めて全員で舞台に並び歓声止まぬ客席に向けて大きく手を振り、最後に一同揃って深々とお辞儀で終幕カーテンコールを締め括る。





 劇団『木葉坂夢幻堂』の本当の意味での初舞台となった今回の公演。



 こうして無事。大成功という形で終わりを迎える事が出来た。

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