劇団長ギン×木葉の絆
ジェンツーの街のトンネル開通記念祭典も後僅か。『木葉坂夢幻堂』の舞台公演本番まで残り1日となった。
街の外に『神の至宝』で作った稽古用の大型ホールで今日も朝から影次と『木葉坂夢幻堂』、そしてアズレアとサルビアの十名は地獄の特訓……もとい猛稽古に励んでいた。
「アズレア! ここは一番の盛り上がりどころなんだ! もっと情念を込めて!!」
「はいっ……! すみません最初からまたお願いします!」
「ひぃぃ……こ、これじゃあ邪神じゃなくて邪鬼だよぅ……」
「リズムがズレてるぞサムビアっ!!」
「ご、ごめんなさぁい!!」
付け焼刃の一夜漬けではあるが現状唯一『ジェンツーガバメント』に『木葉坂夢幻堂』が勝てるとしたらこの手しか無い。今は一分一秒も惜しいのだ、みんなには悪いと思うが公演が終わるまで少しの間地獄を見て貰おう。
「ひぃ、ひぃ……」
「あ、足が……腕が、千切れる……」
「ごんす……」
「……あれ、おばあちゃん……? 去年お餅を詰まらせて死んじゃったおばあちゃんが見える……」
「はい、それじゃあ一旦休憩!! また30分後に再開しますから各自柔軟と水分補給をするように! ほらそこ! だらしなく寝転がらない! 体をほぐしておかないと筋肉痛になりますよ!!」
もはや誰一人として影次に口答えする者はおらず指示される通りに疲弊しきった体でフラフラと各自束の間の休憩を取り始める。
役者としての実力も指導力も確かな上に実際自分たちが上達している実感があるのでずっと反抗的な態度だったムジナやセンコも含め、『木葉坂夢幻堂』の面々は今ではすっかり影次の指導に素直に従うようになっていた。
「おお、良い感じじゃあないか。明日はとうとう本番だがこれなら本当に勝てるかもしれないな」
「ですな。いやはや流石はエイジ殿。見事な手腕ですな」
「アレ見事って言うの? アタシの目にはただの鬼にしか見えないけど」
稽古場を見に来たサトラたちもそんな『木葉坂』のボロボロながら何処か満足げな様子に明日の公演への期待を膨らませていた。
影次同様朝一から稽古場に来ていたマシロは疲労困憊の劇団員たちにリザと共に作った特製ハチミツ漬けレモンを配っていたがサトラたちに気付くとそちらの方へとやってくる。
「おはようございますサトラ様。ジャンさんも。いたんですかシャーペイ」
「おはようマシロ。随分早いな君も」
「おはようございますマシロ殿。ふむ、何やら甘酸っぱい良い香りですな」
「おはよマーちゃ……って朝から酷いよぅ!」
様子を見に来たはいいものの、休憩中も劇団員たちに柔軟を施している影次の様子にサトラもジャンも声を掛けるのを止め、邪魔にならないようにそっと稽古場を後にする。
空気を(わざと)読まずちょっかいをかけに行こうとしたシャーペイは何処からともなく現れたリザに捕まり同じく稽古場の外へと放り出された。
「エイジのあんな熱心な姿は初めて見るな。ふふ、何故だろうな。なんだか嬉しくなるよ」
「あの方はいつも誰かの為にばかり頑張ってしまいますからなぁ」
「二人はエイジの保護者か何かなの?」
影次と『木葉坂』の事はマシロに任せサトラたちは三月教会のイワトビ司祭のところに向かう事に。
サトラもジャンも演劇に関しては門外漢なのでここにいても力になれる事は無さそうだと判断し、自分たちに今出来る事と考えた上での事だった。
「彼のあんな顔を見られただけでもこの街に来て良かったと思うよ。……残念なのはエイジがこっちの世界で役者を続ける気が無いという事か」
「さ、サトラ様……? ど、どうしてその話を……」
影次が
「も、もしかして見てたんですか……?」
「声は掛けようとしたんだが、どうにも掛け辛い雰囲気だったというか何と言うか……」
「お邪魔のようでしたしな」
「マーちゃんってエイジと二人だけだとあんな感じなんだねぇー。いやぁイチャイチャしちゃってねー」
不本意ながら覗き見していた事を自分たちなりに弁明するサトラとジャンと……シャーペイは完全にからかっているだけなので口の中にハチミツレモンを押し込まれて悶絶している。
「あの、ではもしかしてエイジの話も……」
「ああ、悪いが聞こえてしまったな。……いや気になって聞き耳を立てていた、というのが正直なところだ。エイジはマシロだからこそあそこまで話してくれたのだろう。……すまない」
「いえ、多分サトラ様でもジャンさんでもエイジは話していたと思いますよ。きっと、昔のことを思い出して誰かに話したくなっていたんだと思います」
「あれ、当たり前のようにハブられてる?」
盗み聞きの形で影次の過去を知ってしまい、ばつの悪そうな表情を浮かべるサトラをそう言って慰めるマシロ。サトラたちとて影次の身の上話は当然興味深いものの筈だ。たまたまマシロに話しているところに遭遇してしまい、そのまま立ち聞きしてしまったとしてもマシロは責めるつもりは無かった。
「劇団の件が落ち着いたらエイジには謝らないといけないな。……さてと、それじゃあ私たちは教会に行ってくる。こっちは任せるぞマシロ」
「はい、お任せください」
『竜の宮殿』を出てジェンツーの街の三月教会へと向かうサトラたちを見送ってからマシロが再び稽古場に戻ってくると買い出しに出ていたギンも同じく戻ってきた。
足を痛めてしまっているギンは公演で舞台に上がれないため少しでも仲間たちの力になろうと自ら率先してこうした雑務を引き受けてくれていたのだ。
「ごめんみんな遅くなった。ああ、丁度休憩時間か、良かった」
全員分の食事を買ってきたギンは片足がまだ満足に動かせない状態にも関わらず汗だくになりながら両手一杯の荷物を抱えてきた。怪我自体はそれほど酷くは無い筈だが安静にしていなければ治るものも治らないのだが……。
「曲がりなりにも劇団の団長が使い走りというのもどうなんだろうな」
「ん? ムジナは昼飯いらないみたいだな」
「いるに決まってるだろ! ヘトヘトなんだカツサンドよこせ!!」
「ギンさんもムジナさんもじゃれていないで、みんなで仲良くお昼にしましょう?お姉ちゃんたちもほら早く」
「今行くって。テンコ姉さん立てる?」
「……私、もうこのままここで余生を過ごす……」
「ショウフク、テンコ担いで連れていけ」
「ごんす」
昼食を買ってきたギンの元に集まる『木葉坂』の劇団員たち。影次やアズレアたちの分もちゃんと買ってきてくれたので全員で昼食休憩を取る事に。
「ふぅ……」
「だ、大丈夫…? アズレアちゃん、ずっと歌いっぱなしだもんね……」
「平気ですよ。姉さんこそ手は痛くなったりしてませんか?」
「二人とも無茶な事頼んで本当に悪かったな。出来れば明日までもう少しだけ頑張ってくれると有り難いんだけど……」
疲労困憊といった様子なのは『木葉坂』だけでなくアズレア、サルビアも同様だ。二人の分の食事を手渡しながら申し訳無さそうにする影次にアズレアは心配ご無用と笑顔で返す。サルビアの方はぐったりと疲れ切った様子を隠す素振りも無いが、それでも何だかんだと付き合ってくれている。
「しかし突然街の外に現れたこの建物にも度肝抜かれましたけど巷で評判の吟遊詩人がエルフというのも驚きました。しかもエイジさんの知り合いだそうで……。あの、本当にエイジさんって何者なんですか?」
「たまたま演劇経験がある旅の者ですよ」
ギンに尋ねられるのもこれで何度目だろうか。無理も無いが影次としても流石に正直に話す訳にはいかないのでその度に適当にはぐらかしている。
「アズレアさんとサルビアさんだったっけ? あのエイジってのとはどういう関係?」
今度はアズレアたちにセンコが訪ねる。問い詰めるといった風では無く単純に興味本位といった様子で妹のタマモも姉の隣で言葉には出さないが同じく興味津々なようだ。
ちなみにテンコとアズレアは互いにぐうたら長姉同士で共感するものがあったのか仲良く寝転がってだらしなくサンドイッチを頬張っている。怒られろ。
「えっ? 関係、と聞かれましても……」
「エルフの人とどういう経緯で知り合いになったのかも気になるけど何だか仲良さそうだし。……あ、もしかしてそういう関係だとか……?」
「センコお姉ちゃんてば。そういうってどういう関係だって言うの。もうっ」
「ええっと……エイジ様は、私たちにとって、その……何と言いますか」
センコとタマモににじり寄られアズレアは思わず助けを求めて影次へと視線を向ける。何故か当の影次は横に座っているマシロに頬を引っ張られていた。
「
「すいませんつい。手が滑りました」
「ついなのか滑ったのかどっちだよ」
「あはは、モテモテですね」
これをどう見たらそんな感想が出てくるのかは分からないが気楽そうに笑うギンに何の心当たりもなく引っ張られた頬を摩りながらお返しとばかりに少し意地の悪い質問を投げつける影次。
「そっちこそ。美人三姉妹と幼馴染なんですし劇団の中で恋愛沙汰の一つや二つ無いんですか?」
「無い無い! ありませんよ! テンコたちとはもう物心つく前からの付き合いですし兄妹みたいなものですから」
「それにあいつら見た目は確かに良いかもしれないけど中身がアレなのは僕たち嫌というほど分かってるしね」
「あいつら未だに彼氏の一人も出来た事無いもんなあ」
「ごんすっ」
ゲラゲラと笑い声を上げる男性陣。だが次の瞬間男たちの頭上から勢いよく拳骨が落とされる。いつの間にか背後に顔を真っ赤にしたセンコが立っていた。その後ろにはテンコとタマモの姿もある。
「黙って聞いてれば好き放題……余計なお世話よ!!」
「私たちは彼氏ができないんじゃなくて作らないだけですよーだ。ねぇテンコお姉ちゃん?」
「えっ? えっと……うん……?」
「痛ぁ……っ! お前なぁ、そういうところだぞモテないのは!」
「あんたにだけは言われたくないわよムジナ! あたし知ってるんだからね? あんたウチの新しいバイトの娘にちょっかい出してるでしょ! 意味の分からない怪文書渡されて怖いって泣き付かれたんだからね!」
「か、怪文書!? 僕の渾身の愛の詩を理解出来ないのか!」
どうやらムジナは脚本のセンスだけでなく文才まで個性的のようだ。
そこからはもう大騒ぎだ。何せ十数年の付き合い同士、お互いの黒歴史も知っているのであっという間に過去の痛々しいエピソードの暴露大会になってしまった。
「すみません、見苦しいところをお見せしてしまって」
休憩を終えて各自また稽古を再開する中、昼食の後片付けをしていたギンが同じくそれを手伝っている影次にさっきの仲間たちの賑やかなやり取りについて苦笑交じりに謝罪してきた。
「あはは、皆さん本当に仲が良いですよね。幼馴染で付き合いも長いのにずっと仲が良いなんて珍しいですよね」
「仲が良いというか単なる腐れ縁ですよ。さっきも言いましたけどみんな兄妹みたいなものですから。下手すれば実親よりも過ごした時間が長いかもしれないくらいですしね。実家がみんな同じ商店街で店を出してる事もあって自然と同世代の奴らが集まって……って感じですかね」
ゴミを袋に入れながらギンは離れたところで明日の本番に向けて稽古に励む仲間たちへと視線を向ける。
今までの
「……最初はね、ほんの些細な切っ掛けだったんです。街に巡業に来た劇団の舞台をみんなで見て、俺たちも将来演劇をやろう、劇団を作ろうって。そんな子供の頃の口約束で本当に劇団を作って……でも結果的にそのお陰で俺たちは昔も今もこうしてずっと一緒にいられたんです。
学校を卒業しても、家業を継ぐことになっても、何か嫌なことがあっても、俺たちにはこの劇団があったんです。集まる場所が、みんながいる場所が。『木葉坂夢幻堂』という繋がりがあったから、俺たち七人は一緒にいられたんです」
友人と言うには互いを余りにも知り過ぎる、もはや好きか嫌いかという事も関係なく心の奥底で繋がってしまっているかのような関係。
ギンたちにとってお互いは友というよりも兄弟、家族同然の存在なのだろう。
その他人に口で説明するのが難しいそんな関係性。だが同様の経験を、そう呼べる仲間たちがいた影次にはギンの気持ちが痛いほど理解出来た。
「……なら、何としても明日は『ジェンツーガバメント』に勝たないとですね」
「ええ! 生憎俺は今回何の力にもなれませんけど、どうかあいつらをよろしくお願いしますエイジさん」
「任せてください。俺だって勝つ気も無しに稽古なんしてませんよ。……さて、それじゃあそろそろ本格的に扱いていきますか!」
「ほ、本格的にって……今までのあの地獄のような稽古は!? あ、あのくれぐれも本番前にあいつらブッ壊れないようにって……なんか人相変わってませんかエイジさん!?」
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