勝負の行方×燃える木葉
イワトビ司祭との話が済んだ後、影次は宿に戻る訳でもギンたちの元に行く訳でも無く、劇団『ジェンツーガバメント』の本拠地へとやってきていた。
突然訪ねてきた影次の姿を見た途端、中にいた屈強な男たちが騒然とし一気に険悪な空気へと変わる。だが当然喧嘩を売りに来た訳では無い。「何しにきやがった」と凄む劇団員たちに対して影次は敵意がないことをアピールする為に近くの屋台で購入してきた酒と食べ物を差し出す。
「そう警戒しなくてもお見舞いに来ただけですよ。はいこれ差し入れです、皆さんでどうぞ」
「テメェ一体何を企んでんだコラァ! お前が俺らにした事忘れたのかコラァ! 酒と食い物には罪はねぇからとりあえず貰ってやるよコラァ!」
「キンッキンに冷えた
どうやら喜んで貰えたようだ。言動は変わらず粗暴だが中に入れて貰えた影次たちはスライムに襲われた負傷者の事を聞くと、数人は痕は残るだろうが完治はするし日常生活にも支障が出ないだろうという事だったが、四名ほど手足を失うほどの重傷者が出てしまったそうだ。
「当然舞台にゃ上がれねぇ。あいつらは今後は裏方に回って貰うってもう話はつけてある。ずっと役者してた連中だ、今更怪我したくらいでこの業界から抜けられねぇよ」
影次が差し入れに持ってきた
「で? アンタあの『木葉坂』の連中に肩入れしてんだって? 物好きな野郎だ」
「物好きは認めますよ。でも彼らもようやく本気になり始めたところです。あの人たちが本物の劇団になれるかどうかは、ここからですよ」
「……ま、今までのナヨっちぃ腑抜け面よりかちったぁマシな面構えになったのは認めてやるよ。……で? 何しに来たんだよ結局。言っとくが俺らは最終日の公演も手ぇ抜く気は無ぇぞ」
「当たり前だ舞台で手ぇ抜いた芝居してみろ泣くまでシバくぞ」
「ぬ、抜かねぇ! 抜かねえって!!」
自分よりずっと小柄で細身の影次に凄まれ慌てて首を振る団長ボブ。ボコボコにされた夜の事がよっぽど身に染みているのだろうか、ここまで怯えられると流石にちょっと心が痛む。
「いや……怪我人が出てしまった訳だしあなた達が舞台を続けられなくなってしまうんじゃないか、と心配になって様子を見に来ただけです。でも安心しました、祭典の最終日はちゃんと『木葉坂夢幻堂』と勝負が出来そうで」
「あん? お前らからすりゃあ俺らが舞台に立てないほうが都合がいいだろ。不戦勝なんだからよ」
「それじゃあ何の意味もない。あの人たちはまた今まで通りのナヨっちぃ腑抜け面に逆戻りするだけですよ。勝とうが負けようが、きちんと勝負する事が必要なんです。」
「あ、戻ってきた。まったくもう……突然一人で行かせてくれと言うからどこに行くかと思えば」
『ジェンツーガバメント』の本拠地から戻ってきた影次の姿を見て広場で待っていたマシロが駆け寄ってくるや否や開口一番に自分たちを置いていった事に対する不満の声をぶつけてきた。
ちなみに今日はもう演奏の予定も無いというアズレアとサルビアも何故か一緒に付いてきている。要するに暇らしい。
「悪かったってば。見舞いなんだから大勢で押しかけても迷惑だろ?」
「それはそうですけど……エイジ一人でもし何かあれば……ありませんよね」
「待たせてごめんな。ちょっと遅めだけど昼食にしようか。折角だしアズレアたちも」
そう言って差し入れに持っていったものと同じ屋台のペリメニと焼き鳥の入った袋を掲げてマシロの後ろにいたエルフ姉妹にも声をかける。
アズレアは最初少し遠慮していたもののサルビアが二つ返事で食い付いてきたので釣られるように影次の誘いに乗ってきた。
アズレアは「自分たちの分はきちんとお支払いします」と言ってきたが影次は誘ったのはこっちだからと、その気持ちだけ受け取っておくと言って彼女の申し出をやんわりと断る。ちなみにサルビアは最初から奢って貰う気満々だったようだ。
ランチタイムを少し過ぎた噴水広場は祭典の真っ最中ということもありまだまだ大勢の人で賑わっていたが運良く空いていたテーブルを見つけ四人で早速少し遅れた昼食を取り始めた。
流石にまだ日も高いので飲み物は全員酒では無く蜜ラムネだ。
「はぁ……焼き鳥のこってり味、ペリメニのジュワーっと染み出てくる肉汁がシュワシュワ甘々の蜜ラムネとばっちり……」
「姉さんタレが口についてますよ。みっともない」
「ははっ、本当だ」
「エイジもですよ」
小麦粉を練った生地に包まれた肉汁たっぷりのペリメニも焼き鳥も少し冷めてしまっていたがそれでも絶品だった。
特にペリメニはショウガやニンニクのようなものが入っているようで、あまり酒は強くない影次だったがちょっとだけ
「エイジ、これからどうするんですか?」
「そうだな……スライムの件は教会に任せるとして、祭典はこのまま続行するそうだし『木葉坂』の稽古を続けるかな」
「そう言えばエイジ様は今この街の劇団のお手伝いをなさってらっしゃるんでしたね。何か私たちに出来る事があれば遠慮なく何なりと仰ってください」
「えっ、私たちってわたしも?」
ペリメニを頬張っていたサルビアが|アズレア(妹)に勝手に頭数に入れられ慌てて振り返る。
彼女たちも今やすっかりジェンツーの街で大人気の吟遊詩人コンビだ。協力してもらえるというのなら心強い。
「でも現状今の『木葉坂』の演技力じゃあどうやっても『ジェンツーガバメント』には勝てないんだよなぁ……」
「そうだエイジ。アズレアさんたちに『木葉坂夢幻堂』の宣伝をしてもらうというのはどうですか? えっと……こう、詩に乗せて歌ったりとか」
「CMじゃないんだから……。それにいくら宣伝したところで当人たちの実力が不足してたら集まった観客ががっかりするだけだよ。無駄にハードルを上げないほうがいい」
「むう……斬新だと思ったんですけど」
(……斬新?)
自分のアイディアをあっさり却下され不服そうに頬を膨らませながら焼き鳥を齧るマシロ。だが影次はマシロの今の案に何か引っ掛かるものを感じていた。
「エイジ様、その『木葉坂夢幻堂』の方々と『ジェンツーガバメント』の方々とでは、そんなにも差があるんですか?」
「『木葉坂』も別に下手という訳じゃないけど絶望的に練習量と経験値が違いすぎるんだ。まず、正攻法でいったら勝ち目は無いな」
「えっと……じゃあ、正攻法じゃなければ勝てる……の?」
「そうだなぁ……よっぽど奇抜で革新的で独創的で斬新な手法でも使えば……」
その時ふと、影次の頭にさっきマシロが言った
「マシロ、こっちの世界にはそういう演劇は無いのか?」
「そういうって、どういうですか」
「だから、例えば――――」
影次のいた現代の日本ではとても有名な演劇の手法。だがそれを聞いたマシロは唖然とした表情を浮かべてから首を横に振った。
「聞いたことありませんよそんなの。少なくとも私は知らないです。他の国だったら分かりませんがシンクレルではそういったものは無いんじゃないでしょうか」
「そうか……。いや、これならもしかしたらイケるかもしれないな……」
「あの、エイジのいた世界ではそんな演劇があるんですか? まぁ確かにちょっと面白そうですけど」
この異世界では奇抜で革新的で独創的で斬新な手法。上手くいけば『木葉坂夢幻堂』が『ジェンツーガバメント』に勝てるかもしれない。
異世界に別の世界の文化もとい技法を持ち込むような行為は本意では無いが……これはマシロが思いついた事だ、遅かれ早かれこちらの世界でも誰かが考え付くだろう。と言い訳…ならぬ納得する事にする影次。
「アズレア、サルビア。二人にも協力して欲しい事が……」
「はい。喜んで」
「早いよまだ何も言ってない」
「他ならぬ我々エルフの里をドラゴンから救ってくださった大恩ある方からの頼み事です。それを断るなどエルフの誇りが廃るというもの」
「アズレアちゃん、あれからすっかりエイジさんの信者になっちゃったから……。あ、もちろんわたしも信仰してるよ?」
「だから前も言ったけど俺は神様でも神の遣いでも無いから!」
すっかり自分を神格化してしまっているエルフ姉妹に影次の悲痛な叫びは残念ながら届かない。お願いだから祈らないで欲しい。拝まないでほしい。お供え物みたいに焼き鳥を積まないでほしい。笑うなマシロ。
「ご安心ください。もちろんエイジ様が地上でお過ごし易いようその正体については誰にも言ったりしませんから」
「正体も何も人間だよ。ごく普通……じゃないけど人間だよ」
「ですがエイジ様の武勇をどうにか伝え広めたいという気持ちもどうしても抑えられなくて……丁度姉さんと二人で吟遊詩人として旅をしている訳だし、それならばと」
「……って、アズレアちゃんが作ったのが今わたしたちがこの街で謳ってるドラゴンを狩る風来の騎士クロードエッジの英雄譚……なの」
「あれ俺がモデルなの!?」
「あ、勿論エイジ様の詩で頂いたお金はちゃんと別に保管してあります。少々お待ちください只今ご用意しますので……」
「いやいらないから! 君たちが稼いだお金は君たちが使いなさいお納めくださいとか言われても困るから!」
side-『木葉坂夢幻堂』-
「どうなっちゃうんだろうな……これから」
影次たちが三月教会に向かった後、『木葉坂夢幻堂』のメンバーたちは劇団本拠地(ムジナの実家の鮮魚店の廃屋)に集まり雲行きの怪しくなってきた祭典の今後について話し合っている最中だった。
「でも本当にみんなに怪我が無くて良かった。まさかあそこにスライムなんてものが出るなんてな」
「うん……でもあたしらは無事だったけど『ジェンツーガバメント』の連中が……」
「フン、因果応報だ。連中には当然の報いだろう」
「おいムジナ、それはいくらなんでも言いすぎだろ。手足が無くなった人だっているんだぞ」
スライムに襲われ重傷者まで出てしまった『ジェンツーガバメント』。その悲報を聞いた『木葉坂』の反応もそれぞれだった。
仲間が襲われずに済んで安堵するギン、嫌な奴らと言えど重体者まで出た事に心を痛めるセンコ、相変わらずざまぁみろと毒づくムジナ、そしてそれを諫めるシガラ、等々。
「これでもし……あいつらが舞台続けられなくなったらあたし達の不戦勝ってことになるのかな」
「あ、そうしたら解散しなくて済むねお姉ちゃん」
「……でも、それでいいの……? みんな、初めて本気で演劇やろうって気持ちになったばっかりなのに……」
「でもテンコ。どっちみち『ジェンツーガバメント』に負けたら俺たちは解散しなきゃいけなくなるんだぞ?なぁショウフク」
「ごんす」
まともに勝負すればまだ自分たちに勝ち目はほとんど無い。でも、だからと言って相手の不幸に乗じて戦わずして勝利を得るのも本意ではない。
七人全員もちろん解散なんてしたくないとは思っているものの、影次の激でようやく火のついた覚悟が十分に燃え上がる前に戦いの場そのものが流れてしまうような事態になってしまうのも望んではいなかった。
「……あたし、やっぱり嫌だ。勝てないって分かってるとしてもちゃんと勝負したい! 解散する事になったって本気で、全力で舞台で、劇団として勝負がしたい!!」
しばらく全員の間に流れていた沈黙を破ったのはやはり劇団の中で一番気の強いセンコだった。
「最初で最後の本気の舞台になったって構わない! 舞台をやり遂げて、それで燃え尽きるなら本望だよ!」
「……だな。センコの言う通りだ。戦いもせずになぁなぁで終わったらスッキリしないもんな。なぁショウフク」
「ごんす!」
センコに続いてシガラ、ショウフク。それからタマモとテンコも立ち上がり劇団『木葉坂夢幻堂』として『ジェンツーガバメント』との勝負に改めて闘志を燃やす。
「解散しちゃったとしてもみんなとの思い出が無くなる訳じゃないもんね。頑張ろうお姉ちゃん、みんな!」
「う、うん……お姉ちゃん頑張る……タマモちゃんやセンコちゃん……ギンたちと、みんなと一緒に……」
「そりゃあ僕だって戦わずして勝利したところで嬉しくはないさ。……いいだろう奴らの事情なんて知ったことか! この天才脚本家ムジナの才能の前に平伏させてやろうじゃないか!」
更にムジナも仲間たちに倣うように意気込みを露わにし、最後に団長のギンがすっかり別人のようになった頼もしい仲間たちの顔を見回し拳を突き上げ高々に叫ぶ。
自分たちは劇団だ。舞台役者だ。ならば勝負は舞台の上で正々堂々つけようじゃあないか。
例えその結果敗北し、これが『木葉坂夢幻堂』の劇団としての最初で最後の舞台になってしまったとしても。
終わるのなら舞台の上で、役者として堂々と幕を引こうじゃあないか。
「やるぞみんな! 『ジェンツーガバメント』に、いや、この街の人たちに俺たちの本気を見せてやろう!! 劇団『木葉坂夢幻堂』一世一代の大舞台を!!」
ギンの鼓舞に他のメンバーたちも拳を天に向かって突き上げ「おーっ!」と声を張り上げる。
そんな盛り上がっているギンたちの元に丁度影次がやってきて……みんなの様子に目を丸くしてしまっていた。
「……何だか凄いエキサイトしてますね」
そう言いつつも影次も内心スライム騒動で今回の劇団同士の勝負が有耶無耶になってしまい折角劇団としての覚悟を決めた『木葉坂』が今まで通りのお遊びサークルに戻ってしまうのではないかと危惧していたのだが……この様子を見る限りそんな心配も杞憂だったようだ。
「朗報が二つ。祭典はこのまま続行されるそうです。ただし当然
それからもう一つ、『ジェンツーガバメント』の皆さんはこのまま舞台を続行するとの事です。もちろん最終日の公演も全力でやるそうですよ」
「望むところですよ。相手にとって不足無しだ!」
「ああ、僕たちの実力を見せつけてやれる。願ったり叶ったりだ!」
「役者らしく舞台の上で白黒つけようじゃない!!」
「ごんす!」
『木葉坂』の面々の闘志に満ち満ちた顔付きに影次も満足気にニヤリと笑う。
アズレア、サルビアの協力は取り付けた。
正攻法で真っ向から挑んでも経験と地力で劣るこちらに勝ち目は低い。ならばこちらは直球ではなく変化球で勝負をかければいい。
それもとびきりの魔球で、だ。
「今からどれだけ付け焼刃でやれるか正直賭けになりますが、ちょっとした策を思い付いたんで聞いてもらえますか?」
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