液体魔獣×水魔の謎

side-???-



 液体魔獣スライム騎甲ライザー影次の戦いを一部始終遠巻きから観察していたアッシュグレイはウォルフラム特製の改良型スライムが焼き尽くされていく光景に改めて騎甲ライザーの規格外ぶりを思い知らされ戦慄していた。



「マジかよ……魔力耐性を強化した特殊個体だぞ?最上級魔法だって耐える代物だって言うのに何なんだあのバケモン……」



 死霊魔人にバケモン呼ばわりされるのは向こうとしても心外だろうが魔族であるアッシュグレイから見ても騎甲ライザーの戦闘力は畏怖すべき脅威だった。

 港湾都市シーガル、芸術都市パーボ・レアル。二度の交戦を経てアッシュグレイが学んだ教訓、それは決して真っ向・・・・・・から戦わない事・・・・・・・だった。


 臆病と笑いたければ笑え。あのバケモノと真っ向から対峙してもまだこうして生きている自分を自分で褒めてやりたいくらいだ。

 現状、唯一分かっている弱点らしい弱点は長時間の戦闘が出来ない事(とは言えこれも推測の域を出ないが)程度だ。だがその弱点も仲間たちにカバーされてしまえば弱点では無くなってしまう。



「けどまぁ、こうしてまた偶然会った訳なんだ。見つけたのにただ何もせず放っておくっていうのも俺の性に合わないんだよなぁ……」



 ウォルフラムから貰った特殊なスライム玩具はまだ残っている。

これをどう使えばより面白くなるか……どういう筋書きならより楽しい事になるか。魔人の脳裏に様々な策略が浮かぶ。アイツをより苦しめる方法を、より残酷な結末を迎える為の手順を。


 嗚呼、愉しい。あの忌々しい邪魔者がどんな顔をするのか思い浮かべるだけで愉しくて愉しくて仕方がない。



「ククッ……取り合えずはもう少し煽ってみるか。折角のお祭りなんだ、お互いにたぁーっぷりと愉しもうぜ、ライザー」



 仄暗い愉悦に肩を震わせながら見付かる前にその姿を闇の中へと消していくアッシュグレイ。

死霊魔人の底知れぬ悪意は影次たちの知らぬ内に着々と、確実に迫りつつあった……。








 液体魔獣スライムが街のすぐ近くに出現したという報せを受けたジェンツーの街の三月教会がすぐにその現場へと駆け付けた。

 当の液体魔獣スライムは既に跡形もなく焼却されてしまった後だったが周囲には確かに液体魔獣スライムの痕跡が残されていた。



「この付近の土や草の腐食具合から見ても液体魔獣スライムのものだと断定していいでしょう。それにしてもこんな街のすぐ目の前で上級危険魔獣Aランカーが出るとは……。しかもダンジョンにしか生息していない筈のスライムが」



 他でもない影次たちからの報せと聞いて自らゃってきた三月教会ジェンツー支部の責任者であるイワトビ司祭も色々と不可解な点の多いこのスライム出没事件に丸太のような筋骨隆々の腕を組んで首を捻っている。



「しかし液体魔獣スライムを相手によくご無事で!! 聞けば魔法も効き辛い特殊個体だったそうではありませんか!! それをここまで見事に焼き尽くすとは感服しました!!」


「あ、いえこれは私ではなく……」


「いやはやマシロ殿は氷魔法の名手とは伺っておりましたが火炎魔法の腕も流石ですな!! はっはっはっ!!」



 スライムを焼却したのは影次なのだがマシロの否定の言葉もイワトビ司祭の声量の前にかき消されてしまい届かない。影次本人は……ややこしい事になりそうなのでこのままマシロがやったことにするつもりにする気だ。



「エイジさん!!」


「な、何なんだこの騒ぎは一体!」



 三月教会がスライムの出現した付近の現場検証をしている中、この場から離れていたギンとムジナが騒ぎに気付き慌てた様子で戻ってきた。


 『ジェンツーガバメント』から煽られ頭に血が上っていたムジナと、そんな彼を宥めるために一旦離れていたギンは戻ってきて早々自分たちが普段稽古場に使っている空き地で三月教会の修道士たちが魔獣の痕跡を調べているという物々しい光景を目の当たりにして影次に説明を求めてきた。


 影次とマシロは彼らに液体魔獣スライムが出没した事、そして『ジェンツーガバメント』の劇団員たちが数名被害を受けた事を伝える。



「す、スライム!? それでみんなは……シガラやテンコたちは!?」


「『木葉坂』の方々は全員無事です。『ジェンツーガバメント』の方には何人か重症者が出てしまいましたが……」


「そ、そうか……。ふん、僕の華麗なる脚本にケチをつけるからこういう目に合うんだ」


「ムジナ! いくら何でも不謹慎だぞ! ……あの、それで……そのスライムは一体どうなったんですか?」


「ええと、スライムは……」


「こちらの天才美少女魔術師様の華麗なる魔法で倒したのでご安心を」


「ちょ、エイジ!」



 仲間たちが無事だという事とスライムが既に退治された事を聞き安堵するギンとムジナ。影次たちも現場を調査している修道士たちに幾つか状況説明をしてからギンたちと共にジェンツーの街へと戻る。

 街の入り口ではずっと待っていたのだろうか、シガラやショウフク、テンコたち三姉妹が影次やギンたちの姿を見るや一目散に駆け寄ってきた。



「エイジさんマシロさん! ああよかった無事だったんですね!」


「ギンにムジナも、戻ってこないからてっきり……あんまり心配させるんじゃないわよバカッ!」


「ごんす!」



 無事な姿を見て安堵したのはギンたちも同様だ。仲良し幼馴染七人組が一頻りお互いもみくちゃにし合うのをしばらく見ていた影次が負傷した『ジェンツーガバメント』の劇団員たちの事を尋ねるとスライムに襲われた団員の怪我は相当酷かったらしい。



「俺たちも街に連れ帰ってすぐに教会の治癒術師さんに診せたんですけど……肉どころか骨まで溶かされてしまってたそうで。治癒魔法でも傷口を塞ぐのが精一杯だと……」


 液体魔獣スライムに手足を溶かされ悶え苦しんでいた『ジェンツーガバメント』の劇団員たちの痛々しい姿が思い返される。魔法とて決して便利で万能なものではない。過ぎた負傷は治せないし、何より欠損してしまったものを元通りにする事など出来はしない。



「教会からはしばらくの間、街の外に出ないようにと釘を刺されてしまいましたし……これからどうしましょう? エイジさん」


「どう、って言われても……」



 スライムなどと言う危険極まりない魔獣が現れたのだ。それもあの一匹だけという保証は何処にもない。街を統括している三月教会としては少なくともこの不可解な事件が解決するまでは住民たちの街の外への不用意な外出は規制するしかない。



「混乱を招くからってスライムが出た事についても口外しないようにって緘口令まで敷かれちゃったし……あたしたちこれからどうすればいいのよ」


「し、仕方ないよ……。今は、お祭りで外から沢山の人が来てるんだから……大騒ぎになっちゃう……」



 本来ならスライムという危険な魔獣が街のすぐ外に現れたことを街中に伝え注意喚起を促すべきなのだろうが丁度今はトンネル開通記念の祭典中だ。外部からの観光客も大勢やってきているこの状況でスライムの事を口外してしまえば下手をすると暴動が起きかねない。


 今日のところは取り合えず一旦『木葉坂夢幻堂』の面々には自宅に帰って貰う事に。不安そうなギンたちに後でまた連絡すると約束し帰らせると影次とマシロはイワトビ司祭が待つ三月教会へと向かう。



「皆さん折角本気になったというのに……どうなってしまうんでしょう」


「さぁな。スライムがあの一匹だけで済めばそれに越した事は無いんだろうけど」


「エイジはまだスライムが他にもどこかにいると?」


「ただの勘だけどな。ただ、ちょっと気にならないか?本来の生息地じゃない場所に現れたり従来のものとは異なる性質の魔獣……。ちょっと前にも似たような事に遭遇しただろ」


「似たような……? あっ、洞窟喰いダンジョンイーター!」



 影次に言われてマシロも以前遭遇した異質な魔獣の事を思い出す。あれも確か本来ならば洞窟の外には出てこない筈の魔獣だったのにダンジョンの外まで追い掛け回してきたのだ。しかも大きさも従来のものよりずっと巨大だった……。今回の液体魔獣スライムの一件と、言われて見れば似通った点が多い。



「あの時は処刑魔人ダブルメイルもいたからな。あの洞窟喰いダンジョンイーターは魔族の仕業と考えて間違いないだろ」


「つまり……エイジは今回のスライムの件も裏で魔族が関与している、と」


「考えすぎならそれでいい。実際単なる突然変異ってだけかもしれないし。ただちょっと用心しておくに越した事は無いって話だよ」


「エイジが言うと本当に魔族絡みの事件になりそうですね」


「ちょっと待ってそれは流石に酷くない?」










 ジェンツーの街の三月教会にやってきた影次たちを出迎えてくれたイワトビ司祭に通された応接室には意外にもアズレアとサルビアの姿があった。

何故彼女たちがここにいるのかと影次とマシロが驚いているとアズレアが自分たちが教会にきた経緯を説明し始めた。



「丁度宿に戻ろうと街を歩いていた時に偶然大勢の怪我人がここに運び込まれていくのを見掛けまして。私たちにも何かお手伝い出来る事は無いかと、お節介かとは思ったのですが」


「あ、アズレアちゃんは風魔法だけじゃなくて治癒魔法も得意なんだよ。凄いでしょ……えへへ」


「何でサルビアが得意気なんだ」


「そうですよ。本当は姉さんのほうが私よりずっと上手なくせに」



 ステージを終えて帰る途中、スライムに襲われ重傷を負った『ジェンツーガバメント』の劇団員たちを教会に連れていく最中の『木葉坂夢幻堂』の面々を見掛けたアズレアたちはついさっきまで負傷者たちの治療に教会と協力して当たっていたそうだ。



「いやぁそれにしても!! かの噂の吟遊詩人のお二人がまさかエルフだったとは驚きました!! お二人方とも実に腕のいい術師で本当に助かりました!! 正直我々だけでは人手が足りず負傷者を全員救えたのはお二人のお陰です!!」


「ひぃん……こ、このオジサン声が大きい……」



 相変わらずのイワトビ司祭の声量に慌ててアズレアの背後に隠れてしまうサルビア。当のアズレアも耳を塞いだりと露骨な態度は取らないものの若干顔が引き攣っている。

 うん、いちいち声が凄いんだよなこの人。良い人だとは思うんだけど……。



「話は伺いました。液体魔獣スライムが出たそうですね。街のすぐ傍で」


「話を伺えばエルフのお二人はあなた方のご友人との事で!! 大よその説明はしてあります!!」


「耳がキーンってするよぉアズレアちゃん……」



 アズレアたちもイワトビ司祭からスライムの件は聞いているそうなので話は早い。

ちなみにエルフの森にもスライムという生物は生息しているそうだが今回の件のような魔獣としてのスライムではなくどちらかと言えば精霊に近い生き物らしい。



「厳密にはスライム液体魔獣ではなくジェリー水性精霊なのですが。主に苔や動植物の死骸などを食べるので森の掃除人なんて異名も付けられています。我々エルフも日常生活で出た廃棄物の処理をして貰ったりしていますし、エルフとは古来より共存関係にあるんです」


「自然の魔力が豊富な土地にしか居ないから……人間の町にはいないみたいだね……。残念、小っちゃいやつはジャムつけて食べたりすると美味しいのに……ちゅるっとしてて」


「共存関係にある精霊をちゅるっと食べちゃうんだ」


「ま、まぁエルフにはエルフの文化があるのでしょうし」



 とは言え今回出没したのはあくまでスライム液体魔獣だ。エルフであるアズレアたちも流石にスライム液体魔獣に遭遇した事は無いというので残念ながら参考になる話は聞けなかった。



「お役に立てず申し訳ありません。ドラゴンなら出会った事があるのですが」


「わ、わたしもあるよっ」


「俺だってあるよ。見栄っ張りの残念ドラゴンなら」


「と言うか全員あの一件の時にいた面子じゃないですか」



 話が脱線しかけたので本筋に戻す。イワトビ司祭が言うには今回のスライム出没事件に関して非常に不可解な点があるらしい。

 本来ダンジョンにしかいないスライムがこんな街のすぐ近くに現れたのか、魔法に弱い筈なのに何故耐性を持っていたのか、既に不可解なところは多々あるが、司祭が言うにはもっと根本的な疑問があるそうだ。



「スライムが出た周辺をあれから隈なく調べたのですが!! 全く無かったのです!!」


「無かったって何がですか? スライム自体は跡形もなく焼き尽くしてしまったので……」


「スライムが!! 一体!! どこから現れたのか!! 痕跡がどこにも無かったのです!!」


「それは! 一体! どういう事ですか!?」



 半端な声の大きさではイワトビ司祭に届かないので負けじとこちらも大声で聞き返す。

無機物有機物の隔て無く触れるものは全て溶かしてしまう液体魔獣スライムが何処から現れたのか、その痕跡らしきものが何一つとして見付けられなかったそうだ。


 移動するだけで地面の土や草木さえ腐食させるのだ、それが何処からかやってきたというのなら当然スライムが通った跡には溶かされた地面が道標のように残される事になる。

だが、それらしき跡は教会の修道士たちがいくら探しても発見出来なかったのだ。



「どういう事ですかそれは……。まるでスライムが突然その場に現れたとしか……」


「いえアズレアさんそれはあり得ません。そもそも液体魔獣スライムはダンジョン内の魔石から生じる魔力から生まれるもの。魔石の欠片も無いあんな平地にいきなり沸いて出るとは考えられません」


「突然現れる魔獣、か……」



 その話を聞いて影次は数日前にネザーランドの街にある三月教会大聖堂が魔族に襲撃された一件を思い出した。

あの時は百獣魔人アビスキマイラが自身の能力で魔獣を生み出していた。


そしてパーボ・レアルの街の怪盗事件も。あの時は死霊魔人アッシュグレイが死霊術で街中に死霊兵を発生させた。


 どちらの件も今回のスライムとは状況は違うが共通している点がある。魔人、つまり魔族の関与だ。

 先程はマシロも冗談交じりに言ったのだろうが本当に自分が魔族を呼び寄せているのではないかと思ってしまう。



(……待てよ、そもそも魔獣除けの結界がある街の中にも魔人は平然と出入り出来るって事か……?だとすれば魔人なら自由に街の中で魔獣を作る事も……)











side-???-



 その人物・・・・は周囲を用心深く注意しながら誰にも見られないように街外れの路地裏へとやってきていた。



「お、いらっしゃい。また来ると思ってたぜ」



 数日前と同じようにそこにいたのは全身包帯まみれのいかにも怪しい男だ。アッシュグレイ、確かそんな名前だった気がする。

 自分が再びここに来るのを見透かしていたかのようなその態度は相変わらず不気味なものを感じる。だがこの男の言った通りの効果をあれ・・は発揮したのは紛れもない事実だったし、自分にはまだあの力が必要なのだ。



「まさかあの特製スライムがやられちまうとは俺も流石にビックリだわ。でもまぁ問題ないだろ。アレをどうにか出来る奴なんて俺の知る限り一人しかいねぇ。あんたの目的を果たすためには十分だろ?」



 正直この男の口車に乗せられ、唆されてしまった自覚はある。だがそれでも実行してしまったのは自分なのだ。それに連中がああなる・・・・・・・のを、確かに自分は望んでいたのだから。



「生憎とこれが最後の一つだ。最初のやつが倒されちまったのはこっちも想定外だったし特別にコレの代金はタダでいいぜ。ほれ、受け取りな」



 包帯男、アッシュグレイが無造作に放り投げた小さな球を地面に落とさないように慌ててキャツチする。


 宝石とも魔石とも違う、それらの中間にあるような不思議な球。手のひらに収まる程のサイズながらまるで鼓動のように不気味に脈打つ。

うっすらと透けて見えるその中には鼓動の主であるそれ・・が解き放たれるのを今か今かと待ち侘びている……。それ・・の危険性は、凶暴性は既についさっき実証済みだ。



「さ、精々有効に使いな。大事な大事な劇団を守るためだもんなぁ?」



 顔を覆う包帯の下で、魔人が嗤う。



(さぁて、全てを知った時お前はどんな顔をするんだろうなぁ……くっくっ、愉しみだ。ああ、本当に愉しみだ騎甲ライザー)

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