生きる目的

 


 エンディン宇宙船

 レブキーの開発室



「こんなモノ、デスネ。」


『ありがとう、レブキー。』


 寝台から起き上がり、自信の治った部位を確認する。

 感触は悪くない。

 流石レブキー、いい仕事をする。


「エエ。さて、あの船を改造しに行きますかネ。」

『改造って?』

「今や主なき船となったあの帆船を、好き放題改造してやるデス……!カッカッカ……!」


 そう言って、レブキーは開発室を後にした。

 寝台から降りると、ふと近くにいた雑に投げられたような姿で横たわるデベルクがいた。

 モウィスだ。

 レブキーに放置されたモウィスがいた。


『よう、調子はどうだ。』


『……見ての通りですよ、私の傷は。』


 しゃがみ込んで目線を合わせるフェルゴールをモウィスは顔を上げて見据え、力ない笑みを自嘲気味に漏らした。


 彼が抑える傷からは、絶え間なくグラッヂが霧のようになりながら血のように流れていく。


 いくら創られた身体で傷の腐食がないとはいえ、自己回復能力がある訳ではない。

 傷が悪化することはなくても、傷はそのまま。

 治せる誰かが治さなくては、傷は癒えない。


 フェルゴールも傷の治し方を習っているとはいえ、複雑な傷を治せるのは……現在レブキーのみ。


 いくらモウィスとはいえ、長い間傷を放置され、グラッヂが徐々に減少し、力を失っていく感覚が酷くなっているのを感じていた。


『こういう意味だ。敗北するということは。』

『どういうこと、なのです?』

『レブキーにとって、お前の価値は敵船の改造より"下"だと判断されたということだ。』


 クッと声を漏らしながら、モウィスは視線をフェルゴールから逸らした。


『ここのルールは知っているか?』

『ルール?必要なのですか……?この私に。』

『お前、本当に変わってるな。従うものだ、俺達のようなデベルクは。』


 フェルゴールは立ち上がり、そばの寝台に背を預ける。


『そのルールとやらについて……どうお考えなので?あなたは。』


『ルールは従うためにある。俺は、ここのルールを守るだけだ。』


 再びフェルゴールは、視線をモウィスに向けた。


『ゼスタート様の命令は絶対。標的は必ず殺しきること。そして何より、俺達に敗北は許されない。それが出来なければ無価値……。例え敗北したとしても、"勝利"以上の価値を見出さねばならない。』


『勝利以上の価値……?』


 勝利の反対は敗北。

 敗北の反対は勝利。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 普遍の表裏であり、事象。


 そうでありながら、フェルゴールの発言はまるで条件付きではありながら敗北してもいいかのように聞こえる。

 だからこそ尋ねたのだ。

 敗北してもいいと言うその条件……"勝利以上の価値"なるものに興味があった。


『確かに一番は勝つこと、結果を出すことだ……だが仮に負け、その次に同じ相手と相見まえる時が来るならば……その時は負けてはならない。一度負けた時に、自分の弱さを見つけなければ。次に得られる"勝ち"という結果はない。』


『その先に、強さがある。』

『強さ……ですと?』


 モウィスにとって、フェルゴールの話すこと全てが分からないことだらけだった。


『少なくとも、俺にはそれがあった。初めて地球人と戦い、敗北した中で、俺はそれを見つけた。そして経験のなかった"殺し"も行った。結果今では、こうなった。』

『強さが必要なのですか?この私にも。』

『当然だ。』


 即答であった。

 ただモウィスには分からなかった。

 なぜ強さが必要なのか。


『俺がこう答えても、お前は疑問に思うだろう。俺には、強さを欲する理由があった。だが、お前にはそれがない……それでも強さが必要だと言いきれる理由がある。』


 フェルゴールが淡々と語りかけるも、モウィスは分からない。

 だからこそ、彼の答えを待っていた。


『……敵との戦いにおける勝利は、俺達デベルクが生きるための……生き残るための価値を示す為にどうしても必要なんだ。』

『負ける者に価値はないと?』

『そういうことだ。』

『なぜ?』

『俺達の目的は、地球の開拓……ある意味ではな。そのためには邪魔者は排除しなければならない。排除するためには力が必要だろう、違うか?逆に排除されて役に立たないデベルクを、お前は必要だと思うのか?』


 フェルゴールがそれを問いかけても、モウィスの反応はイマイチと言わざるを得ない反応を見せた。


『それはそうなのですが……あまり重要には感じないですな。この私にとって。』

『おいおい、ゼスタート様のご命令だぞ。』

『勿論、命令故やりますよ。この私も。ですが……』

『全く……一体なんだってんだ。』


 呆れながら、ため息を吐く。

 全くもって不思議だった。

 疑問に思ったことは無かった、ゼスタート様の命令である。

 それ以上の理由があるだろうか。


(私情を挟んでいいのであれば、俺はゼスタート様の、みんなの望みの手助けをしたいだけ……だが、こいつに言っても通じるわけが無い……。)


 自身にとっての恩人……その力になりたいと願わないわけがなかった。

 彼らのおかげで、今の自分がある。

 一度亡くなった命を再び得て、更には人間によって死ぬ間際まで追い詰められるも与えられた力で抗うことが出来、自分を見失わずに済んだ。

 そして、今の実力に至ることが出来たのもこの船にいる者達のおかげなのだ。


 フェルゴールにとって、彼らの力になりたいと……自身にとって思い出のある地球人はもういない。

 だからこそ、寄り添ってくれる彼らの役に立ちたいと思うのは必然的であったのかもしれない。


『あまり肩入れや情などを仕事に持ち込みたくないのだが……』


 思わずフェルゴールは呟いた。


 デベルクに今も尚、持ってしまっているこの感情を抱く訳にはいかない。

 本来は楠 彩莉が持っていたものだ。

 どうやら……楠 彩莉が自身の中から消えても、まだ感情はあるようだが……。


 そのために、フェルゴールは回収者として働き始めた時から自身に線引きをしていた。

 自身とデベルクの境界線を、そうでなければ情が湧く。

 そうでなければ、判断が出来なくなるであろうと……それを懸念していた。


『生きるために、力は……強さは必要だ。』


『生きる……?』

『そうだ。分かるか?』

『生きる……』

『生きるっていうのは……なんて言うか、今この状態、存在してるって言うことだよ。お前は俺と話してる、お前は今怪我をしている。それら全部は今こうやって存在してる……つまり、生きてるから出来てる、感じられているということだ……難しいな。』


 フェルゴールは説明しながらも、苦悩している様子であった。


『そうだ、生きる中で意味を見つけなければならない。自分が生きる意味を、目的を。』

『生きる意味……?目的?』

『そうだ。生きる意味や、目的があればそれに向かって戦える……生きられるだろう?仮に目的を達成しても、また新たな意味や目的を探すために生きる……。』


『なんだか、大変そうに……聞こえますな。悩んでいる様子を見ますと。』


 フェルゴールは踵を返して、モウィスに背を向けた。


『まあ、何が言いたいかと言うと……力がなければ、惨めにやられるだけだ。そして、自分が生きられなくなる。なにより……』


 フェルゴールは背を向けたまま、モウィスを見た。

 モウィスはもう、傷を負っているのも忘れて話を聞いていた。


『俺には生きる目的がある。』


『待って……待ってくれ……!』


 そう言ってフェルゴールがこの場から去ろうとする。

 しかし、それを察したモウィスが思わずといったように、呼び止めていた。


『お前も……生きる意味や、目的を見つけようとすることだ。』

『生きる意味……生きる目的……。』


『そうだ。どうしても、強さを求めるための理由付けが欲しいのなら、それは自分で見つけることだ。』


 フェルゴールは自動ドアの前に立った。

 本当の意味で話は終わりだ。


『お前は一度負けた。それをチャンスと捉えるかはお前次第だ。』


 そう言って、フェルゴールはその場から出て行った。

 フェルゴールがいなくなり、一人となったモウィスはしばらく自分なりに言われたことを考えた。

 考えに考えた。

 モウィスは生まれて初めて、自分なりの真剣に思案するということをしていたのだ。


 モウィスはひとつの結論に辿り着いたのだ。


『あの方は……生きろと……この私に……』


 自身の解答は、言葉となって思わず口からこぼれた。


『この私に……生きろと……?この私に……!』


 自身の発した言葉が確信へと変わった。

 そして、ハッとした。

 あることを思い出したのだ。


 自身が消滅の危機に陥った時に抱いたもの……。


 あの方の行く先を見てみたい--


 その意味を。


『そうか、あの方のために生きる……あの時に抱いたあの不可思議な奥底に秘められた……これこそが生きる目的とやらだったのだ!私にとっての!』


 モウィスは、モウィスなりに解釈した。


『敗北は……足でまといになる。あの人にとっても。だからこそ、力を得る必要があるのか。この私は。』


 力を……強さを得て、勝利するための意味を見つけることが出来たのだ。


『です、が……生きて帰ってきたことは……少しは評価して欲しいものです……この私、の……』


 そう小さく愚痴ると、モウィスはふっと目を閉じたのだった。



 ♢♢♢



「話は、終わりましたか?」

『ラヴェイラ……聞いていたのですか?』


 ラヴェイラが、開発室の入口のそばにいた。


「さあ、どうでしょうね。」

『はぐらかさなくても……それとも、待っていてく--』


(あ、無視)


 言葉を発する前に、既に歩き始めたラヴェイラの後を追っていく。


「おかしな話です。」

『?』

「本来、ゼスタート様へのみ忠誠を誓うはずのデベルクが、あなたをゼスタートさまのように見るとは。」


 モウィスが……?

 ラヴェイラには、そう見えるのか……

 俺は、全然そうは思わないんだけどな。


『そうですね……なんでそんな目で見られてるんだか。』

「あなたにカリスマやリーダーシップというものは、全く見られないのですが。」


『目の前に本人いるのに、そこまで言いますか!?』


 思わずそう言ったフェルゴールを無視し、ずかずかと進んでいく。


「ゼスタート様がお呼びです。行きますよ。」


(ま、また無視……)


『りょ、了解です!』



 ♢♢♢



 エンディン宇宙船 中枢エリア

 司令室--



「失礼致します。」

『失礼します。』


 司令室のドアが開く。

 そこには、眠りにつくゼスタートがいた。

 メカメカしい骸骨の顔であるが、無いはずのまぶたを閉じて静かに眠っていた。


『よく来た。ラヴェイラ、フェルゴール。』


 ゼスタートの虹色の瞳が開眼した。


 フェルゴールとラヴェイラが一礼し、ゼスタートを見据える。


「No.7、ラヴェイラここに。」

『フェルゴール、ここに。』


『日々の働き、誠に感謝する。こういう時でしか言えぬことをどうか許せ。』


「とんでもございません。」

『礼を言うのはこちらです、ゼスタート様。』


 それぞれが騎士のように、深々と礼をする。

 感極まる様子を心情のままではなく、敬意でそれを表した。


『そうか、頼もしい限りだ。仕事を増やして悪いが、ここに残るお前たちに、頼みたいことがある。』


「なんなりと。」

『喜んで。』



『お前たちに、"魔剣"のデータ収集を依頼したい。』

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