一息会議

 

 エンディン船内

 フェルゴールの部屋



 テーブルに座る黒スーツの男と白スーツを着た耳の長い女。

 丸いテーブルの真ん中にはドーナッツの入ったテイクアウト用の箱が広げられ、色々な種類のドーナッツが入っている。


 そしてそれぞれの席には、ほうじ茶またはココアの入ったカップがある。


「……わざわざ変想チェインジをする必要があるのですか?フェルゴール。」

「そうじゃないと食べられないんですよ……鎧の身体じゃ、ものを口に含むことすら出来ません。」

「不便なものですね。レブキーも、なぜ付けてあげなかったのでしょう。」

「あったらあったで俺としては違和感が……それにしても、」


 フェルゴールがほうじ茶を一口飲んだ。


「……どうして、俺の部屋なんですか?」


「理由は……あとになれば分かります。」


 ココアを一口含んで、ラヴェイラはふぅと息をつく。


「やはり……この独特な甘味の深さが。捨てたものじゃないですね、地球も。嫌いではありますが……」


 そう話すラヴェイラのココアには、砂糖は入っていない。

 純ココアである。


 純ココアは通常、地球人にとっては苦く感じるものだ。

 コーヒーよりも苦いと答える人もいるだろう。

 ココアは普通、砂糖やミルクを入れて飲むものだが……ラヴェイラはココアパウダーをお湯で溶かしただけのものを飲んでいた。


「ラヴェイラ、本当に砂糖やミルクは入れなくていいのですか?」

「必要ありません。貴方の言う通り、一度入れてみましたが……無駄に辛くなったので。なぜそれを聞くのです?」

「俺にとって、砂糖やミルクを入れないココアはただ苦いだけなんですよ。」


 すると突如ウィーンと開いたドアから、見慣れた顔が見えた。


「居たデス!帰って来てたデスか!?迎えてくれてもイイじゃないデスか!」


「おかえりなさい、レブキー。」

「お疲れ様です。レブキー。」


 レブキーは糸でぐるぐる巻きになった地球人のような見た目をする生物を運んでいた。

 ヌラピアである。

 彼の開いた目は虚ろで酷いクマが出来ており、寝息を立てていた。


 レブキーがその場にドサッと置いたせいで少々ホコリがたち、床が黄色い血のような液体で汚れた。


「やっぱり……」

「ラヴェイラ……まさか、汚れるのが嫌で……」

「レブキー、貴方にしては遅かったみたいですね。引きこもっているせいで、ずいぶんと腕が訛っているのでは?」


(え、無視……?)


 スルーされたフェルゴールが思わず心の中で呟くと、レブキーがフェルゴールの傍に来た。


「ア!なに一息ついてるデス!フェルゴール!アナタはケガを……」

「大丈夫ですよ。壊れただけで、傷は塞がりました。それより、あの帆船は……」


 フェルゴールは立ち上がり、慣れた手つきでインスタントコーヒーを淹れていく。


「まだアナタが帰ってきてないと思ったデスから、修理とか調べ物をしてたんデスヨ。」


「修理はともかく、調べ物とは。何かあったのですか?…… どうぞ。」


 レブキーは立ったままコーヒーをスっと一口飲んだ。


「そうデス。この辛さがイイのデス。」


「俺にとっては、苦く感じるけれど。やはり、味覚も違うものなのですね……。」

「そうみたいデスネ。フム……おそらく、アナタは基盤ベースが地球人だからデスかネ、地球人の味覚になっているのは。デベルクに味覚があるのもオドロキデスが、アナタにはヒトケタのように"感覚"を持っている。実に興味深い!やはり……アナタには興味キョウミが尽きないデス!フェルゴール!アトで--」

「解剖って……見るところないでしょう。あるのは空洞だけですよ。」

「ワタシが分かればいいのデス。」


 気分が良さそうに口元に笑みを浮かべて、それを隠すようにレブキーはまたコーヒーを飲んだ。


「レブキー、フェルゴール。話は後に。レブキー、先程の話の続きを。」


 ドーナッツを食べ終えたラヴェイラをレブキーを見て「フム」と、興味深げな様子を見せる。

 そして、ドーナッツを指をさしてラヴェイラに尋ねた。


「……ソレ、どんな味デス?」

「ココアと合う苦味でした。」

「そうデスか。では一口……」


 レブキーがドーナッツの箱に手を伸ばすと、ラヴェイラがそれを邪魔した。


「ウーム!美味!」

「話を終えてからにしてください。」


「デスが、その前に--」


 パッとレブキーが白衣からタブレットの入った瓶を取り出した。


 そして瓶の中から一錠取り出すと、それを潰した。

 そこから現れたのは、一本の圧力注射器。

 しかし、圧力注射器ではない。

 デザインこそシンプルに見えるが、“美”観察者の飛来刃アーティスティックのようにディテールが凝られていた。


 見た目は銀色でコーティングされており、中の液体が見えるよう透明の部分が残されている。

 ほとんどが銀色であるが、針基は赤、針の色は金色だった。


「コレでイイデス。針のないシリンジを使う必要も、痛みのないものを使う必要もないデスから。」


 注射器の中には透明な液体が入っている。

 それをブスリと捕らえていたヌラピアへ向けて刺し込むと、薬を投入されたヌラピアは目が虚ろであったが、先程と比べて寝息が少々大きくなった。


「相変わらず、“美”探求者の注射器テイストフルを瓶で持ち歩いているのですね。」

「ラクですからね。いちいち『ゲート』を唱えるのものメンドーデス。」


 やがて注射器を抜くと、タブレットに戻し、懐から取りだした空の瓶に入れた。


「聞かれて困るハナシはないデスが…念には念を、デス。ソレでは、ハナシをするとしまショウ。」


 そう言って残ってコーヒーを一口飲むと、レブキーは話を始めた。


「調べ物というのは大きくわけて3つデス。ひとつはあの船がどこから来たのか、もうひとつはどうやって動くのか、そしてここに来るまでどのくらいかかったのか、デス。」


 レブキーは残ったコーヒーを一気に飲み、話を続ける。


「まずあの船は……マァ、察しの通りマジルドの船デスネ。大きな水晶を使い、呪文を起こして船に影響を直接与える古いシステム。呪文みたいなのを使って、風を起こして直接帆へ向かって風を吹かせて船を進めていたのかと。」


 コポポ……


 フェルゴールは立ち上がって、レブキーへもう一杯のコーヒーを注いだ。


「ソイツに色々デスが……あんまりイイ情報はないデスネ。せいぜいこの男がマジルドの長から命令を受け、ここに来たということデス。」

「そうですか。……あなたを信用していない訳ではないですが、もうひとつだけ聞きたかったことが--」

「ソコを確認したかったところデス。打てば、コイツはもう使い物にならないデスからネ。」


 レブキーはコーヒーを飲み、ドーナッツを含んだ。


「フム……悪くはない、デス。辛さと合う、渋さです。……それで、アナタが聞きたいことはなんデス?」

「マジルドの目的です。我々にわざわざ仕掛けた理由を。」

「どうせ殺すのデス。必要ないのでは?」

「マジルド以外にも、我々に攻撃を仕掛けてくる可能性があります。"地球"目的が大半でしょうが、それ以外が目的であるならば……聞いておく価値はあるかと。」

「例えば……なんデス?」


『目的がゼスタート様であった場合……ですか?』


 フェルゴールがラヴェイラにココアを注ぎながら、答えた。


「その通りです。ゼスタート様が何らかの目的で消されようとしているのであれば、どんな手を使っても阻止しなければならない。」

「ナルホド。確かにその通りデスが、このゴミがその情報を持っているとは……フム。」


 レブキーはヌラピアを一瞥すると、瓶の中からタブレットを一錠取り出し、それを潰した。


「じゃあ聞いてみるとするデス。」


 現れた“美”探求者の注射器テイストフルを持ち、それをヌラピアに突き刺した。


「あ……あー……」

『ラヴェイラ、レブキーが今刺したのは……』

「自白剤です。まあ……強力過ぎるので、数回も打てば死にます。」

『それは、哀れな……』


「オマエがこの船に攻撃を仕掛けた理由は、なんデス?」

「マジルドの王命によるもの。理由は分からない。」


「オマエたちの目的は、なんデス?」

「分からない。生きるための星を奪うと命令を受け、、、あ゛!あ゛あ゛あ゛あ゛びぴゃあああっっああああああああああ!」


 全身を震わせ、まな板の上の鯉のようにビッタンビッタンと跳ね回ると、だんだん勢いがなくなり、そのまま事切れた。


「ア……死んだデス。」

「ずいぶんと弱い。もっと強い者はいなかったのですか?」

「コイツしかいなかったデス。」


 嘘である。

 船長は首を落としたため捕まえていないという事実を、レブキーは飲み込んだ。


「……行きますか?マジルドの本拠地に。」


 フェルゴールの問いかけに、レブキーは笑った。

 よく分かっているじゃないか、と。

 そういわんばかりの反応であった。


「そうデスネ。例え時間がかかっても、やるしかないのでしょう?ラヴェイラ。」

「当然です。地球には、他のヒトケタや他種族の星人もいます。我々の宇宙船を、ここから移動させるのは得策ではないかと。」

「妥当デスネ。」


 レブキーはドーナッツを食べ切り、コーヒーをすすると、コーヒーを立ち上がった。


「では、頑張ってくださいネ。ワタシはコレで……」

「レブキー。あなた、コイントスで負けましたよね。」

「エ?アレはあの船沈めるためじゃなかったデスか?」

「……何を言っているのです。あなたがたが外に出ている間、もう既にゼスタート様へ報告致しました。惑星マジルドには、コイントスに負けたレブキーが行くと。」


 レブキーが絶句した。


「ヨ、よくも退路を……!」

「行かなかったら行かないで、貴方の行動をゼスタート様に報告し、仕事を怠っていたことを知ってもらうまでです。」

「カッカッカ……ワ、分かってるデス。」


 レブキーはコーヒーを一気に飲み干し、ヌラピアを担ぐなりラヴェイラに背を向けた。

 フェルゴールは、レブキーが部屋を出ていくことを察して、思わず声を上げた。


「え、ちょっと待って。俺なんのために呼ばれたんですか?」

「「?」」


 何を言っているんだと言わんばかりの顔を見せた2人。

 その様子を見て、フェルゴールは自身の抱いた疑問を説明し始めた。


「俺……ラヴェイラから帰投命令って聞いたので、てっきり俺が行くのかと。でも、結局誰が行くかはコイントスで決めて、レブキーが行くことになりましたし……」


「アア……そういうことデスか。」


「あなた、シニガミのタブレットアームズで自分の胸を貫いておいて、なんともない訳ないでしょう。」


 シニガミのタブレットアームズの特色を残したフェルゴールの武器は、相手の生命力やエネルギーを一気に吸収する力がある。

 いくら身体を動かせるから問題ないとはいえ、それを自分に突き刺し、穴が空くほどの傷を残しているのだ。

 なんらかの影響が起きてもおかしくない。


 その異変を、レブキーとラヴェイラは感じとった。


「いや……俺は大丈夫……」

「あと3秒。」

「いや……だから……」


 その瞬間、変身チェインジが解け、フェルゴールはその場に倒れてしまった。


「無理のし過ぎデス。いくら動けるからとはいえ……先に治した方がよかったデスか?」


「全く。デベルクがシニガミのタブレットアームズでここまでの傷を負えば、いやでも倒れるというもの。よく今まで動けていたものです。」


「カッカッカ……であれば。多少時間を浪費したとしても、優先順位を変えて行うべきデスネ。」


 レブキーはフェルゴールを担ぎ、ヌラピアを引きずって部屋を後にした。

 

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