逃げられない罠

 

 エンディン船内 転送室前



「フム……では行くとしまショウ。」


 目の前の宇宙に浮かぶ帆船を見据えたレブキーが動き出した。


『レブキー、お気をつけて。』

「カッカッカ……柄じゃありませんヨ。」


 レブキーは転送室に入ろうとすると、フェルゴールを見て言葉を続ける。


「アナタのこともあるデス。ソレに、寝かせたままのヤツもいるデスから……スグに終わらせてくるデス。」


 ピッピッピッ--


 転送対象が動く船にも関わらず、手馴れた動作でパネルコマンドをタッチしていき、マジルド一族のものと思われる帆船に対象を合わせる。


「だからアナタも、スグに帰ってくるデス。」


『ええ、コーヒーを淹れて待ってますよ。』


「カッカッカ……それは楽しみデス。」


 ピッ--


 レブキーの身体が一瞬にして、その場から消えた。



 これはフェルゴールが地球へ行って、買い出しに行っている間の話である。



 ♢♢♢



 マジルド一族 帆船

 甲板



「フム……到着デスか。」


 なんとか甲板ギリギリの位置に転送することが出来たレブキー。

 ギシギシという音をたて、ゆっくりと眺めるように歩いてゆく。


 宇宙空間には風が吹かないはずなのに、旗の揺らめく音が聞こえる。


「なっ!キサマどこから…!」


 そばにいた船員の頭を、6本あるうちのひとつの手でガシッとつかみあげた。


「そんなことはどうでもいいデス……相当技術の進歩に置いていかれた、低次元の田舎者たちよ。」


「キサマ!何者だ!」


 ドタドタと続々と黒いローブを着た人間のような姿の人々が降り立ち、レブキーを取り囲む。

 それに臆することないどころか、興味なさげに、つまならそうにに彼らを見据えた。


「ワタシはゴミに名を名乗る主義はないデス。」


「ぐっ……!はな……せ!」


「イイデスヨ。」


 ぐしゃっと掴みあげていた頭が潰れた。

 潰れた瞬間、黄色い液体が血のように飛び散る。


 周囲の絶句した顔色を見て、はぁと露骨にため息を吐いた。


「オヤ……これでは、"せい"というしがらみから離してしまったことになるデスネ。」


 薄らと哀しげな笑みを浮かべたレブキー。

 彼の視界には、黒いローブを着た船員共はただのオブジェクトでしかなかった。


「オマエ達は、実にワタシの興味をそそらない。」


 返答はない。

 それでも彼は吐き出すのだ。

 このイライラを。

 この退屈を。


「分かるデスか?常にインスピレーションを必要としているにもワタシが!シゲキのカケラもない!アナタ達のような無価値を見る退屈さが!これならば!静かに佇むゴミの方が価値がある!」


 レブキーの怒りに呼応するように、水音が踊る。

 銀色の水がレブキーへ寄り添うように、円を書くように走り始めた。



「ダメデスネ……アナタ達に芸術や自然の美しさを説けというコト自体が無謀デスか。」



 レブキーが持つ、二つの主眼の目付きが変わった。



「放てぇぇええええ!」



 黒ローブの全船員が一斉に何かを唱えると、彼らの目の前に赤い魔法陣が現れた。

 その標的は、もちろんレブキー。


 ザバァン!


 という音がすると、


 だが彼は、ひとつの水流となり、一瞬で彼らの前から姿を消した。



「サッサと終わらせるマスヨ。荒事は、苦手デスから……」




 ♢♢♢




「な、なにをしている!」

「ぐ……!」

「あ……当たりません!」

「な、なぜ当たらない!」


 黒ローブを着た船員達から、焦燥が見て取れる。

 先程から、火の魔法を連発するも狙った相手に当たらない。


 風貌からは想像もつかないような身のこなしの速さで、レブキーは黒いローブを着た船員達を撹乱していた。


 むしろ当たる気さえしなくなっていた。


 魔法の連発故か、最初の勢いはどんどん衰え、自然と魔法を放つ回数も減り、肩で息する者も現れた。


「オヤオヤ……お疲れのようデスネ。」

「な……なにを……!」


「準備完了デス。」


「準備だと……?な!?」


 船員達の中でもリーダー格の男が声を上げる。


 彼は一瞬キラッと光ったのを見逃さなかった。


 キラリと光る細い……いや、細すぎて目を凝らして見えるかどうかの糸が見えた。


 彼が気づいた頃には、もう遅かった。

 メインマスト、フォアマスト、ミズンマストのてっぺんから船の端から端まで銀色の糸が、張り巡らされていたのだ。


「エエ、アナタ達が逃げないための準備デス。ワタシに集中し、周辺把握が疎かになっていたおかげで助かったデスヨ。」


 そう言うレブキーの手元には、1錠のタブレットがあった。


「そういえば、コッチはしばらく使っていませんデシタネ。マァ、なまらないよう久々に使ってみるとするデス。」


 レブキーがタブレットを砕くと、ディテールの凝ったブーメランが現れた。

 刃のブーメランとでも言うべきか。

 そのブーメランの刃は銀色に輝き、水色を基調に創られていた。

 その上から黒い紋様が描かれており、その紋様の内側に、いくつかの緑色の線の装飾があった。



「諸君、よく見るがいい!喜べ、コレは"サービス"……デス。」



 “美”観察者の飛来刃アーティスティックを構えて、レブキーは告げる。


「オマエ達は宇宙にいられるのか、ワタシのように宇宙でも問題ないのかは知らないデスが--」


 蜘蛛のように、右手から銀色の糸をメインマストに貼り付けながら、甲板の船員を見下した。


「逃げ場はない、デス。」


「はっ、逃げ場がないだと!」

「こんな細い糸!」


 杖を振るって糸を払おうとするも、綺麗にその杖が真っ二つになった。


「つ、杖が……」


 逃げ場がないことを、いやでも彼らに悟らせた。

 リーダー格の男も思わず後ずさりするも、震える声を張り上げる。


「怯むな!放て--」



 シュピン!



 しかし。気づいた時には--



 クルクルクルクル……パシィッ!



 レブキーは逆の手に、“美”観察者の飛来刃アーティスティックを構えていた。



 ズパパパパパパパパァアアン!!



 そして、一人を残して全員の首が宙を舞った。



「相変わらず、我ながら惚れ惚れしますネ。」


「これは……い、一体……!」


 そこに現れたのは、青いローブを着た青年だった。

 だが茶混じりの水色髪の青年は、地球人とは容姿が異なる。

 耳がラヴェイラのようにとんがっており、小さな鼻もとんがっていた。

 さ


「な!サ、サブルドムン……様!」


 そう呼ばれた青年は、レブキーを見据えた。


「オマエが、船長ですか……」


「……あなたは……?」


「アノ船の者デスヨ。」


 レブキーがそう言いながら、エンディンの宇宙船を指さした。


「興味深いですよ……うちにあんな技術はなかった。……それで、ぼくがいない間になにが?」


「ハァ……ワタシ達の船に攻撃を仕掛けておいて、アナタ達が言うセリフデスか?」


「なに!?どういうことだ、ヌラピア!」


 怒気を混じえてリーダー格だった男に、サブルドムンは問うた。


「は、はい!敵船ですので……わ、我々で……」


「なん……!」


 萎縮した男から遅れた報告を受けたサブルドムンは言葉を失い、絶句して呆れた。

 そして、レブキーに向かって頭を下げた。


「すまない!うちの船の愚か者達が……」


「無能な部下を持つと苦労しますネェ……同情するデス。シカシ、部下の責任はボスの責任。謝って済むなら、こんなことはしないデス。」


「く……!」


 サブルドムンは少々おぼつかない動きで杖を構えた。


「ナルホド。船長と言うだけあって、一番実力はあるようデスネ。」


 サブルドムンの目の前に複雑な魔法陣が現れ、大きな火球がレブキーを襲う。


 レブキーが手で軽く円を描くと、銀色の水が舞う。

 それはいとも容易く、大きな火球を蒸発させた。


「フム……ぬるくすらないデス。」


「そ、んな……!」


 ヌラピアの力ない言葉が漏れた。


 大きな火球を幾つも放つサブルドムンだったが、銀色の水のベールがレブキーを包む。


 レブキーが“美”観察者の飛来刃アーティスティックを投げた。


 それをなんとか避けたが、代わりに杖を失ったサブルドムン。

 そのままレブキーの視界から逃れるように移動する。



 だが--



「!」


 油断する間もなくサブルドムンの首が飛んだ。


 レブキーは視界から逃れたサブルドムンを、しっかりと


 レブキーは蜘蛛のヒトケタである。


 レブキーには主眼2つ以外にも、蜘蛛と同じように左右の目の横と額にそれぞれ合わせて6つの副眼がある。

 左右の副眼は、しっかりとサブルドムンを捉えていたのだ。


 さらにレブキーの6本ある内の一本の手からは、あやつり人形マリオネットの糸受けのように、5指から糸が放出されていた。

 その糸はレブキーの操る銀水に濡れており、糸を伝って滑り、そのままサブルドムンの首を切り裂いたのだ。

 他の糸はしっかりと“美”観察者の飛来刃アーティスティックの取っ手を捉えており、役目を終えた“美”観察者の飛来刃アーティスティックはしっかりとレブキーの手元に戻っていた。


「フム……?」


「サブルドムン様が……!」


「……」

(ナルホド……くせ者は、いるようデスネ。)


 レブキーは違和感を抱いた。

 首を切ったにも関わらず、どうも感触が違うように感じたのだ。

 雑兵の首を落とした時以上に、血と見られるものの出血の量も少ない上、落とした首がどうも生々しくないのだ。


 疑念を抱くも、レブキーはヌラピアの方を見た。


「マァ……オマエに色々と聞くとするデス。」


 そしてレブキーは指から糸を放出し、ヌラピアをぐるぐる巻きにして捕らえ、話せないよう口にも糸を巻いた。


「ウー!ウー!」


「"巣"を作ったイミはなかったデスネ。」


 再びため息を吐いて、レブキーは首を鳴らしてエンディンの艦を見た。



「シカシ、準備運動にすらならないデス。フェルゴールは……帰ってきてマスかネ……」



 時間にしてわずか数分の出来事である。

 宇宙空間にいながら、たった一瞬で敵船を崩壊させた。


 

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