side ヒトケタ

 

 日本

 東京都

 某所


「さてと、」


 やれやれと、その男は仕事を終える。


「それじゃ、今日は先に帰るね。」

「え、もう終わったんですか!?」

「はっや……ちょっと手伝って下さいよ〜」

「お前の仕事なんだから、お前がやれい。この後、俺用事あるから。」

「え!?」


 普段「用事がある」なんて言わないこの人が、初めて用事があると口にしたことに、ここにいる皆は驚いた。


「用事……ですか?」

「ああ、急用なんだ。」


 真剣な表情を見て、いつものように談笑せず、ここにいる彼の部下達は見送ることを決めた。


「そうですか、お疲れ様でした!」

「「「「お疲れ様でした!」」」」


「じゃ、みんなも無理しないようにねー。」


 そう言いながら彼は、この場を後にした。


 --


 外に出て、伸びをしながら深呼吸をする。


「ふう。」


(早くゼスタート様のところに……っ!)


 ある気配を感じた。

 地球人とは異質の気配を。

 正確に言えば、異質が故に感じ取ることが出来た。


 彼は人気のない路地裏に入ると、誰も付近にいないことを確認して「ゲート」を唱えた。

 そこに白い「ゲート」が現れ、彼は「ゲートに入った。

「ゲート」を出た先は北海道の北西、日本海に浮かぶ天売島。

 そこに座標を合わせた理由は簡単、そこが一番近かったから。


「あれは……」


 見えたのは、細く黄色い管のようなもの。


「なんでここにツロリロ星人がいるのかな、っと!」


 彼がそう言って、彼は光と共に姿を異形へと変えた。

 銀色の体毛をまとい、九本の尾を生やし、顔が狐のように変化し、黒い隈取りが顔に浮き出、浴衣のような袖がなびく。


 右手の甲に刻まれた、血のように紅い"9"の数字。


 ヒトケタ、ナクリィ。


 ナクリィとしての姿を現すと、目にも止まらぬスピードでツロリロ星人の上まで飛んで、浮遊する。


 そして、カッと閃光を放った。

 それで飛び出るように、魚や亀など海の生物が目をやられたせいで、海面へと浮き始めた。


 それと同じように、管にも変化が。

 その場で暴れるようにバシャバシャと音を立てて、その場から波紋が広がる。


「そこか……たった数匹、これで十分。」


 両手を広げ、手首を合わせて技を唱えた。


夜曲セレナーデ煌めくトウィンクル星々スターズ』」


 手のひらから、数多の光のレーザーが波紋の発生元へと放たれる。

 何度も、何度も、何度も。


 やがて浮かんで来たのは……肌は黄色く、目は触手のように伸び、口からはストローのようなものが生えた醜悪な姿。

 両腕が筋骨隆々でありながら、脚部は細い触手のような足がうじゃうじゃとしている宇宙人。

 ツロリロ星人であった。


「お勤めご苦労様っと。」


 そう言い放つと、波紋から全身が青く変わった肌のツロリロ星人が浮かんできた。


 {リーリツロロツリロ,ツツロツツツ,ロツ,ツツツツリツ,ロツ……}

(化け物……お前も……アイツも……)


 人間であれば、言語を聞き取ることができるかどうかすら怪しいほどの早さで言葉を話すと、言葉を発したツロリロ星人の目は白目のみになった。

 ツロリロ星人が、死んだ証拠だ。


「化け物ねえ……一体誰が--」


 その瞬間、ナクリィは同胞の気配とオーラを感じた。

 強い気配を。


「なるほど、そういうこと。じゃ、あとは大福でも買って帰るとしますかね。」



 ♢♢♢



 ロシア連邦

 ハバロフスク跡地


 日本から近い距離に位置するこの場所は、かつて観光地として名を馳せていた。


 石造りの建物が多いその落ち着いた街並は、観光客によって日常の喧騒を忘れさせてくれる憩であり、さらにはスパソ・プレオブラジェンスキー大聖堂やウスペンスキー教会という神聖な建物も相まって幻想的な雰囲気をも感じさせる街であった。


 しかし今は、ツロリロ星人によって人気のない凍りついた寂しげな街並みがただ佇んでいるだけである。


 そんな場所に、ドゥベルザは訪れていた。

 地球人に変想チェインジをした彼は堂々と街の真ん中を歩いていた。


 そんな彼が、本当に地球人なのかどうかツロリロ星人達は疑問を抱いた。


 以前は過ごし易い環境であったが、現在は極寒の地と化したこの場所に、アロハシャツを着ているこの地球人は、彼らにとって奇怪に見えたのだ。


 {ツツツツ,ツツツツリツ,リツツローロロツツツーリツロリ,リーツリツ,ツツロツツツツロ?}

(おい、あいつ地球人だと思うか?)


 {リリロツ……}

(ふむ……)


 高速で話される言語に聞いてられるかと欠伸をするドゥベルザ。


 {ツツツツ,ツロツリロツ!}

(おい貴様!)


「あ゛?」


 そんな嫌悪する高速言語で貴様呼ばわりされ、ドゥベルザは思わず気がたってしまった。


 だがものは考えようである。

 彼らに近づくことが出来れば、ドゥベルザの目的も早く終わらせることが出来るというものだ。


「ちょうどいい。なあ、お前らの王様どこにいるんだ?」


 {リロリロ?}

(なに?)


 普通に話してみるも、全く通じている様子はない。


「んだよ、てめーの言語に合わせろってか?」


 ドゥベルザが渋るのにも理由はある。

 単純に面倒くさいのだ。

 ツロリロ星人の言語は特殊で、発音……つまりアクセントやイントネーションを使い分ける必要があり、なおかつ自分達以外に伝わないよう高速で話す。


「ツツツツリツツツ、ロロリツ、ツツロリ。」

(会いたい、奴、いる。)


 若干カタコトのツロリロ星人の言葉を話す。

 どうやら通じたようだ。

 その証拠に、ツロリロ星人達は驚いたような反応を見せた。


 {リロツロリリーツリツ!?}

(なんだと!?)

 {ツツーリツリツツツ,リロリロツーロ,ロツツロリツツロ,リーツ!?}

(一体なにが目的だ!?)


「リリリロツリ、ツツツツ。」

(話し合い。)


 {リーツロリリロ,ツツツツツツ,ーリツリツ,ツツツツツロリリーツ?}

(誰に会おうって言うんだ?)


「ボイナン+ツロリロ」


 ドゥベルザがそう言うと、ツロリロ星人達の顔付きが変わった。

 黄色い肌が、赤くなったのだ。


 {リツツローロロツツツーリツロリツーロ,リロツーリ,ツリリロリロツロリ,ツリーリツリツツツロリ!?}

(地球人がなぜその名を知っている!?)


 {リーリロリツツロツリロロツツーロ!,ツリロリツツーリツリリーツロリロ,リツロツリロ,ツロリロリロリツーロ,"ロツリリ"ツーロ,ツツツツツロリツロリロツツ,リーツロリツツ!}

(無礼者めが!猿一匹のために、我らが元首ロツリリが会うわけないだろう!)


「ゴチャゴチャうるせえ……」


 言葉がわかるからこそ、彼のストレスは溜まっていく。

 相手が何も出来ないと決めつけ、好き放題言われ、たった今殺されようとしている。


 {リーリロリツツリロ,ツリロリロツ!ツロツロリーツ,ツリリロ!}

(無礼な猿め!ここで死ね!)


 我慢の限界だった。


 {ツリロリツツーリツリリーツロ,ツリツロリリーツ,リツツロロリリーツ!}

(猿一匹死んだところで!)


「そうだ……ヘルハイに言われただけじゃねーか、騒ぎにするなって言われたの。」


 ドゥベルザの姿が、変わっていく。

 上半身の筋肉が脹れ、歯は鋭い牙に、爪は鋭い鍵爪へと変化し、たてがみがなびいた。

 人間から獅子の獣人へと姿を変えていく。


 {ツリロリ,ツーリーロロ,リロツツ!?}

(猿、じゃ……ない!?)


「別に力でも、問題解決出来ればいいってことだよな!」


 ドゥベルザの一歩一歩が、


「ナメたマネすんじゃねーか……ツロリロ星人ッ!」


 彼らにとっての死の宣告であった。


 ツロリロ星人の一体が、地面にめり込んだ。

 顔は既に、ドゥベルザの拳がめり込んでいた。


「グランドインパクト!」


 その瞬間、地面が爆発した。

 その場にいた数体のツロリロ星人も巻き込まれた結果……この場にいたツロリロ星人は跡形もなく消え去った。


「ふぅ……やっぱボイナン+ツロリロの名を出すのはマズイか?ツロリロ星人に化けるか?……でもアイツら気色悪ぃしな……」


 一通り(彼なりに)悩んで、結局頭を抱えて叫ぶ。


「ああー、退屈だ!暴れてねえと気がすまねえが!暴れる相手がいねえ!くっそ、誰か来ねえか!ヘルハイ!ゲンブ!キスオフ!ナクリィ!ヴァルハーレ!レブキー!メイビーかラヴェイラ!それにフェルゴール!……そうだ!フェルゴール!回収しに来てねえか!ヒマなんだよ!」


 ……残念ながら帰りました。


 虚しくも、ドゥベルザの叫びは空に響いた。


 しかし、今の叫びにより周囲にツロリロ星人が集まり始める。

 ドゥベルザも彼らが近づいているのを感じていた。


「もう隠れる必要はねえってことか……」


 獅子の咆哮が周囲のツロリロ星人を威圧した。

 威圧で済めばよかったが、何体ものツロリロ星人倒れていく。



「上等!暴れてやるぜェ!」



 それを受けてヘルメットや宇宙服のような服を着て武装したツロリロ星人が、ドゥベルザに飛び掛る。


 ドゥベルザの顔には、笑みが浮かんでいた。



 ♢♢♢



 ブラジル

 マナウス

 エドワルド・ゴメス国際空港


 アマゾンの玄関口と呼ばれるここに、ヘルハイはいた。


「っ!」


 ドゥベルザのいる位置から、遥か海を超えたこの場所にも、彼の覇気をヘルハイは感じ取っていた。


「ドゥベルザ?……暴れてるね。」

(やっぱりそうなるよね……言ったって無駄なのは知ってたけど。)


 変想チェインジで、金髪碧眼の灰色のスーツを着た青年へと姿を変えていたヘルハイ。


 彼は彼で行き詰まっていた。

 ゼスタートの命令により、独自にパラトゥースファミリーについて調べていたが、目的地にたどり着くどころか、情報すら掴めずにいた。


 今更ながら、あの時ちゃんと生け捕りにし、色々と聞き出すべきだったと後悔しているヘルハイだった。


「ま、ど……ドジじゃないし。ミスは程々にしておかないと!」


 そう意気込むと、先程空港内で見つけたパンフレットから、マナウス周辺のマップとアマゾンのマップを確認し始めた。


「さてと……」

(あの場所の近くに、パラトゥースファミリーのアジトがあるのは間違いない……いざこざはできるだけ避けたいけど……)


 マップを見ながら、思案を巡らせていると、一人の初老の男性がヘルハイの肩を叩いた。


Boa tardeこんにちは。少々お時間よろしいですかい?」

「はい?なんですか?」


 初老の男性は、ヘルハイに近づいた。


「ここらでを見たって、話を聞きたいんですけど……あんた知ってますかぃ?」


(この男……地球人じゃない?)


 ヘルハイは警戒した。

 彼の接近に気づけなかったからである。

 音もなく近づいたこの男がなにをしても、反応し、消滅せるように。


「へえ……緑の雷……ですか。それまたどうして?」


 ヘルハイがそう言うと、その男性は頭をかいた。


「いやねえ……俺もいい歳なんで、ヤンチャなんてしたくねえんですけど……」


 バッと、ヘルハイが男性の手を振りほどいて正面に立った。


「ファミリーの一員やられて、黙ってる訳にゃいかねえだろぃ?」


 バレている、とそう確信した。

 逆にあっちがわかったからこそ


「どうして、ボクを?」


「確信得なきゃ……あんたにこうして仕掛けねえさ。地球人に扮した自分相手に、ここまで身構える必要もないと思いやすが……」


 自身が警戒していたことを指摘された。

 身内以外で初めてだった。


「なるほど、ただ者じゃないね。」


 おそらく、逃げられない。


 だからこそ、気が楽になった。

 遠慮しなくていい証拠だ。


「こりゃ……人のこと言えなくなるな……」

「なんの話ですかぃ?」

「いやぁ……こっちの話です。」


「せっかく男同士の喧嘩なんです。ちっと名乗りやしょうか。」


 彼の柔らかな顔つきが変わった。


「パラトゥースファミリーで若頭補佐やらせていただいておりやす、ジェイハブ=ルーベルンと申しやす。以後、お見知り置きを。」


(いきなり大物……ってか……何だこのノリ……!)


 むしゃくしゃしていた。

 苦手なノリだった。


(ゲンブやドゥベルザじゃあるまいし、なんでボクがこんなこと……!)


 我慢の限界がきた。


「だあああああっ!もう、こんな雰囲気大っ嫌いなんだよ!柄じゃねえ!俺はど阿呆でいたくないんだよ!」


 舌打ちをすると、彼は対する相手を見据えた。


「……エンディン、ヘルハイ。」


 そう、投げやりに答えた。

 言動に反して、ヘルハイの顔つきは変わっていた。


「!只者じゃ……ないようで。」


 ヘルハイの顔つきが変わったことに、ジェイハブは気づいた。

 だからこそ、その顔つきで相手の強さを感じ取ることが出来たのだ。


 彼の、鬼の血が強者を前に騒いでいた。



 バリバリバリィ!



 ジェイハブの目の前に、緑の雷が落ちた。


落緑雷らくらい


 すると、ヘルハイの姿が一瞬にして消えた。

 それを追って、ジェイハブもまた姿を消した。


 やがて、ヘルハイが止まった。

 アマゾンの森林の中、あの鬼人と戦った場所だ。


 ヘルハイとジェイハブが向かい合う。


 彼らはもう地球人の姿を借りるのをやめた。


 ヘルハイは鷹の鳥人のような姿を、ジェイハブは鬼人としての姿を現した。


「せっかくです。楽しみやしょう。」


 ジェイハブのこの言葉を皮切りに、二人の戦いが始まった。



 ♢♢♢



 イタリア

 サルディーニャ島


「ヘルハイの気を感じるね。あいつも暴れようってかい?」


 路地裏でメイビーは呆れていた。


「全く、どこも騒々しいったらありゃしない。」


 彼女は、幾人もの人間のような死体の山の上に座って一息ついていた。


「あたしみたいに、少しは穏便にできないものかね。」


 死体の山から降り、地球人へと姿を変えると彼女は路地から出た。


「それにしても、シシ……!ヘルハイハズレ引かされたな!あいつが戦うってことは……パラトゥースファミリーは、ドゥベルザが行った方がよかったかもね。」


 ハイヒールの音を鳴らし、誰もいない道の真ん中を堂々と歩く。


「ま、結果論か。」


 その姿は、その美しさは絵になっていた。


「さっさと帰って、ラヴェイラとフェルゴールのところで遊ぼっかな……」


 伸びをしながら、楽しそうに笑ったその時。


「いたぞ!あの女だ!皇帝陛下の元へお連れしろ!」


 その声により、至る所からガシャガシャという鎧の音が聞こえ始める。


 せっかく楽しみの元へ向かおうとしていたメイビーは、それを邪魔されたことへ舌打ちをした。


「それとも、ミンタータ帝国消滅してやろうか?」


 島の景観を壊す、大きな城を見上げて彼女はそう呟いた。


 先程聞こえていたその声々は、もう聞こえなくなっていた。


「それとも……もっと面白いことしてやろうか?あたしを不機嫌にした罰として♪」


 様々な場所から、メイビーの下僕である蛇が彼女の元へと集まる。


「あ、それだと会えなくなるなあ……ラヴェイラとフェルゴールに。どうしよっかなぁ……♪」


 そのふたつの選択肢に迷いながら、楽しそうな笑みを浮かべるメイビーであった。



 ♢♢♢



 アメリカ合衆国--

 アリゾナ州


 グランドキャニオンで名高いこの場所。

 その景観にそぐわないいくつもの船が止まっていた。

 ただの船ではない。

 地球上では、今のテクノロジーでは絶対に造ることが出来ない船。

 鋼鉄の宇宙船がそこにはズラリと停泊しており、その中でも一番大きい船の中にヴァルハーレとゲンブはいた。


「相変わらず……騒がしい場所じゃ。」

「全く汚らわしい……」


 その場所はヴァルハーレやゲンブでも嫌悪感を覚えるほどに、酷く酒臭い。


「なんだてめえら……」


 黒いバンダナをし、剣を携えるその怪人の腕や足には魚のヒレのようなものが見て取れる。

 その怪人共の一匹がヴァルハーレに絡んだ。


「やれやれ……ジュベルナットは自分の部下に教育していないらしいな。」


 ヴァルハーレがそう言ったその瞬間、ヴァルハーレに絡んだ怪人が発火した。


「グアアアアアアアアア!」


 その怪人は紫の炎に包まれ、跡形もなく消えてしまった。

 それを受けて、その場にいた消えた怪人と同じような姿をした怪人達が立ち上がり、剣を抜いた。


「アクルー共、手を出すな。お前らじゃ敵わない相手ですよ。」


 その声により、その場にいたアクルー……怪人達は渋々座った。


 奥から、ヴァルハーレとゲンブの見知った顔が現れた。


「ロムルバ……」


 ビーブウェルト・ロムルバ

 ジュベルナット海賊団 参謀


 ウミヘビの獣人が、ヴァルハーレとゲンブの方を向くと、笑みを浮かべた。


「キャプテンは、奥でお待ちですよ。ヴァルハーレ、ゲンブ。」


 --



「すみませんねえ……今、各船の副隊長が出払っている状態なのです。御無礼は許しいただきたいのですよ……」


 奥に進むとそこにいたのは、知る人ぞ知る錚々そうそうたるメンツであった。

 知る人が見れば、生きては帰れないと絶対に悟ってしまうであろう。


 宇宙が勢力を上げても、捕らえることの出来なかったトップクラスの指名手配犯ウォンテッド


 地球以外で知らない者はいない。


 ジュベルナット海賊団の幹部が、全員集結していた。


「では、少々お持ちください。船長を呼んできますから。」


 そう言ってロムルバはその部屋からさらに奥の部屋に向かった。


「ブハハハハ!なんだ、ヴァルハーレにゲンブか。おめえら、ゼスタートにでも捨てられたか?」


 ファントレーバ・ガヴィーラ

 ジュベルナット海賊団 第3船 隊長


 サメの魚人である彼が大口を開けて、笑いながら話しかけた。


「黙れ。消滅すぞ。」

「やめんか、ヴァルハーレ。気持ちは分かるが、あとにせい。」


「なんだ、勧誘しようとしただけだぜ?おれは。」


 ニヤニヤと笑いながら言うガヴィーラを無視して、まともに話せそうな男へヴァルハーレとゲンブは目を向けた。


「まあ、いい。よく私達を覚えていたものだ。」


「当然。我々が潰せなかった、唯一の海賊……いや、海賊の名を語った"賊"だからな。」


 リエルダージェ・ビゼルゼ

 ジュベルナット海賊団 第2船 隊長


 オコゼの魚人である彼が静かに口を開いた。


「賊、とは言ってくれるな。ビゼルゼ。」

「当然だろ。ワイらからすれば、賊だ。海賊の流儀もマナーもねえてめえらなんかな。」


 パジュヘ・チュラブロ

 ジュベルナット海賊団 第4船 隊長


 イモガイの獣人である彼は、ヴァルハーレとゲンブを見据えてそう告げた。


「いい加減にしなさい。全く、ヴァルハーレとゲンブは喧嘩しに来たわけじゃないでしょうに。」


 カルセベイレ・アネルウィ

 ジュベルナット海賊団 第5船 船長


 カサゴの魚人である彼女はカラフルな髪をかき分けてそう言った。

 美しさを主張するように、カラフルな髪がなびいた。


「全く、静かに待つことを知らないのですか?」


 奥からさらに、ロムルバを含めた四人が現れた。


「ケッ、ヴァルハーレにゲンブか。顔みたくねえヤツらにも関わらず、久々に見ると笑えてくるな。」


 奥から酒瓶を持って現れた怪人。

 全宇宙海賊の頂点

 当時、エンディン以外の全宇宙海賊を討ち取った海賊の船長。

 キャプテン・ワルドレブル・ジュベルナット

 その登場である。


 その傍には、副船長でイカの魚人 サー・キヴェルナード・ツヴィスキー。

 そして、ウミヘビの獣人ロムルバ。

 ……その傍にもう一人いるが、ヴァルハーレとゲンブには見覚えのない顔だった。


「見ない顔が増えたな、ジュベルナット。」


 一言で言うと、魚の骨の魚人。

 そうとしか言いようがない。

 ただし、目には赤い光が灯っていた。

 この顔ぶれや、先程のアクルーの顔ぶれを見ても違和感を……それ以上に不気味さを感じざるを得ない。


 そんな彼を少なくともジュベルナットは……いや、ジュベルナットだけではない。

 ここにいるジュベルナット海賊団の船員は既に仲間として受け入れているようであった。


「新顔さ。ゼスタートは来るわけねえか。まあいい、お前らがここに来るなんて……今日は槍でも降るってか?」


 酒瓶にある飲み物をラッパ飲みしながら、ジュベルナットはヴァルハーレとゲンブに問いかけた。


「お前に用事がある。」

「ハン……なんだ、なんの冗談だ。」

「悪いが急を要する内容でな。ゼスタート様の命令だ。」



「キスオフの場所を教えてもらいたい。」



 ♢♢♢



 日本

 とある場所


 彼は結った赤い髪をおろし、縁側で湯呑みに入ったお茶を飲んでいた。


 その瞳には、沈みかける夕日が映っていた。


「ここにおったか。」


 湯呑みと急須の乗ったおぼんを置いて、よっこいしょと言いながら甚兵衛を着た老人は座った。

 そして湯呑みに緑茶を注ぎ、緑茶をすすった。


「もう、夕方じゃのう。」

「……」

「のう、」

「……」

「わしの息子になる気にはなったか?」


 いつからか、この老人はずっとそう言う。


「……ねえ、」

「なんじゃ。」


「いつになったら教えてくれる……?お前の剣技……」


 キャッツアイの瞳が、老人を見据える。

 ここにいる目的はひとつ。

 この老人の剣技を身につけたい、体得したいと思ったからだ。

 それにも関わらず、自分がやっていることは、訓練でもなく、彼の生活リズムに合わせて


「そうじゃ、メブキ。」

「俺は……メブキじゃない……キスオフ。」


 この老人はいつからか、ずっとそう呼ぶ。

 キスオフのことをメブキと呼ぶ。


「いいか、心を感じるのじゃ。思うままに武器を振るうな。欲望のままに人を斬るな。」

「俺に……心なんて……ないよ。」

「心というのは、心臓のことではない。お主のその存在・精神の事じゃよ。その意思、その感情、その知恵。お主自身の事じゃ。心を失えば、それはお主自身じゃなくなる。お主という存在がこの世界から消えてしまう。だからこそ--」

「分からない……俺には……」


 キスオフは、老人の言葉を遮った。


「自分で……自分の力で得たものじゃ……ないから……」


 そう言う彼は悲しげではない。

 至極当然、当たり前のように言うのだ。

 何が悪いのかも分からない。

 自分が好きだから戦う。

 自分が欲しいから、剣を学ぶ。

 ただそれだけ。


 子供と同じ。

 だが、それは子供のようにはいかない。

 誰よりも戦うことを、斬ることを楽しみ、誰よりも剣を欲し、強者を欲する。


 老人はキスオフの肩を優しく叩き、撫でた。


「よし、メブキよ。」

「だから……キスオフ……」

「習字をするぞ。」

「は……?」


 老人の突飛な提案に、思わずキスオフは言葉を失った。


「お前はもう、十分に強い。技術は確かに必要じゃ。だが、お前には技術以上に身につけなければいけないものがある。」

「なに……?」

「心を感じる事じゃ。」


「必要ないと思うけど……?"斬る"なら……お前よりずっとしてる……心は必要ない……邪魔なだけ……」


 キスオフは疑問にしか思わない。

 今まで疑問に思わなかったことに対して、キスオフは初めて疑問に思っていた。

 湯呑みを置いて、茶を飲むのも止めて考えた。

 それでも答えは出てこなかった。


「知っておるか。体や技以上に心というものが大事じゃということを。」

「……そうなの……?」

「そうじゃ、心·技·体という言葉を知っておるか?」

「知らない……それを知れば……強くなれる……?お前みたいに……剣が上手くなる……?」

「それはお主次第じゃよ。」

「習字やれば……上手くなる……?」


 キスオフの問いかけに、老人は笑った。


「ふぉふぉ……ならぬよ。」

「じゃあ……やる意味……」

「お主はまず『心』を学ばねばな。」


 そう言いながら、老人はキスオフの湯呑みに茶を注いだ。


「ありがとう……?」


「!」


 キスオフ自身も驚いていた。

 思わずそう言っていたのだ。

 こう言うのだと、老人に言われてはいたが今までそんなことは無かった。

 言おうと考えたことも、感じたこともなかった。

 その言葉が、自然と出ていたのだ。


 それを聞いた老人もまた、驚いた表情を見せるも、やがてすぐにそれは笑顔へと変わった。


「メブキ、」

「だから--」

「それが、心じゃ。」


 暖かい風が、二人を包んだ。

 夕日は沈む直前に、また強く輝いた。



 ♢♢♢



 誰もいない司令室。

 黒色の瞳が開いた。


 その瞬間、

 そのスクリーンと外の宇宙を眺めながら、ゼスタートは独り言ちた。


『事は順調。次は、あの生きている人間の暴走を試みる。』



『プロジェクト・BCZの試運転だ。』



 ゼスタートがまばたきをした。



『ガ』



 すると、ゼスタートの全身に黒い電撃がたった一瞬だけ走った。


 彼の瞳に、虹色が灯った。



『あのグラッヂは、どう育つだろうか。』



『この世界を侵食するまであと--』



 虹色の瞳は静かに目を閉じた。

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