side フェルゴール

 

 エンディン宇宙船--

 船内 転送エリア



「戻りましたか。」


 待っていたのはラヴェイラ。

 いつも通りの無表情で出迎えた。


「そのケガ、地球人から?」

『あー……いえ、違います。自分でやりました。』


 呆れてるな、これ。

 無表情だが、何となくわかった。

 何となく……だが。

 何をしているのかと言われても仕方ない。


「何をしているのですか。」


 やっぱり言われた。


『話せば長くなるのですが、心配ありません。大丈夫です。』


 出血のように出るグラッヂはあるが、幸いにも痛みも酷いものでは無いし、ましてや消滅の淵をさまようような痛みではない。


『それより--』


 いや、痛みよりも気になることがある。

 だからこそ、ここにいるのだ。


『なにがあったんですか。』


 そうだ。

 それが一番の理由だ。

 帰投しろとの命を受けてここにいるのだ。


 命令の理由を、聞かずにはいられなかった。


「後ろを見ていただければ分かるかと。」


 ガラス越しに見えたのは"帆船"だった。

 海は海でも、宇宙の海を渡っていた。

 進むための風どころか、浮くための水すらない。

 それでも、その帆船は前に進む。


 ……前に進む?

 突っ込むどころか、こちらに向かっていないか?


 その帆船はそこまで速いわけではなく、様子を伺うようにこちらを見据えているようにも見える。


 ただ分かるのは、味方ではないということ。


 帆船の掲げる帆には奇妙なマークがあった。


『……あれはマジルドの旗、でしたか?』


 ラヴェイラに教えられた資料の中に、あの文様を見た気がする。


「よく覚えていますね。」

『あなたに教えていただきましたから。』

「間違いなく、インガムン→マジルドが治めるマジルド一族の旗でしょう。何が目的かは分かりませんが。」


『それにしても……あの程度、ラヴェイラだけで十分なのでは?どうして俺が--』


 ヒトケタの実力を理解しているフェルゴールだからこそ、自分を呼ぶ必要があったのかと、思わずそう考えたのだが……


「そろそろ、フェルゴールが帰ってくるころデスネ……ゲ。」

(ラヴェイラもいたデスか…… イヤな予感が……!)


 レブキーがやってきた。

 レブキーはフェルゴールのボディに穴が空いていることに気づき、すぐに駆け寄った。


「フェルゴール!!一体どうしたんデス!そのケガは!」


『あー……自分で、やりました……』


 誤魔化すように頭をかくフェルゴールだったが、レブキーはホッと安堵し、肩を落とした。


「何やってるんデスカ……とにかく治さなくては……!」


『後でも構いません。グラッヂは出てますが幸いにも消滅えるほどのものではありません。』


 フェルゴールはそう言うと、レブキーがフェルゴールを連れていこうと手を掴んだ。

 フェルゴールはアイコンタクトでラヴェイラを見た。

 それをすぐに察して、ラヴェイラは口を開いた。


「話を戻します。いくら情報があるとはいえ、ヒトケタかフェルゴールを任せよと。……レブキーも引っ張り出していいそうです。」


「ハイ!?」


 連れていこうとするレブキーの動きが止まった。

 そして、その言葉に反応してラヴェイラの方を向いた。


「ちょうどいいですね。誰が行くか決めましょう。」


「チョッチョチョ!チョット待つデス!どういうコトデス!?」


 レブキーはラヴェイラに詰め寄った。


「ゼスタート様のご命令です。」

「そうデス!ヴァルハーレもゲンブもいないデス!ワタシはゼスタート様の護衛を……」

「問題ないそうです。先程も言いましたが、あなた行っても問題がないとの旨を頂いております。」

「ガ!」

「仕方ありません。人手不足なので。」

「そ、そうデス!モウィスは!」

「……連れ出せる状態かどうかは、一番あなたが分かっているはずですが。それに、デベルク程度が星ひとつを滅ぼすには力不足かと。」


 レブキーが何も言えなそうなのを見て、まだモウィスは動けないのかと察する。


「アナタが行けばいいじゃないデスか!ワタシはデベルクを創り、地球へ放つ。フェルゴールはその回収。余ったアナタが行けばいいじゃないデスか!」

「……私はこれでもふねの管理をしているのですが……」

「それは……ワタシにもできるデス。」

「あなた、昔デベルクの開発にかまけてゼスタート様がお休みになられている際に、制御室の管理を怠ったそうですね。」

「な、何故それを……」

「ヴァルハーレから聞きました。

『……そういえば、俺も聞きました』

「あのヤロウ!」


 地団駄を踏むレブキーに対して、ラヴェイラはため息を吐いた。


「惑星マジルドなんていう遠い星など、わざわざ行きたいと思えませんので。誰が行くかは任せるとの旨を、ゼスタート様より頂いております。」

「アナタのワガママじゃないデスか!用意周到にゼスタート様の許可も得ているとは……!」


 なんとかして外に出るのを回避しようと、あれこれ言うも全て暖簾に腕押しのように完璧に返すラヴェイラ。

 やがて、諦めたようにガラス越しに見える帆船を見た。


「……アレ、なんデスか?センスのない旗デスネェ……」

「インガムン→マジルド率いるマジルド一族の船でしょう。あの船にインガムン→マジルドが乗っているかは知りませんが。」

「マジルド……アー……なんデしたっけ、ソレ。」


 初めてラヴェイラの表情が動いた。

 目を瞑りながら、ため息を吐いたのだ。


「マジルド一族をお忘れですか?マジルド一族は、その族長インガムン→マジルドが率いる一族です。」


「アー……いましたネ。昔、マジルドの王族だかなんだかがいたデスが、ゼスタート様とヴァルハーレに手も足も出なかったヤツらデスか。」

「……そんなこともありましたね。ですが、まだまだ未知の部分が多い。現在の規模がジュベルナット海賊団、ツロリロ星人、パラトゥース=ファミリー、ミンタータ帝国程かは分かりませんが。少なくなくとも、軽視はしない方がいいかと。」

「フム……あんまり強そうなイメージないデスネェ……規模は間違いなく、アイツらよりは小さいデス。ジャ--」


「では、決めますか。」

「チッ……」


 そのまま部屋に戻ろうとしたのを防ぐように、ラヴェイラが言葉で遮った。


「ソレで……何で決めるんデス?」


 諦めたように、ダルそうな声を出すレブキー。


『じゃあ、シンプルにこれで……』


 そう言って、フェルゴールは100円玉を取りだした。


「ナルホド……」


 コイントス。

 フェルゴールはピィンと、コインをはじいた。


「オモテ。」

『「裏。」』


「ゲ。」


 レブキーだけが表を選んだ。


 コインは宙を舞いながら、フェルゴールの手の甲に向かって落下する。



 パシッ



『表……ですね。』


「つくづくサイアクデスネェ……」


 露骨と思えるほどガックリと肩を落とすレブキー。


「ではレブキーは、船掃除と用意を。どうせ私達のどちらかが掃除をしても、最終的にはあなたにあの船を見てもらうつもりでしたので、都合がいいです。」


 そうラヴェイラに言われたレブキーが露骨にため息を吐いた。


「何度も言ってマスが。ワタシは荒事が嫌いなんデスヨ!」

『嫌いなのもあるんでしょうけど……一番は面倒なだけじゃ……』

「同意します。」

「せめてワタシが聞こえないところでやれデス!面倒なのはラヴェイラ、アナタもでしょう!全く……ア!」


 レブキーは思い出したように声を上げ、フェルゴールの方を向いた。


「フェルゴール、ソレとは別で"こーひー"は……」

『あ……』


 すっかり忘れていた。


 フェルゴールが忘れていたことをすぐに察したレブキーは、ビッとフェルゴールを指さした。


「ワタシが帰ってくるまでに"こーひー"を--」

『わ、わかりましたって……!それじゃあ、俺も行きますか……』


 レブキーの後ろを着いていくフェルゴール。


「フェルゴール。」


 その歩みをラヴェイラに呼び止められる。


『はい、なんですか?ラヴェイラ。』

「大丈夫そう、ですね。今は。戦闘は絶対にしないように、買ったらすぐに戻るようお願いします。」

『え、ええ……』


 目を瞑るラヴェイラ。

 一拍置いてすぐに目を開け、口を開いた。


「……ついでに、"ここあ"もお願いします。」


『あなたもですか!?」


 一番意外な人物からのお願いだった。


 思わず笑んでしまうほどに、驚いてしまった。



 ♢♢♢



 さて、買うものは買った。

 コーヒー。

 ココア。

 近場のスーパーで買った。

 今は急いでるし、これでいいだろう。

 こだわりもなにもない、大手メーカー製の普通のインスタントコーヒーとインスタントココア。

 変想チェインジをしたフェルゴール……もとい柊 サイがスーパーを出ると、病院が目に入った。

 見覚えがある病院だった。


(そういえば……あの男のこと、すっかり忘れていたな。)


「様子を見に行きたいが、今どこにいるのか……」


『きゃあああああああ!』


 悲鳴なんてどうでもいい叫び声を無視して、気配を勘ぐる。


 感じる。

 近くにいるな。


 にしても、何度か会っているとはいえこんなにすぐに気配を感じ取れるとは。

 数多くいるアリの中から、自分が一度目印をつけたアリを見つけ出せる確率なんて計算するのも面倒くさいのと同じ。

 ……にも関わらずすぐに見つけ出すことができたということは、なにか気配を感じることができるきっかけになりうる"感情のたかぶり"でもあったのだろう。


 いる場所は病院。

 悲鳴が聞こえた場所だ。


 悲鳴が聞こえた病院から、反応がある。


 ……


 面倒なことになっている予感しかしない。


 そう思いながらも近くの病院に入ることを決め、ゲートで買ったコーヒーとココアを収納すると病院の近くまで歩いた。


 すると--


 パァンパァン


 銃声が聞こえた。


「全く……厄日だったか、今日は。」


 たとえ銃声が聞こえても、自動ドアはいつも通り動く。


「邪魔だ!」


 ウィーンと扉の開いた先には、拳銃を構えた江角 順也がいた。

 その服には返り血が染み付いていた。


 なるほど、もう一線を越えているかもしれないと思わせる。


 彼は確か警察関係者だったか……となると、あの拳銃も警察の拳銃保管庫から持ち出した可能性が高い。


「とりあえず、冷静に分析している場合じゃあない、か。」


 どうやらこの病院にいる人間はロビーに集められているようその姿は、だった。


「展開が怒涛過ぎないか?……一体何がお前をここまでさせるに至ったんだ。少しは落ち着いて頭を冷やせ。」


 思わず口からこぼれる本音。

 周囲が思わずザワついてしまう。


「ばかか!何やってる!」

「こっちに来なさい!」


「黙れ!」


 ザワつく人々に銃を向けて黙らせる。

 すると、生きている人々を見ていた江角の口から思いがこぼれた。


「どうして俺ばっかり……」


「え?」


「どうして……俺の家族ばかり……!」


 銃口が向けられる。


「ひっ……」


「どうして!」


「どうしててめえらは痛い目見ねえんだよおおっ!」


 パァン


「うっ、あ……ああああああああああああああああああっっ!!」

「きゃああああああああああ!」


 江角の血走った目は、見知った男を捉えた。


「あんた……」


「……お前も、現実を受け入れられずに足掻くタイプか。」

「んだと……?」


 カチャッ

 銃口を向ける先を、サイに向けた。


「俺に銃口を向ける……か。」


(まあ、ぶつけようのない復讐心は悪くない。)


 パァン


(どうだろう……使えるか……?)


 パァン


(その復讐心を活かせるなら、役にはたちそうだが……怒り任せに景観を壊されるのは御免だな。)


 パァン


「どうして当たらない……!?」


 放たれた銃弾を全て避けたサイはもうすでに江角の目の前にいた。

 そのまま銃を持つ手の手首を掴むと、そのまま捻る。

 グキっと嫌な音がした時には、江角は宙に浮いていた。


「ぐはっ!」


 そのまま江角は地面に叩きつけられてしまい、サイは彼がうつ伏せに倒れているところをさらに手首が動かないよう固定し、江角が動けないよう上からその背に座った。


「うおおおおおおお!」


 歓声と拍手が鳴り響く。


(馬鹿らし……)


 サイはその目を江角へと移した。


(さて、どうするか。問題はどうやって連れていくか、だが……ここで殺しても問題になるだけ、下手に意識を失わせても怪しまれるか……?)


 そうやって考えると、サイレンが聞こえてくる。

 ここは病院だが白の救急車ではなく、白と黒のパトカーだった。

 数台のパトカーから続々と警察官が降車する。

 そして、


「動くな!」


 銃を構えてゾロゾロと病院に入ってきた。


「おいおい、警察か……!」


(どうする!?この場で皆殺し……いや、優先順位が防犯カメラだろうと人間だろうと面倒だ。血で汚すのも御免だ。

 じゃあ変想チェインジを解除するか?いや、人間が怪人に変身したとあってはそれもまた問題……!なにより地球人この姿で行動出来なくなるのが一番のデメリットになる……であれば……!)


 こうやって考えいる間に、おもてが別の理由で騒がしくなっていく。

 どうやら集まっているのは警察だけじゃないらしい。


「あそこに、発砲した奴が……」


 ロビーにいた誰かが、警察にサイが取り押さえている場所を指さした。

 そんなことをされれば、馬鹿でも気づく。馬鹿でもその視線は指の指し示す方向へ向く。


(混乱に乗じてこの場から退散するのが吉か!?)


 幸い、突如来た警察達によりここに集まっていた人々は立ち上がり、人混みが出来ていた。


「面倒はごめんだ。」


 フェルゴールはダッとその場から走り出し、人混みの中に紛れた。


「あ、ちょっと!きみ!」


 スルスルと人混みを抜けていき、人々が気づく前にはもうその姿はない。


 人混みがようやく、消えた青年に気づいた。

 人々が向けるその視線は、まるで事を終えていなくなったヒーローを見るようであった。



 ♢♢♢



地球人この姿で走るとか……いつぶりだ……」


 だいぶ走った。

 気配は消してある。

 気配を決しているにも関わらず、自分に気づいて追ってきた人間がいればこの場で消そうと思ったが……まず気配を消している時点で、一般人が追ってくることができるわけがないとサイは自己完結した。


(参ったな……とにかく、あいつは後で回収だな。ってか、トイレとか人のいない適当な場所で『ゲート』した方がよかった気が……しないでもない。)


 これ以外にもいい解答こたえがあったかもしれない。

 自身の力不足かもしれない。

 そう思うと、とっさの判断で最適解を出せなかったことを悔やんだ。


「まだまだだな、俺も。ん?」


 そこに見えたのは、いつかのドーナッツ屋の屋台だった。


「ドーナッツ……」


 そういえばここだったかと。

 金の方は情報屋として得た金があるので、困っていない。

 それ以上に、彼自身が「ちょうどいいか」と思ってしまった。


「……買っていくか。」


 こういう時は、つくづく人間であったことを幸運だと思ってしまう。

 人間だった頃の味覚が残っていることに、感謝してしまう。

 どうやったかは分からないが、結果的に残してくれたレブキーに一番感謝しなければ。


 こういう些細な楽しみは、どういう形であれ、自分にとっての数少ない趣味・楽しみ、憩いであることに変わりはなかったから。


 それに、



 ……この幸せが、壊れるのは……嫌だな。


 壊れないように、頑張らなきゃ。



 そうだ。



 俺用に、ほうじ茶買っていこう。

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