覚悟

 

 あの時に見た白い空間ではない、黒い空間。

 以前にもこいつがまだいることを感じたことはあった。そのうえ、自分の下したい判断をこいつによって邪魔されたこともあった。

 そのうえで、今のこの状況がその時と違いはっきりと彼の姿を目の前に捉えていた。


『縋り付くよ……だって、止めなきゃいけない。これ以上は許されない!』


 フェルゴールは口元をゆがめた。

 嬉しさで、ゆがんだ。


「なぜ認めない。」


 ようやく


「お前は俺だ。」


 ようやく巡ってきた。

 こいつを消し去るチャンスが。


「これはお前の意思でもある。」


 邪魔で仕方がないこいつを。


『違う!』


「違わない。なぜ認めようとしない。いつまで現実を受け入れようとしない子供のままでいるつもりだ。」


『ぼ……僕は……』


 フェルゴールは楠 彩莉に近づき、彼の胸元に指をトンとつけた。


「いつまでも自分の心を偽るな。どんな形であれ、お前は自分にとっての唯一の存在を憎悪し、恨んだ。お前に……どんなものでも受け入れるなんて大層な器はなかったんだよ。その結果が俺だ。今ではもう、彼女に感心すらないじゃないか。」


 フェルゴールは、近づく。

 もう、近い。


『そんなこと、思っていない!お前に……お前に何がわかるっていうんだ!』


「全てだ。」


 冷たく放たれたその言葉。

 楠彩莉の瞳に、白茶色の髪型と藍色の瞳を持った青年がいる。

 その青年は、彩莉に瓜二つと行っても過言ではないほどに酷似していた。


「言ったはずだ。お前は俺だと。」

『違う!お前は僕じゃない!』

「では、なぜにいる。」


『え……』


 光のない藍色の瞳と、光ある黒い瞳が相対する。


「なぜ固執する。俺という存在に、俺という怪物に。」


『ぼく、は……』


「俺は確かにお前だ。そして、お前は確かに俺だ。だが、決定的に一つだけ……違うことがある。」


 その口元には歪んだ笑み。

 瞳に映るは怯えるもう一人の自分。


「お前、とっくにだろ。」


『っ……!』


「そんなお前が、どうして俺の「生」に縋り付くんだ。」


 楠 彩莉は拳を強く握りしめ、勇気を振り絞るように叫んだ。


『僕は……僕が止めなきゃいけないんだ!お前を!』


「なぜ?」


 そんな叫びに淡々と間髪入れずに、問いただす。


『僕が、父さんと、母さんと、依桜ちゃんを守るんだ……!お前から……』


 徐々に小さくなる声に、強さは感じない。


「ハハ……」


 思わず笑ってしまった。いや、


「アハハハハハハハハハハハハ!」


 我慢なんてできるか!


 まるでロボットのように中身がなく、薄っぺらい回答が帰ってきたじゃないか。


「説得力皆無だな……お前。」

『なにが、面白い……!』


「お前、本当にそう思ってるのか?」


 その「問い」は、彼を黙らせるには十分だった。


「じゃあ仮にだ。止めてどうする。お前はまた死ぬだけだが……俺を自分じゃないと言い張るお前がなぜ俺を止める。」


「僕の……大事な……」


 その先の言葉は容易に想像できた。

 想像できた内容に、反吐が出る。


「目を覚ませ。お前に、家族との思い出なんてあったか?その上、イオだったか。彼女との思い出なんてゴミになったばかりだろう。」


 それを聞いた彩莉が、膝を着いた。


『どうして……』


『どうして……誰も見てくれない……!どうして……そばにいてくれない!僕は……僕はただ、』


『一緒にいたかっただけなのに!』


 爆発した思いを見たフェルゴールは、笑みを浮かべた。

 同調の笑みを。

 気持ちは分からないが、分かる。

 今ではどうでもいいと思うが、そのことを経験した身として、笑みを浮かべたのだ。


「だから、でいたんだからな。お前は。」


 彩莉に今までの記憶がフラッシュバックする。


「もうでいる必要なんてない。」


 彩莉にそう言った、フェルゴールは彼に背を向けた。


「こう考えると、本当に俺って空っぽだったんだな。空っぽだったものを、解放したのが俺なのか……そんなこと、知ったことではないが。」


 やがて振り返り、フェルゴールは彩莉の傍に来た。


「お前は俺にとっての過去、お前は俺の一部……でもある。切っても切れない……それも分かってる。だがな……縋り付くなら話は別だ。」


 俯きながらも握られるその拳は、震えていた。

 やがて目を開け、ゆっくりと口を開いた。


『僕がいなくなって、本当に後悔しない?』


「……」


『僕がいなくなってから、なにか後悔することをしてしまったら……』


「そうか、それが理由か。」


 淡々と答えたフェルゴールに思うところがあったのか、彩莉は思わず声を荒らげた。


『オンボォさんを殺して……なんとも思わなかったのかよ!』


 答えが返ってこない。

 ただ沈黙--


『そうなってからじゃ遅い!だから--』


「思ったさ。」


 その沈黙は破られた。


「何がなんでも生きようと。どんな世界でも見据えようと。」


 フェルゴールは見据える。

 もう一人の自分を。


「だからこそ、自分のやるべきことはやらなければならない。たとえそれが殺しでも。やらなければ、役立たず。自分が死ぬか、捨てられるだけだ。そのための行動を邪魔する……」


 今度は目の前にいる、彩莉に指さした。

 そして言い放つ、自身の一番の思いを。


「お前が邪魔だ。」


 俺の為そうとすること全てにブレーキをかけるお前が。

 俺の考えに横槍を入れるお前が。


「俺は俺のために、俺の俺のしたいことにために行動してる……なのにそれをが邪魔をする。こんなおかしい話があるか?」


 お前も、同じ気持ちだろうが。


「さっき言ったな、俺はお前だ。だが、俺は決定的に一つだけ違うところがある、と。」


 指を下ろし、背を向けたフェルゴール。


「……もうひとつ、俺とお前は違うところがあった。」


 その手には、黒氷河の大鎌グレイシャルサイスが握られていた。


「俺はお前を受け入れる。だからこそ、お前の抱くその不安ごと、俺は断ち切る覚悟をした!」


『ふん!』


 鎧の怪人は、自身に黒氷河の大鎌グレイシャルサイスをぶっ刺した。


「な……!」


「あいつ……なにを……!?」


「まさか……!?」


『生きている俺が、俺の歩みを邪魔するな……!』


『誰にも助けられず、誰にも信じてもらえず、ただ孤独なお前が一体どんな信念をかざす!』


『ただ一人の限界ある信念に、信頼ある仲間のおかげでできた信念が負けるわけない。』


 痛みの覚悟の先に……最高の結果が待っていた。


『うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』


 だからもういい、もういいんだ。

 俺はお前で、お前は俺だ。

 俺達はひとつだ。

 抗う必要などない。

 もう隠すな。

 もういい子じゃなくていい。

 もう人じゃなくていい。


 俺は僕で。

 僕は俺。


 俺は、俺だ!



 ドッ



 もう……俺のままに生きていいんだ。

 いや、俺のままに生きる。

 俺は俺として。


 だからゆっくり休め……なんて言わない。


 いくぞ、俺。


 自分を、自分自身を生きるために。



 ♢♢♢



 ぐわっと大気が歪むのではないかと思ってしまうほどのプレッシャーが広がった。

 広がったと思った瞬間、周囲で次々と窓ガラスの割れる音が広がる。


『あー……やっと……やっと、スッキリした。』


 自分のことで笑うなんて……いつぶりだ。


 彼が見せつけたのは、まさに「格」の違いであった。

 ほとんどのガーディアンズの戦意が喪失してしまう。

 思わず、膝から崩れ落ちてしまうほどに。


『それで、なんの話だったか……ああ、お前の命ひとつでここにいる奴らを、という話だったか……』


『……そうだ……守れるなら……真伊を、諒を、諒の友達を、そして、お前を守れるなら、喜んで死んでやる。』


「父さん……!何、言ってんだよ……!」


『……抗わないんだな、お前は。』


 ポツリと鎧の怪人が言った。


『俺はお前に敵わない。戦っても被害が増える……なにより……』


 鎧の怪人の言葉に対して、あっさりと負けを認める発言をした。

 その言葉に対して、村主 啓は笑っていた。


『また意識を失って、川口のようになる訳にはいかないからな。』


『そうなればこの街にも被害を出すどころか、自分の息子にまで手を出してしまう。そんなのごめんだ。だから、お前を止めるのは、あいつらに託すさ。』


『無理だな。』


 即答した鎧の怪人の返答に、村主 啓が首を振った。


……分かるはずだ。人間の底力を……人間の強さが!』


 臆することなく鎧の怪人を見据えて、言葉を言い放った。


『お前が思っている以上に、人間は弱い生き物だ。』


『あいつらを……ナメるなよ!』


『……』


『これが……俺の思い。俺のできること!俺はもう死んでいるが、俺の思いを次に繋げることはできる。俺の命ひとつで、ここにいるを守れるなら、それでいい!』


『お前達……か。』


(成程、こいつが暴走しない理由が分かった。暴走どころか、俺まで救おうとしたとは。)


『俺は俺に成すべきことをするまで。例えそれが人の道から外れたものだとしても。それだけの事だ。俺は救われている。少なくなくとも、人間の頃よりずっとな。』

『お前……』


『俺は覚悟を決めたぞ。お前も、死ぬ覚悟を決めろ。』


「父さん!」


「死んじゃ……死んじゃダメだ!絶対!俺も、頑張るから!生きなきゃダメだ!ダメなんだ!こんなところで死ぬなんて……!自分から死ぬなんて……!そんな!」


 村主 啓はニッと笑うと、息子の頭を撫でた。


『俺はただ死ぬんじゃない。守るために死ぬんだ。』

「分かるかよ!俺に世界でたった一人の父さんを失えって言うのか!」


 そして、ガーディアン全員を見回して、頭を下げるのだった。


『ここにいる皆さん、ガーディアンズのみなさん!』


『!』


『どうか諒を、お願いします!』


 そして、芹澤の方を向いた。


『芹澤くん!』


 呼ばれた芹澤は思わず驚き、ビクッと肩を震わせる。


『逃げるなよ!立ち向かえ!』


 それを聞いて、俯く様子を見せた芹澤。

 だが、すぐに村主 啓を見据えて短く「ああ」と答えた。


『楓くん!』


 楓の方を向いた。

 楓がつまらなそうに、村主 啓を見据えた。


『君の気持ちは、君の思いは、君の人生は!君だけのものだ!』


 それを聞いた楓は……何も答えなかった。

 それでもなにか思うところがあったのだろうか、彼はただ目を瞑った。


『諒!』


 そして、最愛の息子の名を呼んだ。


『母さんを、よろしく頼むぞ!ありがとうよ!大好きだ。』


「待てよ……父さん!」


『俺はずっと見守ってる。』


「父さん!」



 俺が生まれた日

 俺が初めて柔道をやった日

 親父が必死に応援していた。

 お袋が懸命に励ましてくれた。

 柔道で準優勝で悔しい思いをした日

 初戦で負けた日

 ようやっと優勝できた時

 警察官になった日

 親父が死んだ日

 お袋が死んだ日

 舞に会った日

 告白した時

 楽しい日々を過ごした

 婚約プロポーズをした時

 結婚式を挙げた

 諒が生まれて、

 必死にお金を稼ごうと決意したあの日

 お金のことだけ考えて、自分どころか家族をめちゃくちゃにした。

 何も無くなって、権力に縋り、溺れ、息子を売った。

 そして、怪人と戦わせて、命を常に危険に晒した。

 父親として最低な行為をした。

 後悔しかない。

 例え人を殺してなくても、俺の行いのせいで俺が地獄に行っても文句は言えない。


 それでも、それでも!


 親父の笑顔が見れてよかった

 お袋の笑顔が見れてよかった

 二人の息子でよかった

 舞の笑顔が見れてよかった

 お前と結婚出来て良かった

 諒の笑顔が見れてよかった

 諒が息子でよかった


 怪人になってよかった

 お前に直接言葉を話伝えることが出来てよかった

 お前を守れてよかった



『俺の息子は……誰よりも優しい男だ!』



 村主 啓そう叫んだ。

 親バカもあるだろう。

 だが今は、そう叫びたかった。

 いるのかも分からない神様に、自慢するように。


『もう……悔いは、ない!』


 そう言い切る彼の目は、とても澄んで光っていた。


『さらばだ。』




 ザシュッ!





 鎧の怪人の手に握られた大鎌は、村主 啓の胸を貫いた。


 そのままどさりと膝から崩れ落ち、村主 啓はそのまま倒れた。


「父さああああああああぁぁぁん!!!!」


 村主 啓からグラッヂが溢れ出す。

 やがてグラッヂは彼の身体と同化して、共にこの世から消えようとしていた。


『さて……』


 鎧の怪人は、黒氷河の大鎌グレイシャルサイスをガーディアン達へと向けた。


『次はお前達だ。』


 非情な言葉が放たれた。


「約束は……約束は!」


『約束を守った覚えは……ないな。』


 村主の叫びは、無情にも届かなかった。


 沢渡と楓が武器を構える。

 続いて早乙女、永友、日比野、周防が武器を構えていく。


 沢渡と楓が踏み込んだその時--



『フェルゴール、聞こえますか?』


 フェルゴールの頭に、声が届いた。


(ラヴェイラ……?)


『帰投命令です。』


『……!』


 その一言に、フェルゴールは驚きを隠せなかった。


『お前達の命、預けておく。』


 フェルゴールは目の前に手をかざすと、正面に大きな黒い氷の氷壁が出来た。


「出力最大!」

「火力最大!」


「おおおおおおおおおおっ!」

「っ!」


 その氷壁は、出力を最大にした沢渡と楓によって砕かれた。

 しかしその氷壁の先には、もう鎧の怪人はいなかった。


 結果的に。鎧の怪人は意図せずして、彼との約束を守ってしまった「形」になってしまった。



 ♢♢♢



 一体、何があったと言うんだ……


 艦内にいるのはゼスタート様、レブキー、ラヴェイラ。そしてジャリアー達。


 よっぽどではない限り、問題は無いはず。


 そうでなくても他のヒトケタを呼び出さずに、俺を呼び出すとは……他のヒトケタも手が離せない可能性が高い。


 そんなことはどうでもいい。

 彼らのためになるのなら、命令に従うだけ。

 あとは結果を出せばいい。


 とにかく今は帰投しよう。



 ♢♢♢



「もう……なにもない。」


「親父も、母さんも……淳も……みんな……」


「なんで……俺ばっかり……」


「なんで、みんな死んでいく……!」


 そうだ。


 なんで他の奴らは生きてるんだ。


 不公平じゃないか。


「ふざけんな……!なんで淳が死んであいつらがのうのうと生きてるんだ!」


 誰がどう見ても具合の悪そうな青白い顔色のまま彼は立ち上がった。

 そのままゆっくりと、江角は病室を出ていった。


「復讐……してやる。世界に。こんな理不尽な世界に!」

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