アンハッピーセット

 

『ウウウウウウウウゥウウウ!』


「父さん……!」


 父の鬼気迫る姿に思わず声を上げた村主。

 それもそうだ。先程までの温厚な彼の人間として姿はなく、化け物としての色が強く出ていた。


『暴走……いや、一歩手前。まだ理性はある、か。』


 そう断定したのには理由がある。

 鎧の怪人は、村主 啓が村主の呼び声に反応したのを見逃さなかった。


『絶対にぃいいいいいいい!守るぅううううううう!』


 大きく振りかぶった拳。

 勢いよく、自動車が高速で走るような速さで振り下ろされる。

 だが、


『無駄な叫びは、』


 スパァン……!


『グア……!』


『スキを生むだけ。』


 一瞬で鞘を作り出した鎧の怪人は、納刀の構えをし、居合で村主 啓を斬った。

 振りかぶったその瞬間に、鎧の怪人は既に斬っていた。


 ドサリ。

 倒れた様子を見てあることが頭に過った。

 だったら、絶対に真っ二つだっただろう……と。


『まだまだだな……俺も。』

(キスオフには、程遠い……)


 彼のの一撃を見ているからこその、感想と反省だった。


 先程、槍は刺さらなかった。

 だからこそ先程よりも強く、速く斬り裂いたつもりだったのだが……

 結果は、ご覧の通りだ。



 ……いや



 切り伏せてない、奴は立ち上がる。



『ウオオオオオオオオオオオオ!』


 村主 啓の全身が黒鉛色のように鈍く輝く。


『なるほど、そういう能力か。』

(全身を鉄のように硬化する能力……!)


 それを見た鎧の怪人は、村主 啓の能力はどんなものなのかをはっきりと確信した。


 村主 啓が突進を仕掛けた。

 その攻撃にさらに回転が加わる。


 例えるなら人間大以上の鉄球が高速回転して襲い来るようなものだ。

 普通であればひとたまりもない攻撃だ。

 普通であれば……


 相手は鎧の怪人。


 それは十分、村主 啓もわかっている事だった。


 だからこそ。

 だからこそ、体が悲鳴を上げてでも彼は相手に自分の全力をぶつけようとする。

 回転速度が上がる。

 さらに勢いが増す。

 威圧するプレッシャーが放たれる。

 黒いオーラが激しく舞う。

 グラッヂが暴れ出す。


『これは……』


『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 鎧の怪人が斬ろうと黒氷の剣の刃をぶつける。

 そしてすぐに黒氷の剣を


(がいたら、諒達は……諒は、殺されるかもしれない!)

(このままだと……は人間として、死ねない!怪人として罪を犯し、怪人として死んでしまう!)


 鎧の怪人は見逃さなかった。

 自身の黒氷の剣にヒビが入ったのを。


(俺が諒の代わりに……!)

(これ以上、この子が罪を犯す前に……!)


 ドッ……


(絶対に……)


『守るんだあああああああああぁぁぁ!』


 その攻撃が、

 村主 啓の思いを乗せた渾身の一撃が、鎧の怪人に直撃した。


 思わず、一部のガーディアンから「おおっ」という声が漏れた。



 が、



『く……』


(両手で攻撃止めたのは……何時ぶりだろうか。普段攻撃避けてるから……あ、)


『避ければ、よかったな……』


 誰にも聞こえぬ呟きを、鎧の怪人は口にした。

 そして……そのまま彼は蹴り返した。


『ウオオオオオオオオオオオオ!』


『お前も、ペヅマウも……怪人であることを受け入れれば、さらなる力を手に入れることができただろうに……残念だ。』


『それが地球人側に味方として付くのであれば……少々厄介。だから……だからこそ……』


 錠剤のようなものを、コイントスのように飛ばした。

 いや……遊んでいるのではない。

 一発目の指弾きで、タブレットを壊したのだ。


「あ……あれは……!」


 すると、前触れもなく、どこからともなく鎧の怪人はを手にしていた。


『俺が……俺が裁く。』


 その手に持っていたのは、黒の刃と白のデザインを藍色が侵食した大鎌。


『いくぞ。だからもう、終われ。』


 黒氷河の大鎌グレイシャルサイス--

 その降臨と共に周囲に強烈な冷気が襲った。



 ♢♢♢



「シニガミの鎌……!なぜあいつが!」


 黒氷河の大鎌グレイシャルサイスを見た沢渡が思わず声を上げた。


「シニガミの……鎌……」


 この場にいる者で、シニガミと相対した経験があるのは沢渡と楓のみ。

 他に経験した者は、藤堂、笠宮、そして京極。

 藤堂と笠宮は既に引退しているが、京極は諸星と北条を支部へ運びに戻ったため、まだこの場にはいない。


 だからこそ、シニガミの武器……これに対して真の意味で危機感を抱いているのは、実質二人だけだった。


 楓が口を開いた。


「これで解決と見ていいでしょう。あの時残らなかったシニガミの遺体や遺品……おそらく、回収されたんでしょう。奴らに……」

「そしてそれをレベルSの鎧の怪人が使っている……なんだその考えられる限り最悪のアンハッピーセットは……」

「ですが、以前のシニガミの鎌とはどこか異なっている。」

「あれはシニガミの鎌なのか、あるいはあいつの鎌なのか……それとも……」


 その姿勢の先には、とても人では間に入れない戦いが行われている。

 間に入れる実力者はわずか4人だろう。

 多く見積っても、6人〜8人だ。

 村主 啓の意識があれば、攻撃に参加しようとしたが、暴走に近い状態である以上、巻き込まれる危険性もある。

 なにより、怪人同士で潰しあってくれるのは正直都合が良かった。


 その上追い打ちをかけるように、黒氷河の大鎌グレイシャルサイスの登場で周囲が凍りつく影響が出ている。


 だからこそ、早乙女と永友はどうやって被害を最小限に留めるかを考えていた。

 それを考えながらも沢渡は、そして逆にそれを全く考えず楓は、彼らの……怪人同士の戦いを見ていた。

 そして見極めようとしていた。鎧の怪人が使うシニガミの鎌は、本当にシニガミの再来なのかどうかを。


 この場で何とかして村主 啓を助けようと、あるいは何とかしようと考えているのは息子である村主、そしてその村主に協力しようとする芹澤だけだった。


 村主 啓が動いた。

 先程とは打って変わって、素早い動きで翻弄し、鎧の怪人へと飛びかかる。

 スっと身をかわし、黒氷河の大鎌グレイシャルサイスが踊るように舞った。


 パッ


 沢渡と楓の目には一回斬ったように見えた。

 戦いを見ていたほかのガーディアンは斬ったことすら気づけなかった。


 そして次の瞬間--


 数にして十、いやそれ以上か。

 傷が……グラッヂが、舞った。

 とうとう、村主 啓に刃がちゃんと通った。


『う……』


「父さん!」


 その場に倒れた村主 啓。

 その村主 啓の目の色は、暴走していた時と打って変わっていた。


『俺は……一体……』


『やはり……暴走が止まる、か。』


 グラッヂの吸収……そのタブレットアームズ自体の能力が、暴走を停止させる力を持つことは予想はできていた。

 だが、結果としてこうなることは初めて実証したと言える。


『お、前……!』

『やれやれ……』


「はあああああああっ!」


 その瞬間、村主が武器を構えて攻撃を仕掛ける。

 鎧の怪人は既に黒氷河の大鎌グレイシャルサイスを構えていた。


「そこをどけえええええええええっ!」

『諒!』


 そこへ村主 啓が割って入って、両腕の盾を構えた。

 しかし、 黒氷河の大鎌グレイシャルサイスでの一撃は無慈悲にもその盾を斬り裂いた。

 その上、貫通して村主 啓自身にもダメージが入ってしまう。


『ぐあ……』

『お前じゃ俺に……勝てない。』


 格の違い--

 まさにそうとしか言い様がない。

 自分の力を一気に失った気がした。

 その上、今の一撃で戦うエネルギーを一瞬で無くしたのだ。


 自分が今できることを考えた。

 しかし、全て上手くいく気がしない。

 最悪の場合……全滅。

 この子は人間を殺し、諒も殺すだろう……


 俺は……何も守れずに死んでしまうのか!?


 どうすれば……どうすれば守れる?


 俺が盾になっても、その場で俺は終わる。

 そしてそのままこの子はここにいる皆を殺す。


 この子は俺の命を狙ってる。

 だったら、


『頼みがある。』


 鎧の怪人はため息を吐いた。

 ウンザリしてしまったのだ。


「父さん……何言って……!」


『だから、俺の命をひとつで……みんなを守らせてくれ……!』


 この男の考えることだ。

 どうせ自分の命を天秤に賭けて、自分の息子をあわよくばこの場を見逃してもらおうとするに違いない、と。


 逃げるわけが無い。

 それは知っていた。


 そのうえで、敵わないと判断したのだろう。

 だからこそ、交渉に賭けたのだ。


 決まっている。

 答えはNOだ。


 黒氷河の大鎌グレイシャルサイスを構えて、振り下ろそうとしたその時だった。


「……本当に?」


 ピクリ。


 黒氷河の大鎌グレイシャルサイスを持つ手が止まった。


「本当に、それでいいの?」


 そこには、消えたはずの過去があった。

 最後に会ったのは、ババルスォがデベルクになる前か……


『まだ縋り付くのか、いい加減に消えたらどうだ?楠 彩莉くすのき さいり……』


 かつての自分、楠 彩莉くすのき さいり残滓ざんしが邪魔をした。

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