川口 勤
不思議で不可思議な感覚だった。
例えるならそう、外の自分を内の自分がパイロットとして乗り込んで操縦する感覚か。
だがこの例えと、明確に大きく違うところがひとつある。
息ができる黒い深い水の中にいる当の自分は、ただ見ているだけということだ。
いや、正確には見ていることしかできないというべきか。
自分が思うままに、力という力を振るうのではない……力という泉に溺れ、溺れて見せられている映像が自分というフィルターを通して自分がガーディアンと戦うものだった。分かることはこれが現実であるということだけ。
水の中にいるはずなのに、その映像は今まで見てきたどの映像よりも、はっきりと鮮明に映っていた。
【止まれ、止まってくれ!】
囚われている。
何かに囚われているということだけが、自分の内からひしひしと伝わってくる。
それが余計に不安を煽る。
【止まらない……だれか……だれか……!】
そこで、川口はあることに気がついた。
力を欲して、力を示すために暴れているにもかかわらず、自分の思っている……望んでいるものではないと。
【わ、私は今、助けを求めたのか……?】
ある意味……都合のいいワガママだ。
力を欲しておいて、結局それは違うと。都合のいいものじゃないと。
身をもって知って、体感して、拒絶するのだから。
【力を手に入れた私が……】
自分の欲望と理性がぶつかりあう。
黒く、暗い水の中。
ただ一人で、ずっと。
すると、ある自分の欲望と理性がよそ見した。
よそ見をしたその目が捉えたもの。
それはかつて、自分が世話になった人だった。
【あ、あれは……村主さん!?】
見慣れた姿はしていないが、すぐに分かった。
彼があの村主 啓だと。
だが、あくまでもよそ見だ。
そんな不安を
そしてついに、欲望が理性を踏み潰した。
【誰でもいい、誰でもいいいから助けてくれ!】
まるで遺言を遺すように黒い水の中で叫ぶと、彼の意識は一瞬で沈んだ。
その後の川口は……ただただ暴走した。
彼は、力を手に入れた瞬間に
あれだけ欲していたにもかかわらず、結果的に拒絶したのだ。
『そんな奴が、真なる意味で本当の力を……手に入れられるわけが無い。』
モウィスには、聞こえていなかったようだ。
♢♢♢
『はァ……はァ……』
『川口……お前……』
人間の……日本人の苗字が出てくる。
奇妙なものだ、怪人の会話だというのに。
「ど、どういうこと……?」
「まるで、自分が人間みたいに話してません……?」
日比野と周防が言葉を漏らす。
なにを思い、考えているのか。
三人の隊長達は真剣な表情でそれを見据えている。
鳳華院 楓……彼はただ一人、この状況を俯瞰的に見ていた。
「川口さん……あ、あれが……!?今戦ってた怪人が……!?」
父の言葉を聞いた村主が、思わず口に出した。
それを聞いた芹澤が、思わず尋ねる。
「知り合いか?村主。」
「あ、ああ……父さんの、専属のドライバーだった人。悪い人じゃない、けど……信じられない。本当に川口さんなのか……?もしホントだとしても、あんなにオドオドしてた川口さんが……ここまで変わるのか?」
自分の父が怪人になってしまっていた。
だからこそ、「人が怪人になること」に理解があった村主だからこそ、他とは違うまた別の驚きがあった。
村主が川口を知り、かつ彼という人間の面影すら感じなかったあの暴れっぷりを見た村主は川口
『笑えるな……』
『なんだと……?』
川口の体から、弱まったとはいえ黒いオーラが発せられる。
『怪人だっていうのに、いつ自分が殺されるかも分からない人間側に
【違う、こんなこと言いたいんじゃない!】
暴走が終わったことによる、川口自身の人間の理性が体の内で叫ぶ。
『私は怪人であることを受けいれたというのに……受け入れたからこそ、こうやって怪人として暴れたというのに!』
そして、川口は村主 啓を指差して叫んだ。
『あんたはどうだ、村主啓!なぜお前は
そう言って笑う川口。
それに対して、村主 啓は……
哀れんだような目で、彼を見ていた。
『なんだ……』
声が震える。
『なんだその目は!』
それを誤魔化すかのように彼は叫んだ。
『自分の……』
違う
『自分の子供の味方をして……何が悪い。』
(哀れんだように、見えただけだ……)
分かっているのだ。
痛いほど。
自分で答えることが、身に染みてしまうほど。
自分が人間はなくなってしまったことを。
そして何より、自分が「人間・村主 啓」として、もう一生……この先ずっと、愛する者達の味方になれないことを。
だからこそ、「怪人・ババルスォ」ではなく。
彼が生み出した新しい選択肢、「怪人・村主 啓」として今戦っているのだと。
『それに、お前の言うことは間違っている。なにも怪人全部が、お前のように暴れる奴じゃない。』
『なに!?』
『現に、俺がそうだ。』
それを言われて、川口の
『俺は、馬鹿な俺なりに今になって大事な気づいた。そして、息子を……諒を助けるために、がむしゃらになんとかして助けになろうとした結果が今だ。遅かれ早かれ、最後は死ぬとしても……俺は、今の俺にできることを……息子を助けることをして、死ぬって決めた。そのためだったら喜んで戦うし、喜んで死んでやる。それくらいの覚悟が、今になってやっと出来たよ。逃げることを、やっと辞められたよ。』
拳を握る川口の手に、力が入った。
『ふざけるな!ふざけるなあ!やっと人の上に立ったのに……やっと、やっと人間を超えたのにィ!』
川口の心からの叫びだった。
他人の理不尽で人生を転落させられ、他人のせいで満足出来なかった彼が……
……
いや、気づいてしまった。
他者のせいにして、自分からかけ上がろうとしなかったことに。
誰かのせいにして、自分から満足出来ることに出会おうをしなかったことに。
どれだけ辛くても、目先を求め、前に進もうとしなかった自分に。
『もう、限界か……!』
そう言う彼の顔は、笑っていた。
久方ぶりであった。
彼が心から、ゆっくりと、安心して暖かく笑ったのは。
『そうか、そうか……諒くん、ごめんね。おじさん、ずいぶん迷惑かけたね。ずっと、迷惑かけっぱなしだったね……』
「川口さん……」
『ははは……こんな見た目でも、そう呼んでくれるか。お父さんは、ずっと
「うん、川口さん。その……ありがとう。」
ありがとう。
この言葉がこんなにも暖かく、嬉しいものだったとは。
『私を止めてくれた皆さん、本当にありがとうございました。そして、申し訳ありませんでした。』
そう言って、頭を下げた。
不思議なことに、謝罪にもかかわらず、胸を張って謝ることが出来た。
頭を上げ、ガーディアン達を見たその時……
川口の足は動かなくなった。
『川口!』
そのまま倒れ混んでしまった川口を、村主 啓が支えた。
そして、村主はどうしても一番気になった質問を尋ねた。
『川口……どうして、殺せる相手を……
『くそっ、やっぱり俺を見てくれていたのはあんただけだったか……』
村主 啓の言葉を聞いた川口は虚をつかれた顔をして、泣きそうに笑った。
『おれが……自分で、
その言葉で、村主 啓には十分だった。
その理由を聞いた村主 啓は、ストンと腑に落ちたのだ。
『いや。お前は……軟弱で、自分の意見もない、相槌ばかりの、よく道に迷う男だった。』
『はは……後悔してるでしょ。私が専属だったこと……』
『お前は優しい心の持ち主だった。色々と気を使わせたな。お前が気を使って、無理矢理寄り道したことがあったな。今でも覚えてる。そこからだ。たまに寄り道もしたな。二人で昼飯も食べたし、夜二人で飲んだこともあった。諒も入れて飯食べたこともあった。家族とお金と自分のためだと言い聞かせて、誰かの顔色を伺う会食なんかよりずっと楽しかった。』
『……』
『後悔はしていない。悪くなかったぞ、お前との移動時間は。』
『そう、ですか……!』
川口には、それで……それだけで十分だった。
『私が殺してしまった人達に……謝りに行きましょうか……今の私なら、ちょっとは強くなれた気がする私なら……ちゃんと前を見て、謝れるだろうか……』
そう言って、最後に川口は自分から作り笑いではない感謝の笑みを村主 啓に見せた。
『最後まで……迷惑かけました。村主さん……』
そう言って、川口は目を閉じた。
安らかな顔をしていた。
『ああ、ゆっくり休め。川口……」
空は晴れていた。
ただただ、晴れていた。
だがそれでいいのかもしれない。
初めて寄り道したあの日は夏だったが、こんなに太陽が眩しい日だった。
♢♢♢
『消滅は避けられそうにない、か。』
『どうするのです、あなたは。』
『……そうだな。』
フェルゴールはそう言うと、「ゲート」を唱えた。
『生きていたいなら、先に帰れ。』
フェルゴールはモウィスに、そう指示した。
『しかし……』
モウィスは戻りたくなかった。
当然だ。
この
そして、フェルゴールの行動を見ていたかった。
『二度言わせるな。巻き込まれない保証は無い。存在していたいなら、帰投しろ。』
流石に巻き込まれる可能性は考えていたが、
実際、この戦場がどうなるかは分からない。
巻き込まれて消滅する可能性は……ゼロじゃない。
その上自身が相当の怪我を負っているという事情もあるので、諦めてモウィスは戻ることに決めた。
『……分かりましたよ。無事に帰ってくださいよ?あなた。』
そう言って、渋々モウィスは帰投した。
そして、改めてモウィスがいなくなったことを確認し、フェルゴールは「ゲート」を閉じた。
『さて……』
フェルゴールは敵を見下ろし、対象を確認した。
『仕事の時間だ。』
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