切り札の出撃

 

「こ、こんなところが……」


 そこは、新たにできた「壁」の向こう側だった。

 そこにはドームがあった。

 人のいない、賑わいの無いドームだ。

 てっきりそこが隠れた施設だと思っていた。


 沢渡が止まったのは、何も無い場所。

 だが、沢渡が通信すると、地下へのゲートがエレベーターのようにせり上がり、重厚なゲートが開いた。


 だがそこからは暗闇が続いた。

 しかしそこを抜けると、光が視界に差し込んだ。


 活気溢れる人の声がした。


(政府施設だと公表されたが故、誰も手を出せずにいた施設の全貌を、こんな形で知るなんて……)


 冨士が見たこともない場所に驚く反面、沢渡は堀田の報告でさらに焦燥を感じずにはいられなかった。


「時間が無い、急いでくれ!」


 沢渡の声で現実に戻った。

 だが沢渡は冨士にではなく、タバコをくわえた白衣の女性に言っていたようだ。


「あんたいい加減にしな。無茶なバイクの乗り方してるせいで、色々ガタ来てるんだよ。ましてやミサイル使って来たんだから、補充しないといけないでしょ。」

「だったらバイク処理してくるから、新しいバイク用意しといてくれ。」

「そういう問題じゃないっつの。タバコじゃないんだから……」


 紫煙を吹かしながら、手に持つタバコでビッと沢渡に指さすようにタバコを向けた。


「とにかくそのままだとホントに壊れるから大人しく置いてって。それでさっさと支部長のところに行きな。」

「お前が電子タバコに変えるか、禁煙したら聞いてやる。」


 バイクに乗り込み、アクセルを吹かす。


「あ、こら。」

「沢渡さん!」


 息を切らして、この場に現れたのはオペレーターの小鳥遊。


「よ、どした。」

「支部長が……って言っても行くんですよね。」

「堀田のとこがやばいからな。」

「……わかりました。支部長には、なんとか私が言っておきます……」

「……」


 フーっとタバコを吸って、紫煙を吐く笠宮。

 彼女は何も言わなかった。


「頑張ってください!」

「ありがとな。」


 沢渡が小さくそう言うと、勢いよくバイクは飛び出して行った。


「沢渡さん……」


 笠宮が小鳥遊の頭を撫でながら、煙を吐いた。


「あたしも報告一緒に行くからさ。あの阿呆帰ってきたら一発ぶん殴ってやりな。」

「……はいっ!」

「ついでにあたしも殴っとこっと……あー、あとあんた。」

「は、はいッ!」


 ぼーっとしていた所に声をかけられ、思わず上擦った声が出てしまった冨士。


「ここに突っ立っててもなんだから、とりあえず……」


「私と共に来てもらおうか。」



「……!」


 ゾッとした。

 本当の意味で背筋が凍るという体験をした。


 誰も彼が来ていたということに気づいていなかったという感じであった。


「支部長……」


(この人が……)


 季咲の言葉で、冨士は沢渡の言っていた支部長その人なのだと悟った。

 同時に、冨士の頭の中では沢渡が自身に告げた言葉……

『自分の身に何が起こってもいい覚悟はしておけ。支部長が名前を知り、指名するところを見ると……彼を知っている身としてはあまりいいことは起こらない、かもな。』


 ……この言葉が、ずっと反芻していた。

 この緊張感に押しつぶされそうだった。


「支部長!す、すみません、沢渡さんは……」


 小鳥遊がペコリと頭を下げ、申し訳なさそうに告げる。

 笠宮が前に出て何か言おうとすると、スっと手を出し首を振った。


「ああいい、気にするな。彼のことだ、どうせすぐに出ていったのだろう。代わりに後で鷹司がいない時に沢渡君に愚痴ってやるとするか。」


 はぁー……っと緊張が解けたようなため息が出た小鳥遊。それを見た笠宮が「よく頑張ったな」とでも言うように頭をポンポンと撫でていた。


「じゃ、あと戻りな。雪音。」

「ありがとうございます、季咲さん。」


 笠宮に礼を告げ、小鳥遊は一礼して戻っていった。


「さて……」


 自分を見る目付きが変わったのを感じる。

 冨士はそれをひたと感じた。


「問題は君だ。」


 先程とは打って変わって冷たい声が聞こえる。


 そう言って支部長・鳳華院が冨士の元へ近づいた。


「ずいぶんと戦場をかき乱してくれたみたいだな。」

「っ!」

「おかげで仕留められるものも仕留められず、足でまといにしかならない。なぜ現場にいない一般人とやらは、普通に考えれば出る結論が出ないのだろうな。避難するよう呼びかけても、それを無視して人生を自分で終わらせるのは勝手だが……こちらの迷惑はやめて頂きたい。」

「す、すみません……」


 声が……出なかった。

 何も考えられなかった。

 例えるなら、幼児が悪い事だと思わずに悪いことをしてしまい、親に怒られるような感覚。


 彼の目には、怒りと情熱の赤と何も無い黒が見える。


「こうも馬鹿ばかりだと、人間性が垣間見得るな。時に、冨士 若菜君。」


 名を告げられ、肩を震わせる冨士。


 そのまま鳳華院はこう告げた。


「君の職場だが、したらしい。」


「え……!?」


 更なる言葉の刃を冨士を襲い、自分の感情が何も見えない精神の落とし穴に落ちるような感覚を覚える中、鳳華院は続けた。


「君の……いや君達のと言うべきか。そのことを報告したら、もう倒産とのことだ。正直、ガーディアンズを見られることは我々にとって都合が悪かった。ましてやマスコミ関係となるとな。彼らの生活が脅かされる可能性がある。だからこそ、政府を含める全ての企業に話を通したのだが……それを破ってしまった結果だそうだ。」


「そ、んな……」


 突然すぎる過酷な現実を受け入れられず、冨士は膝を落とした。


「まあ、身から出た錆といえばそこまで。君も職なしとなった訳だが、君に朗報だ。」

「……え?」


 朗報という言葉に思わず釣られたように反応した冨士。

 それもそうだろう、落とされた光の見えない落とし穴からどこからともなく光が差し込んだのだから。


「君の素性は調べさせてもらった、色々とな。そこでだ、君に受けてもらいたいものがある。」


「支部長……まさか。」


 笠宮が思わず反応した。


「君に……ガーディアンズ適性検査を受けてもらいたい。」


「ガーディアンズ……」


 思わず言われた言葉を繰り返す。

 そして頭には、怪人に立ち向かう戦士達の姿が浮かんだ。


「君も見ただろう、宇宙からこの地球ほしを侵略しに現れたの異形の怪人達を。その怪人達から地球を護るために、結成されたのが我々だ。まあ、詳しくは後でいい。」


 そう言って鳳華院は、冨士に近づいて言い聞かせるように告げた。


「言っておくが、君が持つ選択権はない。我々に関する情報を持つものが、壁の向こうに居てもらっては困るのだよ。」


 さらに近づく。

 プレゼンテーションを大袈裟にする海外のプレゼンターのように、身振り手振りを加えて話すのだ。


「断った場合、問答無用で拘置所へ行ってもうらうか、はたまた……どうなるかね。だが、私から出せる選択権が二つある。一つは適性検査を受ける、もう一つは受けない……だ。仮に失敗しても安心したまえ。別の仕事で君を雇おう。」


 そして、最後の語調が優しくなる。


「君がここに残るというのであれば、私は君を最大限にサポートする。給料も命をかけて戦う分、十二分に払う。確実に言えるのは、記者として働いていた時以上に給料は増え、君の仕送りも増やせる。」

「どうして……それを……」

「さあな。」


 ニッと口元を緩めると、やがて距離を置いた。


「では君の口から聞こう。君はどちらを選ぶ?」


「わ、わかりました。お金、貰えるんですよね?もっと今以上に貰えるんですよね?」

「確約できる。」


「わかりました。受けます。」


「そうか。」


「まずは君の選択に敬意を表そう。脅すような、強制的な選択をさせてすまなかった。こうでもしなければ、情報を商品として売られてしまうと、戦いどころじゃなくなる。残念ながら、こんな世の中なのでね。」


「着いてきなさい。」


「支部長……あんた……」


「やり方が気に食わないという話は……悪いが、受け付けないぞ。」

「別に。ある意味、アメリカ本部よりエグイなって思っただけさ。」


「褒め言葉として受け取ろう。ああ、そうだ。笠宮君、」

「はい?」

「この場に残っている王城のTECバイクの点検は済んでいるかね?」


「とっくに済んでるが、それに乗る奴らは全員非番でしょ?ましてや、あんたの息子は……」


「いや、出撃することになった。」


 鳳華院の口元はどこか笑んでいるように見えた。


「は!?あんたの息子はともかく、あの子達は……」


「その子達に直談判されてね、いてもたってもいられないんだと。」

「そんな無茶をさせないためのあんたじゃないのかい?」

「その心配はない。そのための、かえでだ。」


「じゃあ……」


「ああ、引率に楓をつける。いてもたってもいられない気持ちは分からんでもないし、仮に断ったとしたら、絶対に抜け出すだろうと思ったからな。君の怒りも最もだが、せめてもの安全策として楓を付ける。何かあった場合はすぐに退くようには言ってある。」


 紫煙を吐くと、小さくなったタバコを落とし、踏みつけた。


「退けと言われて、退く子らかい?」

「言いたいことはわかるが、流石にそれに関しては、彼らの責任だな。ガーディアンズである以上。」

「ま、そうだけどさ。」


「父上、ここにいたのですね。」


 そこにいたのは、長髪の青年だった。


「来たか、楓。」

「はい、父上。もう時期、彼らも来ます。」


「鳳華院、あんた……」

「お久しぶりです、笠宮さん。腕は訛っていないのでご安心を。」


 彼女に会釈し、すぐさま自分のバイクに乗り込んだ。


「これで戦況が変わればいいが。」


「成義様。」

「来たか。」


「お待たせしました!」


 鷹司が率いて現れたのは、飛鳥井、東雲、村主、王城……第六小隊のメンバーだった。



 ♢♢♢



 誰もいない、静かな都会でアルマジロの怪人は一人立っていた。


 意識があるのか、ないのかすら分からない。


 ずっと、瞑想する僧侶のように、静寂と共に立っていた。


 やがて、意識を取り戻したかのように膝をついた。


『……りょう、』


 そう言うと、何かを思い出したように歩き始めたのだった。

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