遭遇 後編
ここは荒谷工業の東京本社。
荒谷工業はここ数年で、王城コーポレーションの子会社となった。
その際に、多くの被雇用者をリストラされたのが話題になったが今では話題にならない会社である。
「なんで急に避難勧告なんて……」
「まさか、ほんとに怪人なんてのが……?」
ザワザワと騒がしくなる声が大きくなる。
「いるわけねえだろ。」
ピシャリと一人の声がその空気を言葉の刃で沈めた。
「ではこの事態は……」
「いいから仕事に戻れ!」
尋ねた社員を突っぱね、とりわけ年が上の会社員はどかっと「総務課 課長」のプレートがある自分の席に戻るのだった。
「屋内に避難しろ」というアナウンスがあったのは確かなのだが、中には家族や友人を不安に思う者もおり、動揺が広がっていた。
「どちらにしろ王城コーポレーションが絡んでる時点でろくなことじゃねえだろ!」
その人は苛立ちながら、大きな小言を言うのであった。
「だいたい怪人がなんだってんだ!現実を見ろ!今どきの奴はこの程度で騒ぎやがって……」
周囲のデスクに緊張が走る。
自分のせいではない、自分は悪くないにも関わらず、自分が怒られるかもしれないという恐怖が顔を出していた。
「狼狽えるのはここまでだ。切り替えろ。まだ退社時間じゃないぞー、さあ仕事だ仕事。」
わざとらしく、はたまた大袈裟に聞こえるように自分の部下に言い放つ。
その際にある社員が、ずっとこちらを見ていることに気づいた。
「仕事をほったらかして何をボーッとしてる!」
「すすすみません!なにかその、見えて……」
「なんだ?幽霊でも見えたってか!ああっはっはっはっは!……さぼる口実はいいからさっさと仕事しろ!」
嘲るように笑うと、デスクをバンと叩き指さして叫んだ。
そんな上司の様を見ていた会社員達は、そそくさと顔を逸らした。
スっ……
パリィぃぃぃぃイン!!!
課長の背後の窓が大きな音を立てて砕けた。
「きゃあああああああああ!!」
「うわあああああああああ!!」
一同が騒然とする。
課長が尻もちをついた。
「やっぱり……ここら辺だった……な、なんだか……懐かしいな……」
すくっと立ち上がり、辺りをキョロキョロ見回す……
当たり前だが、こんなビルの上の部屋に突っ込んできて無事でいる時点で人間ではない。
そこにいたのはまさに化け物。
ネズミを擬人化したような見た目をし、ギラりと光る鋭い鍵爪。
その鍵爪には、血が染み付いていた。
♢♢♢
「ほ、ほんとに……化け物だ……!」
「……!」
(み、みんな俺に怯えてる……!)
オポッサムの怪人 ……ペヅマウは気持ちの高揚を確かに感じていた。
自分の
「ひ、な、なんだお前は!」
尻もちをついた人間を見た。
どこかで見たことが?
……
いや、見つけたかった顔だ。
憎んだ顔だ……恨んだ顔だ……
やっと見つけた!
ガシッと首を掴んだ。
全ての元凶である
「ぐ、な、な……」
『私は、私はずっとこうしたかった!』
首を掴むのではなく、締めた。
元上司の体が宙に浮く。
「なに、を……カ……ハ……!」
『どれだけ待ちわびたか!』
首を絞める手を解こうともがく元上司の姿に、笑みを隠せなかったペヅマウ。
周囲を確認すると、嬉しい事実に喜びを隠しきれなかった。
周りの人間が、誰も助けようとかかってこない事実に。
『ほら!誰もあなたを助けようとしない!それが今まであなたが部下にしてきた結果だ!』
ギュウッと、締め付ける力強くなる。
顔に血が上り、顔が破裂してしまうのではないかと思ってしまうぐらいに真っ赤になる。
『大方他の奴らにもパワハラだのモラハラだのセクハラだのしてたんでしょう!?』
はっきり言うと、これは紛れもない事実であった。
彼がこの会社に、この人物に恨みを抱く原因でもあった。
実際、この現場を見ている部下達は怪人に怯える反面、死の間際にいる嫌な上司を見てザマアミロ……このまま死んでしまえば……なんて邪な思いが膨れていた。
誰も、助けようなどと思わなかったのだ。
「お、お……まえ……は……っ……!」
絞り出すように声を上げた。
『まあ、この見た目じゃ無理もない。お前が以前責任を押し付け、リストラされるよう仕向けられ、クビになった元部下だよ!』
ザワザワとどよめく社員達。
そんな事実があったのかと、隠しきれない動揺が現れていた。
しかし、対するこの男の答えはあっさりしたものであった。
「だれ、だ……!」
……
知らない
認知していない
忘れている
覚えていない
……
ピシッ
その一言で、ペヅマウの何かが
ズズ……
ペヅマウの体から、黒いナニカが漏れ出た。
ドクン!
『ハウッ……!』
ビシッ
ビキキキキ……
こいつにとって私はその程度の存在だった!
ふざけるな!
私は覚えてたのに!
こいつは忘れていた……!
だったら、だったら……だったら!
『だったら、死んでも忘れられなくしてやるよォ!!!』
その場で片腕を切り落とした。
ペヅマウは声を発させまいと、喉を潰すように首を締める。
『このまま殺しても俺の恨みは晴れない!タダですぐに死ねると思うな!ようやく法なんてものに縛られず、立場なんてものに怯えずにお前を殺せる!お前に復讐できるんだ!』
やがてもう片腕を切り落とした。
『苦しめ!苦しんで、死ね!』
そのままそいつを外へとブン投げた。
『ばあああはっっっははっっっっはっは!!!』
ペヅマウから漏れ出すナニカが、一際多くなった。
その下に
♢♢♢
上空から腕の無い死体が凄まじい勢いで落ちてきた。
「京極さん……」
「ああ……」
見るも無惨で、痛々しい姿に皆の顔が暗くなった。
京極はその死体の近くにいき、目を閉じてあげた。
そして立ち上がり、目を瞑り、手を合わせた。
それに倣って、他の隊員も目を瞑り、手を合わせた。
やがて、京極が踵を返した。
「よく……よくこんなクールではないことができるものだ……」
彼の顔つきが、変わった。
思わず、諸星ら他の隊員がゾクッと身震いするほどに。
「皆、見えたな。」
「俺が先行し、あいつをここへ叩き落とす。俺の指示があるまで動くな。」
「さて、クールに行こうか。」
「インストーリング。」
『NOW INSTALLING』
京極がインストールブレスレットを起動させると、ゆっくりと深呼吸をした。
「諸星。」
「はい!」
「ここに怪人がいること、全小隊及びガーディアンズ支部に報告しろ。建物内にいるということは……おそらく、人質もいる。」
「了解です。」
諸星が強く頷いた。
その様子を見た京極もまた強く頷く。
そして特殊バイクに乗り込むと、すぐさま
すると見る間に特殊バイクが変形し、空中に浮き始めた。
特殊バイクは自動追跡機能付きのミサイルの他にもうひとつ機能がついているのだが、それがバイクで人を乗せて「空中・上空を走行できる」というライト兄弟もビックリのスグレモノである。
が、もちろん完璧ではない。
デメリットは不安定なバランスと消費激しいエネルギーである。
バイクという小さなスペックの中に、空中を自由に走行するために飛行機並の大きなスペックを搭載するために限度がある。
そのためにバイクの後方……後輪部分に飛行するための機能と通常のバイクから空中走行にバイクに変形するための機能が備わっているのだが、前にミサイルを備えているのもあり、不格好はともかく、バランスが悪い。
地に足ならぬ地にタイヤがついているならまだしも、流石に空中となると重さも加わりバランスが悪い中での操縦や非常に優れた体幹が必要となる。
一般人なら「絶対に無理」という点をガーディアンならそれが可能である理由は、定期的に注射する際の投薬の恩恵といっても過言ではない。
次に激しいエネルギーの消耗についてだが、はっきり言うと現状これはまだ解決出来ていない。
王城コーポレーション製の高クオリティ・高スペックな部品でも不可能であり、まだシステム自体がまだ完璧かつ進化していないためである。
アクセルを吹かすと、空を滑空し始めた。
バランスが悪い中、上手く操縦する京極。
やがて、視界にターゲットを捉えた。
「見つけた……!」
『うっ……追ってきたのか!?なんとかしてて……』
ペヅマウの脳裏に、「人質」というワードが過った。
『うっ……!』
迷っていると、ペヅマウの身体から黒いナニカが水しぶきのように京極に襲いかかった!
「くっ!こうなれば……!」
アクセルを強く吹かすと、京極はペヅマウに特攻した。
『うああああ!』
思わず飛んでしまい、叩き落とそうと攻撃をしかけた。
「っ!」
予想外の攻撃に驚いた京極。
そのまま怪人と激突し、バイクが爆発した。
宙から落ちる京極と、怪人。
京極はすぐに装備していた二刀のレーザーサーベルを起動し、怪人は怯みから立ち直った。
京極はレーザーサーベルを地面に刺すことで落下の勢いを殺して着地するのに対して、怪人はそのまま着地した。
『ど、どうやら
「ほう……」
(おそらく、第一小隊の誰かか……)
『なら、なんとかなるかな……?』
「舐められたものだ……」
その発言を聞いて、京極は誰のことを指しているか即座に理解した。
(ホットになるな、クールであれ。)
自分にそう言い聞かせると、レーザーサーベルを構えるのだった。
♢♢♢
「了解です、第五小隊すぐに第二小隊と合流します。」
堀田が諸星と連絡を取り終えると、すぐさま第五小隊の隊員に指示を出した。
「聞こえますか?ここ近くで、第二小隊が怪人と遭遇したそうです。僕達もそこに向かいます!」
「「「「了解!!」」」」
隊員が応答したのを確認し、堀田が正面を確認する。
「え。」
さっきまで誰もいなかったはず。
正面に、誰かいる。
そう思ったと同時に、堀田は嫌な予感がした。
思わず、急ブレーキでその場にバイクを止めた。
その様子を見た隊員達もバイクを止めた。
『見て見ぬふりをしても仕方ないか。すぐそこで、なんというか……仲間が戦っていてね。戦わせても良かったが、多勢に無勢というのも卑怯ではないか?』
気配が無かった。
怪人は、もう目の前にいたのだ。
「た、隊長……!」
「全員!戦闘準備っ!」
第五小隊の隊員が驚いて、怯んでいると堀田が大声で発破をかけるように、指示した。
『『『『『NOW INSTALLING』』』』』
「お、前は……」
(あのツノ、あの鎧……間違いない……)
一目見て、あの時の鎧の怪人だと悟った。
堀田がレーザーサーベルを構える。
そんな様子に怯むことなく、鎧の怪人は言葉を続けた。
『割り込むなんて野暮な真似は、しないで頂きたい。……こう頼めば、話を聞いてくれるか?』
「断る。その先で、僕の仲間も戦っている。」
『……そうか。』
ドンと、正面から冷たく、重いプレッシャーが堀田と第五小隊を威圧した。
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