No.4 キスオフ

 

「帰ったか、フェルゴー……!」

『……』


 帰ってきたフェルゴールの姿に、転送室の前に集まっていたヒトケタ達は衝撃を受けた。

 当然である。今のフェルゴールは片腕と片足を失い、黒い氷の義手・義足が見て取れる。

 それ以上に目を引くのが、彼の身体から常にドス黒いオーラを発していたことであった。


「メイビー、貴様なにを……!」

「仕方ないでしょ。荒療治だったんだから。」


 メイビーがそう言いながら、ドサッとフェルゴールを下ろした。


「貴様……消えたいらしいな……」


 ヴァルハーレから邪悪なオーラが漏れ出す。


「なんでヴァルハーレが怒るのよ。」

「ヴァルハーレだけ、じゃと思うか。」

「はぁ?何言って……!」


 メイビーが驚くのも無理はない。

 ゲンブの横には、怒りで睨みつけるレブキー、臨戦態勢のドゥベルザと、彼女を静かに見据えたヘルハイがいた。


「メイビー、キミは……」



 ヒュピン



「随分な歓迎ね……ラヴェイラ。」

「……ここにいるヒトケタ全員を挑発下手に挑発しようとするのは、やめたほうが賢明かと……」


 ラヴェイラがメイビーに投げたのは、一本のナイフ。

 彼女のタブレットアームズである。

 メイビーはすんでのところでそのナイフを止めたが、彼女の頰をかすめた。


「随分な荒療治をしたみたいですね……」

「ゼスタート様の命令で、その上あんたが言ったことよ。この子は葛藤の上、それをやり遂げた。それだけよ。」

「フェルゴールの性格に難があることは予想出来てましたが……最悪の形で実現してくれましたね。本当に……」

「それよりも、なんで腕と足を失っているのかを聞きたいんデスがね……!」


「ま、あんたらが何言おうと別にいいわ……」



 あたし、この子気に入ったみたいだから



 メイビーがそう言った瞬間、全員が身構えた。





 ピィーン……




 空気が張り詰めた。



 次の瞬間

 この場にいた全員が、同じ方向を向いた。


 そして


 フェルゴール以外の全員が転送室に向けて、臨戦態勢をとった。

 まるで、先程の一触即発が嘘だったかのように。

 ヴァルハーレもゲンブも、レブキーも。そして、ヘルハイ、ラヴェイラ、ドゥベルザも。

 メイビーも。



 化け物がくる。



 全員がそう思った。




「どうした……そんなに身構えて……」



「キスオフ……」




 "最強"が、欠伸あくびと共に現れた。





 ♢♢♢



 キスオフと呼ばれたヒトケタ。

 その姿は化け物と呼ぶには程遠い、見た目は普通の人間だった。

 燃えるような真っ赤に染る長い髪を垂らし、ルビーのような赤い目は全てを威圧する虎の瞳をしていた。


「キスオフ……なぜ、帰ってきた。」

「元々……ここがおれの家だ……その質問はおかしい……」

「普段帰らないお前が……」

「用が済めばすぐ出て行く……」

「用?」

「フェルゴールだっけ……?面白いデベルク……どこにいる……?」


「「「「「「「っ!」」」」」」」


「待つデス!キスオフ!」

「あ……いた……」


 キスオフが気絶しているフェルゴールを見つけた。


 ヒュッ……


 その時ゲンブが軽々と宙を舞い、カカト落としが炸裂--したかのように思えたが、キスオフが鞘に収まった刀を手に取り、それを受けた。


「ぬう……」


「ゲンブ!」


 ドゥベルザが叫び、キスオフとの距離を詰める。


 ヴァルハーレが闇賢者の杖ワイズマンスタッフを亜空間から取り出し、いつでも攻撃できるよう身構えた。


「何するつもりじゃ。」


「ゲンブ……久しぶり……元気……?」


「やれやれ……キスオフ。どういうつもりじゃ。」


「ゼスタート……あ、様に言われたんだ……来れば面白いデベルクと戦えるって……」


「やれやれ……あの方のお戯れか。」

「キスオフが来るというゼスタート様の確信は、そういうことか……」


「ねえ……おまえでしょ……?面白いデベルクって……

 さっさと戦おうよ……そうじゃないと……ゲンブ……斬るよ……?」


 誰にも見えなかったほどの速さで、誰にも悟られず刀を抜いた。


 だが同じタイミングでドス黒いオーラが危険を察知したかのように、キスオフめがけて黒い氷柱が現れた。


 だが、それはいともたやすく切断された。


「キスオフのタブレットアームズ……影月光ゲッコウか……」

「皮肉デスヨ……ワタシの開発したアームズが、ワタシの最高傑作を消そうとするなんて……!」


 刃は白銀に輝き、峰は黒々と染まった刀をキスオフは納刀した。


「へぇ……」

「ぬ……」

(フェルゴール……!)


 フェルゴールがゆらりと立ち上がり、カッと目が光る。


「オイオイ、フェルゴール暴走してねえか!?」


 ドゥベルザが慌てて声を出すが、杖を携えたヴァルハーレが「心配ない」と告げた。


「奴には暴走しないためのグラッヂの制御方法を既に叩き込んである。」

「じゃああれって!」

「アレはおそらく意識のないフェルゴールを守るために、自身のグリッヂがオートで動いているのデショウ。まさか、そんなことまで教えていたんデスカ?ヴァルハーレ?」

「いや……そんなことはしていない。」

「ナント……!」

「おそらく……奴の身体と精神、そしてグラッヂの結びつきが強いのだろう。"命名の儀"を二回したためか……理由はわからんがな。」


 キンッ……


 刀を鞘に収める音がした。


 ガシュッ


 次の瞬間、フェルゴールの鎧が斬られた。


『……!』


「は……」

「速すぎる……」

「フェルゴール!」


『ウゥウ……!』



 ドス黒いオーラが一斉にキスオフを襲う。


 キスオフが刀を抜いた。


 一度抜いたと思えば、すぐに納刀。


 キスオフの、ヒトケタですら目で追えない超高速の居合である。


『ッ……!』


 ドス黒いオーラ全てとフェルゴールを斬り尽くした。


「……期待以下だった……弱すぎる……」


「あの時以上に強いはずだが……ここまで圧倒するとは……」


『……』

(黒氷数多こくひょうあまた……)


 ざっと百もの黒い氷の結晶が舞い始めた。


「……!」


(黒氷剣舞こくひょうけんぶ)


 黒き氷の百の剣がキスオフを襲う。


「……ペロリ……」


「馬鹿者……船を壊す気か!」


 ダン……!


 口元に笑みを浮かべて、黒氷の剣を軽々と薙ぎ払っていく。


「残るは……その首……」


 全ての黒氷の剣を薙ぎ払い、キスオフはフェルゴールの首に狙いを定める。


 まるで、このタイミングを待っていたかのようにピクリと動き刀が迫る方へ盾を作る。


「!」


 刀が盾を切り裂くインターバルが発生した時、タブレットが砕かれ、黒氷河の大鎌グレイシャルサイスが現れた。

 すぐに盾は斬られてしまったところを、なんとか柄で刀の刃を受け、競り合う形に持っていく。


「フェルゴール……!」

「おお、起きたか……」

「カッカッカ!いいぞ……!」

「おや、案外早かったじゃないか。」

(ひとまず安心……でも、油断は禁物。いつでも止められるようにしないと……!)

「っ!」

「ッヒャー!疼いてくるぜ……!」


 先にある大鎌の刃でなんとか相手を刈る形にもっていきたいのだが、片腕が黒氷の腕ではまともに力が入らず、その上片足も黒氷のため踏ん張りがきかない。

 このままではキスオフの力に押されてしまうのは目に見えている。


「ひひ……」


『ッ!』


 フェルゴールは思案した。

 この状況を打開できる方法を。

 そして、ふと思いついた。

 使い物にならない片腕と片足を、上手く使う方法を。


 この肉体的にも、精神的ににも極限に疲弊している極限状態の中でこそ、思考が反応と同じ速度では働いた。

 動かない身体が自ずと反応したのだ。


 使い物にならない黒氷の片足から黒氷の波を繰り出すと同時に、キスオフの片足を拘束した。

 さらにキスオフの黒氷の片腕が針状ものになり、キスオフの顔まで瞬時に伸びた。


 だがキスオフは、黒氷の拘束をすぐに振りほどき、流れるように身をかわした。


 そして次の瞬間、フェルゴールの義手と義足が斬られた。


 ぐらりと体勢を崩し、膝をつく。


『くっ……』


「王手ってやつ……?」


 刀をフェルゴールに向けたキスオフが首を傾げた。

 キスオフの口元は歪んでいた。


 その時だった。

 ツー……とキスオフの頬から一筋のグラッヂが流れた。


「……!」


「まさか……デベルクが……フェルゴールが……」

「ふぉっふぉ……やりおる……!」

「偶然……?けど傷をつけた事実には……」

「本当に……傷を……」

「これは……」

「ガッハッハ!今までにない快挙だな!」


 ヒトケタが驚く中、フェルゴールは今の動き……キスオフに傷を与えたのはただの偶然……奇跡だということを一番身をもって理解していた。

 もちろん他のヒトケタも偶然なのは分かっている。

 だが、それでもメイビーの言う通り、フェルゴールは傷を与えた。

 その事実に変わりはない。

 その時点で実力の内だ。

 偶然とはいえ、一介のデベルクがキスオフにダメージを与えた……

 その事実に彼らは驚いていた。


 一方、キスオフは自分自身になにかを言い聞かせるように目を瞑って頷いていた。

 キスオフは口元を緩め、まるで嬉しいような、それとも楽しいような、あるいはその両方か。


「なるほど……なるほど……うん……」


「フェルゴール……か……うん……覚えたよ……」



 ピリッ--



 空気がひりつく……



 だがそれに反して、キスオフのオーラと気迫は不気味なくらい静かであった。


「おれを……傷つけたデベルク……君が初めてだった……礼と言ってはなんだけど……おれの技……ひとつ見せてあげる……」


 ヒトケタ達の顔色が変わった。


「待つデス!キスオフ、アナタ本当にフェルゴールを壊す気ですか!?」

「っ!」


 コンマ1秒差で物事が進む--


 先に動いたのは、キスオフ。

 鞘から影月光ゲッコウを抜いた。

 彼の周りを、赤いバラの花吹雪が静かに舞い踊る。


 そのシーンが、芸術のようなワンシーンであった。


「いくよ……」


 次に、ラヴェイラが反応しタブレットアームズを構える。


 ゲンブ、レブキー、メイビー、そしてドゥベルザがワンテンポ遅れて構える。


 最初から構えていたヴァルハーレ、そして警戒していたヘルハイが技を繰り出す用意ができた!


(火力の高い技は使えん……船を壊すわけにはいかんな……!)

(間に合わせるしかない!)


「ファイ・ヤァ!」

落緑雷らくらい!」


 すると、ノーモーションでキスオフがヴァルハーレのファイ・ヤァとヘルハイの落緑雷を斬った。


「!」

「くっ!」


 フェルゴールが黒氷河の大鎌グレイシャルサイスを構える。


荊棘一輪いばらいちりん


 "死"


 その一文字が頭をよぎる。


 だが、フェルゴールは死ぬまいと抗うことはしなかった。

 フェルゴールはこの状況にも関わらず、キスオフの技を観ていた。

 観察していたのである。


 強い者の技を観る

 あわよくば、その技術を……技を盗むために。


 ヴァルハーレとゲンブ、そしてラヴェイラから技や技術を得ようと特訓した際にも、何度も観察したことがある。

 けれど彼の……フェルゴールの中で、ここまで極限に集中している経験は、人間として生きた時も、デベルクとして生きている時にもなかった。


 まるで、今この一瞬だけがスローモーションに見えるくらいに。

 普通であれば、"死"を感じてしまうだろう現象ですら、彼は"死"を忘れて集中していた。

 死を覚悟して、得るものを得ようとしていたのである。


「フェルゴール!」


 ラヴェイラが叫んだ。

 間に合わない。

 そんな時、次に動いたのは---


戦女神の大楯イージス四重奏カルテットPreserveプリザーヴ』!」


 地球から帰ってきたナクリィだった。


 戦女神の大楯イージスが四重に重なり、フェルゴールと使用者のナクリィを守護する。


 ドンっ……!


 キスオフの「荊棘一輪」が炸裂した。


「っち……やれやれ、流石にキスオフの攻撃受けるにはキツイな……これで本気じゃねえとかたまったもんじゃねえ。」


 ナクリィ自慢の戦女神の大楯イージスは、繰り出した四つの内一つが大破、別の一つにはヒビが入っていた。


「よお、命あったな……フェル!」


『ナクリィ……』


「フェルゴール!」


 ラヴェイラがフェルゴールに駆け寄り、その後にレブキーが駆け寄って、メイビーに斬られた片腕と片足の痕を診ていた。

 そしてゆっくりと、ゲンブがフェルゴールに歩み寄った。


「オイオイ……ゼスタート様に呼ばれて帰ってきてみたら……ずいぶんな喧嘩してるじゃないか。なんのためのヒトケタだ!」

「お前が言うでない。」

「お前らいっつも廊下で喧嘩するな……ったく。」

「じゃから、お前が言うでないわ。」


「レブキー、あとでオレの戦女神の大楯イージスの調子みてくれ。あとで直すのちゃんと手伝うから。」

「わかったデス!わかったデスから、あとにするデス!」

「ああ。フェルのことちゃんと診てやってくれ。はぁー……タブレットアームズに自動修復能力あっても、時間かかるのがなあー……」


 そう言って、ナクリィはキスオフとメイビーを見た。


「にしても……ヒトケタが全員集合って、いつ以来だ?なあ……キスオフ、メイビー。お前ら全っ然集まんないもんな。」

「あんたが言うなよ。」


 メイビーがため息を吐き、ヘルハイが頭をかきながら、ヴァルハーレが杖をしまってキスオフに近づいた。


「ふぅ……命あったか。ど阿呆キスオフ!フェルゴール諸共もろとも船斬る気ですか!フェルゴールが無事で、船が壊れずに済んだからいいものを!この船にはゼスタート様もおわすんだぞ!」

「全くだ。貴様、一体何を考えている。」

「気にしなくていい……ただの……おれのきまぐれ……」


「でも……いいと思うよ……フェルゴール……楽しみ……かな……?」


 誰にも悟られず意味ありげに笑い、キスオフは言うのだった。


「オイ、キスオフ!今度はオレとやるか!?」

「ど阿呆!何考えてる!」

「んー……気が向いたらね……」

「おう!待ってるぞ!」

「ったく……これだから戦闘バカは……」


 ナクリィがヒトケタに向き直って、言葉を発した。


「お、そうだ。さっさとゼスタート様の所に行こうぜ。ゼスタート様の前でも話はできる。」



「そうだな。レブキーがフェルゴールを治している間、それぞれの報告でも聞こうではないか。

 レブキー、フェルゴールを任せるぞ。」

「当たり前デス!メイビー!アナタフェルゴールの部位何処ですか。」

「ああ、これね。」

「こら!乱暴に--」



 そんな騒がしい船内を、フェルゴールは眺めていた。


 ラヴェイラと目が合った。


 一瞬、ラヴェイラの口元に笑みがこぼれた気がした。


 フェルゴールは、今は亡きエザート星のオンボォに貰ったネックレスをギュッと握りしめた。

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