No.5 メイビー 後編


 フェルゴールがメイビーに付いて行った先にあったのは、謎の壁画。

 そこをメイビーが蹴り砕くと、ほら穴が現れた。


 中に入ると、女、子供と一人の老人が隠れていた。


『おい……!』

「殺せ。お前の手で。」


 メイビーが冷たく言い放つ。


『ふざけるな!あなたは……』

「わかってないわね。これはビジネスなのよ?」

『なんだと……』

「依頼内容はこうよ。我が国の発展の為に邪魔な連中は排除して欲しい。この国の皇帝からね。」

『っ!』


「そういうことジャったのか……」


 老人の一人が呟いた。


「見返りに莫大な資源をよこすと。船の為にも、デベルクを創るのに必要なのよ。」

『そんな、そんなこと……』

「なにより、これはゼスタート様が受けた依頼よ?」

『え……』

「やりなさい。あなたもエンディンの一員でしょう!」

『で……できない……っ……』

 

 ギョオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!


 気迫とオーラが

 桁違いの気迫とオーラが噴き出した。


「うわあああああああ!!!」

「ママ!ママあああああ!!」


『おい!やめろ!』

「じゃあ殺せ。」

『ふ、ふざけるな!』


 びっ


『うわ、ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!腕があああああ!!!!』


 フェルゴールの腕が飛んだ。

 メイビーの手には、タブレットアームズの扇子があった。

 フェルゴールの腕からは、血ではなく、黒いグラッヂが吹き出した。


「きゃああああああああ!!!!」


「次、足ね。」


『やらねえ!絶対にやらねえぞ!』


 どぱっ


『あああああああああああああああああああああああ、、、、、、、!?!?!?!?』


「はい次もう片方。」


『ぎいあああああっ!!』


 フェルゴールは、一瞬で黒い氷の足と手を創りだした。


『はぁ、はぁ…………』

「へえ、でもでしょ……」


 あくまでも、間に合わせの義手・義足である。

 自分の意志のままに動くわけなどなかった。


『やるしか……ないのか…………!』


 そう言って、フェルゴールはメイビーに構えた。


『俺は……元々地球人でした。好きな人に裏切られて死んで、デベルクになっても地球人に殺されかけて……人間などどうにでもなれって思ってた。』

「ならいいじゃーー」

『けど、この人達に罪はない!何も知らない人じゃないですか!その人達まで犠牲になるなんてーー』


 がしっ


「甘えるな…………!」


 メイビーはフェルゴールの首を絞め、持ち上げた。


「いいか!あたし達に居場所なんてないんだよ!存在するためには、犠牲が必要なんだよ!どんな生物も、どんな形であれ、犠牲の上に生きてんだ!」

『か……!』

「当然、あたし達もな……」

『ぐ、ああああああああ!」

「いい加減にしな!覚悟してあんたはここにいるんじゃないのか!」

『はなせ……』

「あ?」

『はなせ……!』


 フェルゴールがメイビーの手を掴んだ。


 パキパキ


 メイビーの腕が凍りつき、それは身体に侵食しようとしたが、


「しぃいいいい!」


 すんでのところで手を放した。


「本当に死にたいみたいね……!」


「待ってくれ!」


 立ち上がったのは、ここに隠れていた1人の老人だった。


「彼と……話をさせてくれないか……」

「は?」

「無理は承知している……ジャが、こんな時でも……どうやら老人って生き物は話がしたくてたまらんらしい。」

「っ!」


 メイビーが怯んだ。

 老人の目に、なんの力も持たないただの生き物の目に、怪人よりもずっと上の存在であるメイビーが怯んだのである。


 


 彼はこの状況にも関わらず、自らの命を輝かせたのだ。


「頼む。」


 彼の目は光を宿し、自分よりもずっと強い相手を見据えている。


 メイビーが頭をかく仕草をし、彼らに背を向けた。


「それは無理。あたしが油断したら殺そうとするかもしれないし……けど、いいっか。

 あたしはともかくこいつは。こいつの問題だしね。

 フェルゴール、少し時間をあげる。

 その間にさっさと殺しな。殺さずに出てきた時は……あたしがお前とアイツらを一緒に殺してあげる。

 ……ああ、それと。凍らせるだけじゃ、許さないから。気をつけな。」


 そう言うと、メイビーは洞穴から出て行った。


「じゃ、いい結果を待ってるわ。」



 ♢♢♢



 沈黙が泣いている--



「ふむ……さて、何話すんジャったっけ。」


「首長!」


 女性が駆け寄り、声をかける。


「おお、そうジャ。お主に話したいことがあったんジャ。」


『そんな呑気なこと言ってる場合じゃないでしょう!あなた今、殺されようとしてるんですよ!』


「それがどうした。」


 老人は間髪入れずに、真っ直ぐにフェルゴールを見据えて答えた。


『どうしたって……』


「逃げ場はない。敵は強い。守ってくれる者は死に、住む場所を失い、信じていた国には裏切られた。夢も希望もない。」


『だったら……だったら俺が守る……なんとかしてメイビーを……』

「待ちなさい。老人の話は最後まで聞きなされ。まずお主。名をなんと申すか。」


 無謀な意志を燃やす彼に、老人は注目を自身に向けた。


『フェ、フェルゴール……』


「そうか。ではフェルゴール。何故、お主は無謀な相手に挑もうとする。」

『あなたたちを守るためです……!なんの罪もないあなたたちが殺されるなんて間違ってる!ましてや、こんな小さい子供まで!』


「落ち着きなさい。フェルゴールや。」


 老人がフェルゴールに近づいた。


「では質問を変えよう、フェルゴール。お主だったら"0"と"1"、どちらを取る。」

『ど、どういう……ことですか……』

「目の前に救える命がある。誰もそれを救わず、0にするか。それとも……救える命を救い、"1"にするかジャ。お主はどちらを取る。」

『そんなの1に決まってる……!』


 老人は小さく、「そうジャな」と呟いていた。


も1を取る。」


 老人の背後にいる大人たちが、力強く、目に光を宿して頷いた。


ワシらは"1"を取ろう。」


 サアァっと冷たい風がなびいた。


「お主に頼みがある。お主の手で、ここにいる皆の命をどうかここで絶って欲しい。」


 老人から告げられた頼みに、フェルゴールは階段から落ちていくような焦燥と絶望に襲われた。


『なんで……どうして……!』


「言ったであろう。救えぬ0より、救える1じゃ。こうすれば、お主だけでも生き残れる。」


 焦りに焦って、なんとかして考えるフェルゴールはこの状況を打破する方法を考える。


『そ、そうだ。洞窟を壊せばいい!それなら……--』

「無理ジャ。そんなことしたら、外の者にバレてしまう。」


 老人が諭すように、ポンと手を置いた。


「いいんジャ。ありがとう。お主が……お主の言葉だけで十分ジャ。」


 力強い目で、老人はフェルゴールを見据えた。


「このまま生きていても、"死"しか見えぬ。どうか死ぬ前に、お主を生かすというという"大義"をここにいる皆にさせておくれ。」


 皆が、強い目をしている。

 その強い、光ある目でフェルゴールを見据えた。

 フェルゴールが彼ら一人一人の顔を見る度に、勇気づけるように頷いてくれる。



 俺が……殺すのか……!

 俺は誰も救えない……!

 俺が強ければ……!

 俺が強ければ全部救えた……!

 俺ができることは……!


 俺には……これしかできないのか……!

 俺はこんなことしかできないのか……!

 俺は……俺は……!



『くぅう……!ぐううううううううおおおおああああああああああ!!』


 フェルゴールが再びタブレットを砕き、黒氷河の大鎌グレイシャルサイス


 それを見た老人が、悟ったように笑んだ。


「そうか……お主が死神じゃったか。ずいぶんと優しい優しい死神様ジャ。」


 そして両手を挙げ、老人は高らかに叫んだ。


「見よ!我が神にして母なる星、エザードよ!これこそがこの星に仕え、命を重んじるワシら一族の、最後の英断ジャ!

 そして讃えよ!ワシらを救うために、純潔な手を血に濡らすことを覚悟した勇気と優しさを!」


 ぎゅうっと、大鎌を握る手に力が込められる。


 その時、一人の女性がフェルゴールに駆け寄った。


「どうか……子供たちを先に……あたしらが死ぬむごい姿を見せたくないから……」



 俺が……この子達を……殺すのか……


 俺が……俺が……



 一人の少女が、母親に駆け寄った。

 どうやら、他のこと違ってちゃんと自我があるようだ。


「お母さん。」

「サミィ……」

「今まで、ありがとうね。」

「サミィ!」


 母親がぎゅっと力強く抱擁した。


 すると、サミィと呼ばれた少女はフェルゴールに駆け寄った。


「……ありがとうね、お兄ちゃん……」


 涙のあとが見える。

 震えてるのが見える。

 怖い

 怖いよな

 俺なんかよりずっと……!


「じゃあ先にお父さんと待ってるね。」


 彼女は母親に笑顔を見せた。


 シュパッ


 フェルゴールが最大限できること。

 子供たちを、一斉に切り裂いた。


 一斉に肉を切る感触が、嫌で嫌で感じたくなかった。

 人を殺したという、感触を嫌でも感じてしまう。


 女性達に、我が子が死んだショックを与えぬよう、早々殺そうとする。

 だが、思うように手が動かない。


『うおおおおおおああああああああ!!』


 ある女の人を殺した。

 彼女は笑っていた。


 また、ある女の人を殺した。

 彼女は「ありがとう」と言った。


 また……ある女の人を殺した。

 彼女は大鎌を握る手に触れてくれた。


 やがて、残ったのは……フェルゴールと老人だけになった。


『はァ……はァ……!うおお……うおおおおお……!』


 涙があったら泣いているだろう。

 フェルゴールの呻きはただただ悲痛だった。

 そんなフェルゴールに、老人はまた近づいた。


「フェルゴール、これを。」


 老人は首のネックレスを外し、フェルゴールに掛けた。


「ワシら一族に代々引き継がれた物ジャ。ワシにはもう必要ない……どうか受け取ってくれ。」


 老人は続ける。

 優しい声で、伝える。


「よいか、フェルゴール。ワシらは確かに死んでしまう。ジャがどうか、どうかワシらが生きていたということだけは忘れないで欲しい!ワシらの意思をお主に受け取って欲しい!」


「生きるものの命はいずれ消える。ジャが、生きるものの意思は消えぬ。

 その意思……いやワシらにとってはお主こそが!ワシらの……希望なのジャ!どうか、どうか生きとくれ!ワシらの知らぬ世界を見てくれ!」


 フェルゴールは振り絞る。

 最後の力を。


『最後に……名前を……名前を、聞かせてください……!』


 老人はニッと笑んだ。


「ワシはオンボォ・エザード。この星に仕える神官・エガードの首長にして、この星に生きた最古の一族、命を尊ぶ誇り高きエザード一族の最後の生き残りジャ!」


(星に罪はない。星を信じて生きてきた道に後悔はない……最愛の人を得、子に恵まれ、幸せなひとときを愛するエガードの皆と生きてきたことを幸せに思う!)


 フェルゴールが黒氷河の大鎌グレイシャルサイスを振りかぶった。


 その時、オンボォは祈った。


「どうかこの、優しき星の子に幸せがあらんことを……!」


 祈り終わると、オンボォは優しい……優しい笑みを浮かべた。


「ありがとうよ……フェルゴール。」



『くっ……うおおおおおおおおッ!うおおおおおおおあああああああああああああああああああああああっっッ!!!』



 ♢♢♢



 その場に広がったのは凄惨な光景だった。

 広がるのは


 赤い


 血

 血

 血


 おびただしい血だった。


 鎧は血に染まった。


 そして、鎧は地に崩れた。


 自分の手には血が広がっていた。


 違う


 違うんだ


 望んだのはこんなのじゃない


『消えろ、消えろ、消えろ!」


 なぜ


 なぜお前が生きている


 なぜ死んでいない


「こんなことをした君が生きて言い訳がない。僕の身体から出て行け!」


『黙れ!僕!死ねしねえええええ!』


『消えたお前が!未練がましくすがりつくな!』



 消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!



『消えろおおおおおお!!!!!』



 ♢♢♢



 現実(リアル)と精神の狭間で泣き叫ぶ中、フェルゴールの意識は闇へと落ちた。


 メイビーがフェルゴールを強制的に気絶させたのだ。


 やがて、彼女は自身が斬ったフェルゴールの片手・片足を拾い、ピンク色の亜空間の中に入れると、フェルゴールを背負い、血にまみれた砂漠を歩き始めた。


「あなたが殺すことを躊躇ためらうこと。予想はできてたわよ。それでも、ゼスタート様の命令なの。それが出来なきゃ、あなたは無価値。どうなってしまうかあたしにもわからないけど……よく頑張ったじゃないか。

 でもね……あんた、優しすぎるよ。それを枷にして自分を縛っちゃダメ。」


「それができないって言うのなら、あたし色に染まってしまえ。その方がきっと楽よ。」


 星が涙のように流れ、煌めく。

 そんな空を、メイビーは仰ぐのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る