第11話 初動

「まだ戻っていない……何かあったのか……?」

 少女ジャウネは1人、首を傾げながら呟いた。


 彼女の視界の先に映るのは、厳重に施錠された第4工房。

 当然、中にいるはずの技師たちも不在である。


 しばらくは考えながら工房の扉を見つめていたジャウネであったが

やがて何かを思いついたように工房から背を向けると、力強い足取りで

歩き出した。


 工業区を抜けて、中央区のある場所を目指したジャウネ。

 しかし彼女が辿り着いたのは、自身が身を置く守衛協会の建物ではなく

役場の前であった。


 ジャウネは役場の中へと入った後も変わらぬ足取りで歩いていたが、向かいの

通路からやってきた役員がその視界に映ると、足を止めて声を掛ける。


「あ! シスター!」

 ジャウネにそう呼ばれて視線を向けたのはラベレッタだった。


「……? ジャウネちゃん?」

 ラベレッタは突然訪問してきたジャウネに対し、不思議そうな表情を

浮かべながら彼女の元へと駆け寄った。


「何かありましたか?」

 落ち着かない顔つきのジャウネとは正反対の穏やかな態度で問い掛ける

ラベレッタに、ジャウネは自身の疑問を尋ねる。


「第4工房の皆が朝から姿を消しているのだが、一体何があったのだ?」

「ああ、あの方々なら……」

 ジャウネの問いに、ラベレッタは言葉を返す。


「街外れの空地でお仕事をされていますよ」

「空地? どういう事だ?」


「第4工房の方々には、飛行船の造船をお願いしています」

「なるほど、それで空地に……って飛行船だと!?」


 ラベレッタの答えを聞いて、驚いたジャウネは更に問いを投げ掛ける。

「まさか……それを3人だけで……?」

「はい、今のお話ではそういう事になっています」

 

 驚いた顔で言葉を失うジャウネに、ラベレッタは変わらずの穏やかな声で

口を開く。

「確かに大変そうなお話ですが、この件の役場の対応はリメルト君にお願い

してありますから心配は要りませんよ」


 ラベレッタはジャウネに向かって微笑むと、今度は自身の疑問を

ジャウネへと投げ掛ける。

「ところでジャウネちゃんは、ここにいても大丈夫なのですか?」

「いや……すぐ兄貴のところに戻る……」


 ラベレッタの言葉に、ジャウネは気まずい表情を浮かべながら答えた。


 ……。

 工房での目的を終え、2人の元へと戻ってきたブランフド。

 そんな彼をアンベルは申し訳なさそうに出迎えた。


「ごめんねブラン、助かったよ」

 苦い顔でブランフドの持つ鞄を受け取るアンベルであったが

どこか様子の違うブランフドにアンベルは尋ねる。


「もしかして怒ってる……?」

「いや、ごめん! 違うんだよ、実は……」

 慌ててブランフドが先ほど工房で起きたことを話すと、聞いていた

2人は不思議そうな表情を浮かべる。


「お手伝いさんが工房に……? 何のご用だったんだろう?」

「それも無意識にとは、不思議な話だな……」

「それと、また来るって言っていたから本当にまた来るかも……」


 3人が会話をしていると、建物の入口から静かに差し込んだ人影。

 それに気が付いた3人が視線を向けると、そこには役場からやって来たリメルトの姿があった。


 アンベルたちの様子を見たリメルトは、冷静な態度で3人へと声を掛ける。

「すみません、お取込み中でしたか?」

「いえ、大丈夫です、何かご用でしょうか?」


 アンベルが近寄って尋ねると、リメルトは自身の用件を伝える。

「今回の飛行船に関する役場の対応は、僕が担当することになりましたので

もし今後、何かありましたら気軽に仰ってください」

「はい、よろしくお願いします!」


 それぞれ頭を下げる役場の職員と技師たち。

 するとリメルトが自身の手に持っていたものへと視線を向ける。 

「あとこちらを、役場から皆さんへの差し入れです」


 そう言いながらリメルトは手にしていた菓子箱を3人の目の前に差し出した。

 3人は礼を言ってそれをアンベルが受け取ると、何処か嬉しそうな彼女を見て

2人の青年はアンベルへ声を掛ける。


「俺の分も食べて構わないぞ」

「あと僕のも……」

「……あ、いや、一緒に食べようよ!」


 合わせるように声を出す青年たちに、アンベルは慌てて言葉を返した。

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