俺はツイてない

がみのすけ

第1話    

俺は和樹、小さな広告代理店に勤める26歳の平凡なサラリーマンだ。

平日は上司にぐちぐち言われながら遅くまで残業と、ハードな社畜生活を過ごしている。

華がない毎日だと思うかい?

いやいや、実はそんなことはない。

それは彼女の愛理が心の支えとなってくれているからだ。

愛理とは大学生のころからの付き合いだ。

特別目を引くほどの美人でもないが、お互いなんだか一緒にいて落ち着く。

どこが好きかって聞かれると難しいんだが、まあ、男女の関係ってそんなもんだろう?

とにかく俺は愛理を愛している。



ってことで人生への大きな不満なんて特にはないんだが、なんだか昔からツイてないことが多いのだけは勘弁してほしい。

ほら、今だって急に雨が降りだした。

いつもなら折りたたみ傘を通勤カバンに入れて持ち歩いているのに、今日に限ってカバンを新しいのに変えたから傘を入れ忘れてしまった。

残業終わりなのに勘弁してほしいぜ、全く…

家に着くまでは歩いてあと5分ほどだろうか。

うつむきながらついつい急ぎ足になっている俺は交差点の角から出てきた自転車の存在に気付かなかった。


バン!!


突然の衝撃によろめき思わず地面に突いた手の皮は、じんわりと赤色に染まりめくれていた。

「ちょっと!危ないだろ!!」

腹から声を出せとしょっちゅう上司に言われるような俺だが、思わず大声が出る。

するとその相手から帰ってきた返事は予想外なものだった。

「ごめんなさい、ブレーキが壊れているみたいで止まれなかったの。お詫びに、一日一個、あなたの願い事を叶えてあげる。」

俺は即座に理解することができず思わず相手の顔を覗き込んだ。

だが、暗い雨の中ではうまく捉えることが出来なかった。

「願いをかなえてくれるって!?なんだよそれ神様だなんて言われても信じないぞ!」

「人間の健康に関わることは無理だけどね。だからあなたの手の皮をここですぐ治すことはできない。ただ、他は大体のことが出来るわ。あなたが無神論者なのかどうかは私には関係のないことよ」

そう言うとその女はクスっと微笑み暗闇に向かってまたペダルを漕ぎ出したが、やがて見えなくなった。

俺はしばらくあっけにとられていたが深く考えても時間の無駄だと思い、再び歩き出した。あんな変人に轢かれるなんて全くツイてないなぁ…

弱り目に祟り目-1グランプリがあったらすぐ応募してやろう。

ブラッドピットに奥さんを寝取られた挙句離婚協議で慰謝料をふんだくられたマイク・タイソンと当たらなければそこそこ勝ち上れるかな、ハハッ。


物事を引きずらない楽観的な性格は俺の長所と言えるだろう。





家に着いた俺は手に消毒を施した後、ソファにもたれかかった。

テレビをつけてみるも、どの番組もなんだかパッとしない。

「こんな日は景気よく寿司でも食べたいなぁ」

一人暮らしの1Kの中、誰に聞かせるでもない独り言が思わず口からこぼれた。

その時だ。


「「お寿司が食べたい、ですね。カシコマリマシタ。」」


突然甲高い声が空中から聞こえたかと思うと、テーブルの上に豪華な寿司セットが現れた。

呆然と立ち尽くす俺の頭には交差点でぶつかってきた女の言葉がよぎる。まさか…

理解できない恐ろしさと同時に、空腹感を強く感じてきた。

今日は朝から何も食べていない。

出社直後に上司に指示された宿題に奔走していたためだ。

「タピオカに替わる女子高生向けトレンドを考えて今日中に企画書にまとめろ」だと?

知らないよそんなの。

そんなに知りたきゃ社員全員女子高生を採用しとけ。

人件費も安く済むし社内も華やかになるし良いんじゃないですかね。

大体部下ににばっかり仕事を押し付けやがって……

俺は物事を考えだすとついついヒートアップしてしまうところがある。思わず、右手がマグロの握りをつかんでいた。

うまい。めちゃくちゃうまい。

すっかり完食してしまった俺はもうあの交差点の神様を信じ切っていた。


楽観的な性格は俺の長所なのか短所なのかはよく分からない。





それからというもの、俺は実に「ツイている」日々を過ごした。

自転車の女とぶつかった次の日の朝、俺は試しにポルシェが欲しいと呟いてみた。

すると「「ポルシェが欲しい、ですね。カシコマリマシタ。」」と声が鳴り響き、真っ赤なかっこいいポルシェが現れた。


またその次の日は趣向を変え、一日沖縄で過ごしてみたいと呟いた。

するとまた「「沖縄に行きたい、ですね。カシコマリマシタ。」」という声が鳴り響いたかと思うともう俺は沖縄にいた。


ただ願い事を呟くだけでどんなことでも叶う。

こんな素晴らしいことはない。

羨ましいだろ?

みんなも交差点で自転車を見かけたら積極的にぶつかっていったほうがいいと思うぜ。



そんなこんなで今日もルンルン気分でいると、スマホに着信があった。

「和樹君おはよーもう着いた?」愛理からだ。

今日は俺と久しぶりに有休を合わせ山登りに行くことになっている。

俺らはアウトドア好きで、たまの連休には山やら海やらにデートに行くことも多い。

だがしかし今日はただのデートで終わらせるつもりはない。

山頂でサプライズのプロポーズを仕掛けようと思っているのだ。

今の俺は最高にツイているんだ、この力を使えば必ず愛理を幸せにすることが出来るだろう。

そして万が一、プロポーズを断られそうになったら「僕と結婚してください」と呟けば良い。それで願いは叶うのだ…

なーんてな、ハハハ。

そう言ってはみたもののそんな野暮なことはしねーよ。

こればっかりは自力で叶えてみせるさ。



そうこう想いを巡らせているうちに愛理と合流し、山登りを開始した。

道中とても疲れるが、こう爽やかな汗を流すのも悪くない。

この後は感激の涙を流すことにもなるのかな?なんて考えていたら踏み込む足にも思わず力が入る。



登ること約4時間、ついに山頂に到着した。

見下ろす景色はまさに絶景で、プロポーズにもふさわしいと心から思えた。

そして感動した俺らは思わず感想をこぼす。

「すごい眺めだね、和樹君…」

「うん、ほんと雄大…」


その時だった。


「「You die 、ですね。カシコマリマシタ。」」


聞きなれた無機質な声が耳元で鳴ったかと思うと、足元に愛理の首が転がってきた。




英語対応なんて知るかよ…


最愛の人をプロポーズの5秒前に殺してしまった。



俺は膝から崩れ落ちた。




本当に、本当に俺はツイていない。

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