第4話 さて次は何もらってこようかしらね

「まぁ今回のこれは基本あたし専用って扱いで楽しく飲ませてもらうわ。その代わりといっては何だけど、乗組員たちには最上級のお肉を用意してきたから、それで勘弁してもらうわ。本場のサーロインをしっかりと持ってきたから今日の夕食は期待していいわよ。」


サーロインは牛の腰肉の事で、その甘さと柔らかさが特徴である。

一説にはサーロインの部位を使った牛肉料理を食べた英国王が、あまりの美味しさに感激し「サー」(ナイト爵)称号を与えられたという説があるくらいのお肉である。肉に爵位を与えるのも英国ならではというところだが。

英国面である。


それの高級品ならそこらへんでは手に入らない代物ではあるし、なんせ貴重な肉である。欲しがる人間は多いはずだが、これも八品中佐はしれっと調達してきた。

絶対後から陸軍から文句を食らいそうなんだが、というか恨まれるぞこれ。

本当にこの人は一体何なのだといいたくなる。


ちなみに余談だがこの艦の食糧庫の一角には八品中佐がどこからか集めてきた各種食材専用の区画があり、普段海軍の艦艇ではまず見ない類の食材も集められていた。

南方との行き来をしているため南国のフルーツからはじまり、本場インドのカレー用調味料まであったりする。


加えてなぜか大量に備蓄されているのがレーションである。

各国陸軍の基本戦闘糧食の事だが、それこそ米軍のレーションからフランス軍、オランダ軍、はたまたなぜあるのかわからないが、イタリア軍のレーションまで置いてある。

大半は占領した南方やフィリピンなどで残されていたものだが、なぜイタリア軍のものがあるのかはわからない。

基本的に保存食が主だから保管自体はある程度できるが、駅弁を並べているわけでもあるまいに、なぜこんなに種類があるのだろうか。

一方で英軍のレーションはない。紅茶だけである。


八品中佐曰く「レーションに紅茶が付いてくるのは英国紳士の嗜みとして素晴らしいと思うが、食事としてみたときに、英国はティータイム以外の食卓を人体実験の道具だと思っているのではないか」とのことである。


その言葉通り英国軍は必ず紅茶が飲めるようにレーションに紅茶のティーバックを付けている。

さすがは英国。

ティータイムに砲撃をやめて紅茶を飲んでから砲撃を再開する国だけはある。

紅茶へのこだわりだけは半端ない。

同じくらい普通の料理にもこだわってくれれば世界に誇れたろうに惜しいことである。

とまあそんな益体もないことを考えつつも、上官の言葉には耳をそばだてている。


「今回もらってきたのは大半そんな感じよ。」

「では大半以外は何なんですか。なんか機械の入った木箱もいくつかありましたよね。あれはいったい。」


「ああ、気づいてたのね。あれはここシンガポールで鹵獲した英軍の鹵獲品よ。

八木アンテナとセットのレーダー、その運用装置とその他細かいあれやこれや。

理緒のおねだりだから山下おじさまもすんなり用意してくれたわ。」


その言葉に紅茶を片手ににこにこしている黒部少佐が嬉しそうに目を輝かせる。

現在の運用だとレーダーは通信長の指揮下となるため彼女が責任者として取り仕切ることになる。

八木アンテナは日本人技術者の八木氏と宇田氏の研究で作成されたアンテナで、その性能の高さから米英軍は自国製のレーダーのアンテナにその技術を使用していた。

逆に日本では当初八木アンテナは性能が高いと認知されておらず、結果利用されてなかった。

それが変わったのは開戦から1年ほど前で、以降急ピッチで八木アンテナを利用したレーダーの開発、配備を急いだが、到底全艦にいきわたるようなことはなかったので、この揖斐にはレーダーの配備はされていなかった。


それを八品中佐は英軍のストック品からかっぱらってきたのである。


本土の技術者が垂涎の品のはずで、複数発見されたストックの一基とはいえ、本来一介の中佐が持って行っていいものではない。

だが、この八品中佐にそんな常識は通じない。

こののちシンガポールのセレター軍港で突貫工事で英軍製レーダーを取り付けた揖斐は次なる作戦で大きな戦果を挙げるが、それはまた別の話である



そしてボソッとつぶやいた言葉を曽山は聞き逃さなかった。

「さて次は何もらってこようかしらね。」

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破天荒な司令官 八品中佐の食卓 @kai6876

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