主人公にはなれなくて。5

 内務大臣という役職は、国王に会う機会が多い。特にフェルナンはバジェステロス公爵家という歴史ある家の当主だ。上位貴族であり、次期宰相候補筆頭として目をかけてもらっているため、よりその機会は多い。

 丁寧に撫で付けられた見事なプラチナブロンドと深紅の瞳が印象的な国王は、その人にしか座ることが許されていない椅子に悠然と座っている。

 卓の上で、フェルナンが奏上するために持ってきた書類に目を通して、署名を入れていく。従僕を介して書類を戻した後、国王は顔を上げて、年齢より若々しく見える悪戯な笑みを浮かべた。


「フェルナンよ、随分と派手に噂になっているぞ」


 フェルナンはその瞳を見ていられず、そっと視線を逸らした。エレナと夜会に出席していたことは、ここ最近、貴族の間で噂になっている。確かにすすんで噂になってほしくてやっていたことだが、こう直接聞かれると居た堪れない。


「お騒がせして、申し訳ございません」


「我としては面白いから構わない。──お主には、我が娘が迷惑をかけているからな」


 王女との縁談とその後のフェルナンの呪いについては、この五年の間に国王も知ることとなっている。


「陛下は……いえ、何でもございません」


 王女の結婚について、どうお考えですか。言いかけた言葉は呑み込んだ。そんなこと、聞かなくても知っている。改めて確認したところで、国王を困らせるだけだろう。

 フェルナンとの縁談の後、王女の相手についての話はまだ出ていない。これは以前国王が、呪いの被害者を増やさないためだと言っていた。

 王女は運命の恋とやらに憧れているらしい。しかしそのため、国益のための政略結婚では、同じことを繰り返すのではないか、と危険視しているのだ。

 勿論フェルナンもその考えに賛成だった。いっそ、王家にとって問題にならない相手であれば、王女自身に見つけてきてもらいたいくらいだ。


「はは、お主が言い淀むのは珍しいな。我もすまないと思っているのだが……とにかくあれが解けて良かった」


 国王はほっと息を吐きながら言う。フェルナンは誤解させていることに気付いてそっと気付かれないように小さく嘆息した。


「解けてはいないのです」


「なんと。では、これは──」


「優秀な使用人のお陰でして」


 そう。呪いは解けていない。優秀な使用人──エレナのお陰で、呪いに対抗しているだけだ。そろそろ解き方を知りたいところだが、王女は解き方を知らず、影達の調査も芳しくない。これは偶然に解けるのを待つしかないのだろうか。

 国王は理解しているようないないような複雑な表情で頷いた。そして、飄々と話を戻す。


「そうであったか。──それで、お主が夜会に連れ歩いている娘は、どこの娘だ?」


「陛下」


「気になるではないか。もう我の娘との縁談など、とっくに時効だ。お主はお主の選ぶ相手と結ばれれば良いと我は思っておる」


「それは、ありがたいことでございます」


 本当にありがたいことだ。フェルナンとて、相手を呪うような娘との婚姻など、たとえ王女であっても願い下げである。


「──それで、相手はどこの娘だい?」


「彼女とはまだ、そのような関係ではございませんから」


 国王相手に不敬ではないかと思われるほどの勢いで、フェルナンはばっさりと否定した。なのに国王は、面白そうに笑い声を上げている。


「く、くく……随分頑なだね、フェルナン。でも、そうか。『まだ』だね」


「──……っ!」


 失言だった。フェルナンが内心に抱いていた欲望そのままが、言葉となって出てしまった。今更気付いても、もう遅い。うっかり言葉にしてしまった想いは、それまでよりも深く自身の中にすとんと落ちて、一瞬のうちに居場所を作ってしまった。


「そんなに焦ることはないだろう? 別に、不正を指摘されたわけでもあるまい」


「冗談でもそのような例えはお止めください」


 全く笑えない冗談だ。不正などこれまでも今後も誓ってしない、痛くもない腹はどれだけ探られても困らないが、そういった問題ではない。まったく、この国王は、フェルナンの親と変わらない年齢にして、困った人だ。


「大丈夫、信用しておるゆえ」


 深紅の瞳が眇められる。それに頷いて、フェルナンは礼儀通りの挨拶をしてその場を辞した。いや、逃げたと言っていい。最近、フェルナンは逃げてばかりだ。

 らしくないと独りごちた。本当にらしくない。元来、フェルナンは穏やかな見た目に反して攻撃的な性格である。それがこうして守りに入るようになったのは、公爵位を継いでからだっただろうか。

 それは、若い身には重過ぎるものを一人で背負い続けるために。呪いなどという非現実的な不穏なものに、心が覆われてしまわないように。

 だが今はもう、バジェステロス公爵を名乗ることに抵抗はない。さっさと引退した父親に思うところがないと言えば嘘になるが、自ら助言と助力ができるうちに譲ってくれたのだと、それもまた一つの愛だと理解できるようになった。呪いだって、エレナのお陰で、こうしてほぼ無力化できている。フェルナンがいつまでも小さくなっている必要はないのだ。

 廊下を闊歩するフェルナンの口元には、知らず笑みが浮かんでいた。

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