これは恋ではありません!6

 そしてその日、エレナはフェルナンの妹アマーリアのドレスを仕立て直したドレスを着て、装飾品を身につけた。

 今日は薔薇色の絹のドレスに、オパールをあしらった装飾品を合わせている。ドレスは絹らしい艶やかな生地で、シンプルなプリンセスラインだ。裾のところどころに薔薇を模した飾りがついており、そこを中心としたギャザーの隙間から、幾重にも重ねられたオーガンジーとシフォンがグラデーションになって覗いている。仕立て直しているとは言っていたが、どの程度直しているのだろう。王都の流行を取り入れたデザインだ。

 装飾品のオパールは幻想的と言って良い淡い色合いで、ドレスの光沢の中にあっても負けじとその存在を主張している。

 侍女長に施された化粧は完璧で、やはりどこか幼さが残る美人に仕上げられた。


「とても綺麗だよ」


 フェルナンはそんなエレナを見て、いつものように満足げに褒め言葉を言う。どこまでが本心か分からないエレナは、お世辞であると思い込もうとしていた。本気が混ざっていると思うと、平静ではいられない。


「──ありがとうございます、フェルナン様」


 ここからはフェルナンのパートナーだ。エレナは夜会の同伴のときだけの呼び名──そろそろ呼び慣れてきている──で、礼を言った。





 公爵家の馬車は相変わらず揺れが少ない。エレナはドレスの裾を気にしながら、窓の外の景色に目をやった。貴族の住居が立ち並ぶこの辺りは、防犯のためもあって、夜でも明かりが多い。先程からなんとなく見ていると、どうやら知っている場所への道のような気がした。というよりもこのままでは、行き先はエレナが何度も来ている場所だ。

 慌てたエレナは、フェルナンに顔を向けた。


「あの、ここは……」


 フェルナンは表情を動かさないまま、エレナの疑問に答えをくれた。


「今夜の夜会の会場、カルダン伯爵家だよ。カルダン伯爵とは先代の頃から親しくしていてね。今回の招待もお受けしたんだ」


「そうでしたか」


 できるだけ冷静なつもりで言ったが、内心ではどうしようもなく不安だ。カルダン伯爵家の夜会に、そこの子息であるエミリオが出席しないことはないだろう。会場内に必ずいる。


「大丈夫、よね?」


 呟いた言葉は、フェルナンには届いていないようだった。


「ん、どうかした?」


「いいえ、なんでもございません」


 笑顔で首を振ってしまえば、フェルナンはそれ以上追求してこない。エレナとしてはそれが心地良く、同時に少し寂しかった。聞かれずに済んで助かったと思ったはずなのに、その相反する感情に戸惑う。そもそも、どうしてエミリオとのことをフェルナンに隠していたのだったか。


 会場となった大広間は、エレナも入ったことがない場所だった。仲の良い人達で固めたのだろう、参加者はあまり多くないが、皆が穏やかに談笑しており、王宮や過去の侯爵家の夜会と比べて雰囲気も明るい。

 フェルナンは入室して早速カルダン伯爵と伯爵夫人の並ぶ席へと挨拶に向かった。


「これはこれは、バジェステロス公。本日はお越しいただき、ありがとうございます」


「いえ、私こそ、ご招待ありがとうございました」


 カルダン伯爵夫妻は見合いのとき同様に、品の良い笑みを浮かべている。彼等にとってフェルナンは同じ派閥の上位貴族だ。嫌われたらまずいし、できればより仲良くなっておきたいだろう。


「バジェステロス公も今日はお連れの方がいらっしゃるようですね。どうぞ、ごゆっくりお楽しみ……」


 カルダン伯爵の流れるような挨拶の言葉は、エレナと目が合ったところで不自然に止まった。


「──エレナさん?」


 はっきりと名前を呼ばれてしまっては逃げようもない。この人には、この化粧をしたエレナを見合いの日に見られているのだ。


「ご、ご無沙汰しております、伯爵」


 横にいるフェルナンが、何も知らないといったようにエレナを見る。


「おや、お知り合いでしたか」


「フ、フェルナン様……っ!」


 なんと白々しい。フェルナンには以前の見合い相手がカルダン伯爵家の次男であると伝えている。今日だって、それを理解した上でエレナをここに連れてきているに決まっているのだ。唯一フェルナンに伝えていないのは、エミリオとの見合いがまだ続いているということだけだ。

 フェルナンは意味ありげな笑みを浮かべてエレナの腰を抱いた。その強さに、驚いてフェルナンの横顔を見上げる。


「──まだ素性は内密にしておりますので、カルダン伯も協力いただけると嬉しいのですが」


 何が『まだ』で何に『協力』させるつもりなのか。明確なことは何も言っていないのに、カルダン伯爵は目を見開き、壊れたからくり人形のようにこくこくと首を上下させている。


「そ、それは勿論でございますとも!」


 何が『勿論』なのか。


「ち、ちょっと、あの──」


「エレナは少し黙っていて」


 フェルナンが今日一番の良い笑顔で、エレナを見下ろしている。その瞬間、エレナはその灰色の瞳の奥に、静かな怒りがちらついているのを見た。

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