これは恋ではありません!5

 その日、エレナに仕事終わりの指示を出した後、フェルナンはバルドを呼んだ。バルドはすぐにフェルナンの私室にやってくる。


「何かございましたか」


 いつもならこのまま一人で過ごして就寝する時間で、バルドを呼ぶことはない。だから怪訝な顔で何かがあったかと問うてくるのは正しい。

 フェルナンはそこまで構えることでもないと、小さく首を左右に振った。


「バルド、最近のエレナは何かおかしくないか?」


 フェルナンの質問に、バルドは視線を上向けて僅かに考えるような仕草をした。


「エレナ、でございますか。仕事ぶりには変化はないようでございますが……」


 フェルナンから見ても、エレナは良く頑張ってくれていると思う。長めに休憩を取らせているとはいえ、夜はフェルナンが着替えるまで働いてくれている。

 最初に行った検証で、エレナがしっかり考えて選ばなければ呪いの方が勝って服が灰色になってしまうことが分かっている。つまり、いつだってエレナは一生懸命にフェルナンの服を選んでくれているのだ。

 気になるのは仕事ぶりではなく、ここ最近の疲れた様子だ。今朝など、フェルナンのちょっとした言葉で泣きそうな顔をしていたように見えた。エレナは誤魔化せたと思っているのだろうが、普段から王城で多くの人間を見て仕事をしているフェルナンが気付かないはずがなかった。


「そうか。うーん、念のため、ちょっと気を付けて見てくれる?」


 しかし、今指示を出せるのはこのくらいだろう。


「かしこまりました」


 バルドが頷く。フェルナンは朝と夜しかエレナといることはない。日中はバルドが頼りだ。

 フェルナンは一度バルドに調べさせ、その報告を待とうと思った。無いとは信じたいが、使用人間のいざこざの可能性もある。

 そこまで考えてふと気付くと、バルドは半目でじとっとこちらを見ていた。フェルナンは何もおかしなことは言っていないと思う。ならばどうしたと言うのか。


「──ん? 何かあったかな?」


「いえ、フェルナン様はエレナをよく見ていらっしゃるのだなと思いまして」


「それは、まあ……僕の側にいるのが一番多いから」


「左様でございますね」


 話が終わると、バルドは納得したのかしていないのか、なんとも言えない表情で部屋から退出していった。やっと一人きりになったフェルナンはテーブルに置いたままにしていた読みかけの本を手に取った。楽しむための本ではなく、教養を得るための本だ。娯楽小説が苦手なわけではないが、娯楽になるものを自身で選べる自信はない。

 そもそもフェルナンは仕事が好きなのだ。そうでなければ、この若さで内務大臣なんて、打診がきても受けることはなかっただろう。

 本を開いたのに思った以上に内容が入ってこない。フェルナンは嘆息し、本を閉じて明かりを消した。





 バルドからの報告は、それから三日後だった。確信と言えることがないのか、どことなく不満足な表情だ。


「仕事ぶりは変わりないですが……確かに、何やらうわの空でいることが多いようです。何か懸念があるのでしょうか」


 それからバルドは、エレナが衣装部屋を見ながら項垂れていたことや、何かを友人に相談していたこと、この邸での仲の良い友人はクララとリリアナの二人で、良好な関係を保っているということなどを報告した。


「この邸の中では、普通に過ごしているんだね。だとしたら、外、かな」


 王都の治安は良いが、犯罪がないわけではない。何かに巻き込まれているのか、それとも。


「外……」


 バルドが呟く。

 フェルナンはしばらく無言のまま考えて、悩ましい結論を下した。


「次にエレナが外出したら、何をしているか調べさせて」


 フェルナンは舌打ちでもしたい気分だった。本当は令嬢のあとをつけるような真似、好ましくないのは分かっている。バルドがその覚悟を理解して頷く。


「よろしいのですか?」


「──気は進まないけど、良いよ。よろしくね」


 気が進むはずない。休日に何をしているかを探るなど、本来無許可で女性にして良いことではない。分かっているが、どうしてもエレナのいつもと違う様子が心配だった。明るく元気な印象が魅力的だった分、余計に気にかかる。

 バルドは指示を受けて、公爵家の影達に指示を出した。フェルナンはこんなに個人的なことに影を使う罪悪感を押し殺し、何でもないことのように微笑んで見せた。





 それからしばらくして、フェルナンの元に上がってきた報告には、エレナは休みの度に見合い相手と共に外出していると書かれていた。

 エレナの見合い相手といえば、カルダン伯爵家だ。


「カルダン伯爵家、か──」


「はい。そちらの次男、エミリオ様とご一緒でいらっしゃいました」


「エレナの見合い相手だったよね。破談になっていたはずだけど」


「仰る通りでございます。いかがなさいますか?」


 エレナは断ったと言っていた。それに見合い当日の表情からも、エミリオを好意的に思っている様子はなかったが。もし見合いを継続しているなら、一体何があったというのだろうか。見合いが破談になっているのなら、何故会っているのか。


「少し……考えるよ」


 考えたところで、なにも纏まらないかもしれないが。これでエレナが幸せそうなら、見合いが上手くいって仕事に身が入っていない、ということになるのに。何故エレナに元気がないのが気にかかっていた。

 それにもしエレナがエミリオとの婚姻を望めば、エレナはここを出ていき、フェルナンは呪いに対抗する手段をなくしてしまう。それは由々しき事態だ。常からいつエレナがいなくなってしまうか、それまでに呪いの解き方を探さなければと焦ってはいたが、こうもすぐにそのような場面にぶち当たるとは思ってもいなかった。





 そしてフェルナンは、賭けに出ることにした。


「エレナ、次の休日なんだが……すまないけど、夜会に同伴してくれるかな?」


 休日は常にエミリオと会っていると知っての頼みだった。エレナは咄嗟に視線を泳がせる。やはり好きな男性ができてしまえば、フェルナンの恋人役、もといパートナーは嫌だろうか。


「休日……」


「あ。勿論、別の日に代わりに休めるように調整するよ」


 フェルナンが言葉を重ねると、エレナはほっとしたように息を吐いた。


「かしこまりました。よろしくお願いいたします」


「じゃあ、当日はよろしく」


 フェルナンが笑顔で言うと、エレナは頷いて部屋を出ていった。夜会の同伴を頼むのはその通りだが実はエレナには言っていないことがある。


「さて、どう出るかな」


 それはフェルナンがエレナを誘った夜会は、カルダン伯爵家のものだということだ。

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