これは恋ではありません!2
しかしエレナの希望とは裏腹に、あの日以来、ときどきフェルナンの参加する夜会に同行することになってしまった。
最初に頼まれたのは、バルドの執務室に呼ばれたときのことだった。
「エレナ、二週間後に夜会があるので、フェルナン様に同行をお願いします」
当然のように言ってきたバルドに、エレナは首を傾げる。
「え……っと、仰る意味が……?」
「一回だけでは、意味がないですからね」
バルドの言葉を理解してすぐに、エレナは咄嗟に一歩踏み出して問い返した。
「本気ですか!?」
驚いているエレナに対して、バルドは決定事項であるようにすらすらとこれからの予定を話していく。
「着替えの手伝いと化粧は侍女長がしますので、情報は漏れません、安心してください。ドレスはアマーリア様のものを合わせるので、明日仕立屋が来たときにサイズを測らせてくださいね」
どうにか夜会に参加して、それからまた数週間後、エレナはバルドに呼び出される。
「明後日のフェルナン様の夜会に、同行してください」
「それ、拒否権は──」
「ございませんよ、エレナ」
「ですよねー……はは」
バルドからの頼みならまだ良い。これがフェルナンから直接となると、エレナはそれがどのような場であっても、その誘いを緊張せずに受けることができなかった。
「王城で式典があるので、また同行してくれるかな?」
「式典!? わ、私、そんなの出たことないんですけど」
「大丈夫だよ。エレナはいつも通りで」
フェルナンは微笑みながらエレナの頭を撫でている。それが余計に恥ずかしかった。そろそろ同行にも慣れてきているが、それと同時にフェルナンから女性として扱われることで、エレナはどうしても意識してしまう。
「あ、僕に同行してるときの化粧、普段はしないでくれる?」
ふと、フェルナンが思い出したように言った。それが身の安全のためだと分かったエレナは、慌てて首を左右に振る。
「できませんよ、あんな特殊メイクみたいなの!」
「別に特殊メイクではありませんよ、エレナ」
冷静にコメントしてきたバルドに対して、エレナは何も言えずに項垂れるしかなかった。
そうして二か月程が立ち、そんな日々にも慣れてきた。季節も変わり夏の盛りの頃──エレナは実家からの手紙に衝撃を受けることになる。
仕事終わりに寮の管理人から受け取った手紙は、急いで書いたのか、いつも落ち着いている父親の文字にしては少し走っていた。自室で中を確認し、その内容にエレナは目を見開く。
「──お見合い、破談になってなかったの!?」
数か月前の、カルダン伯爵家次男であるエミリオとの見合い。今になって思い返しても腹立たしく、互いにとって全く良いことなどなかったと思う。
エレナは確かに父親に断ってほしいと頼んだ。父親も、それを了承していたはずだ。
エレナはすぐに帰宅する知らせを出し、次の休日に実家に帰った。連絡を受けていた父親は在宅しており、エレナが帰宅したと聞いてサロンに下りてきた。母親も一緒だ。
「お父様! お見合い、破談になったのではなかったのですか?」
エレナの質問に、父親も不思議そうな顔だ。あの日のエレナの帰り方を見ていれば、当然だろう。明らかに不機嫌丸出しで、急いで帰ったのだから。
「いや、そのはずだったんだが。──カルダン伯の方から、エミリオ様がエレナをとても気に入っているから、是非にと言われてな」
「それって……!」
気に入られている気がしない。あの日のエレナに腹が立って、もう一度会って直接文句を言いたいと言われた方が納得できるくらいだ。
「でも、貴方。エレナは嫌だと言ってるのよ。あちらがそう仰っても、お断りすれば良いじゃない」
母親が出してくれた助け船に、エレナは何度も繰り返し頷いた。しかし、父親の反応は芳しくない。
「それが……何度も食い下がられて、こちらもこれ以上突き返せないんだ。エレナ、そんなに気に入られるようなことをしたのか?」
「私には心当たりありません。それどころか、あのように唐突な帰り方をしたのですから、嫌われているのではないかと思いますが……」
「そうよね。エレナは元々やる気なかったものね」
母親が満面の笑みで言う。流石にそこまではっきりと言われると、エレナも複雑な心境だった。父親が、溜息と共に愚痴を零す。
「そんなにはっきり言わなくても……」
この場で言い合いをしていても意味がないだろう。エレナがどれだけ駄々を捏ねても、カルダン伯爵家はマルケス子爵家よりも格上だ。いくら見合いとはいえ、それほど繰り返し頼まれて、突き返すことができるものではないだろう。エレナも父親につられて、令嬢らしくなく背凭れに寄り掛かり深く嘆息した。
「分かりました。私のことですし、もう一度だけお会いして……今度こそお断りしてきます」
父親は助かったと思ったのか安心した顔だ。一方で母親は不本意そうに、エレナに心配する目を向けている。エレナはそんな二人を見て、今度こそしっかり断ろうと、テーブルの影で拳を握り締めていた。
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