お見合いなんて良いんです!8
夜会から帰宅したフェルナンはエレナに侍女長をつけ、着替えの世話を頼んだ。侍女長なら不用意に誰かに話すこともない。エレナも安心できるだろう。
フェルナンはバルドの手伝いで夜着──これは最初から灰色のものだ──に着替えながら、これまでのことを後悔していた。
エレナがいてくれるお陰で、フェルナンは灰かぶりと言われることもなくなった。呪われる以前と同じ、長い前髪と無骨な眼鏡に、都度色の違う服の組み合わせで、日々出仕している。
「今はエレナがいるから良いのだけどね」
フェルナンは溜息を吐いた。
「呪いの件ですか」
バルドの相槌に頷いて、フェルナンは自嘲する。自分の狡さは、自分が良く分かっていた。
「このままじゃ、駄目だろう。エレナをいつまでも閉じ込めているわけにはいかない」
エレナが呪いに対抗できると分かったとき、フェルナンは嬉しかった。そして同時に手放せないと思った。呪いの解き方が分からない以上、エレナだけが頼りだから。どうにかしてここに、フェルナンの側に置く方法を考え、専属侍女にした。それでもずっとここにいさせるだけの拘束力はない。だからエレナにフェルナンへの情を抱かせようとして──失敗した。
「ですが、フェルナン様。それでしたら、エレナがここにいたいと思うように仕向けてしまえば──」
「──私も、エレナには幸せでいてほしいと思っているんだよ。無理はさせたくない」
「フェルナン様……」
エレナにフェルナンへの情を抱かせようと、距離を近付けた。よく会話をし、仕事ぶりを労い、妹にしていたように頭を撫でた。
結果は予想もしなかったものだった。最悪の失敗だ。情を抱かせようとしていたのに、それを抱いたのはフェルナンの方だったのだ。
夜会で踊っていたときの、無邪気な笑顔を思い出す。普段よりしっかりと着飾ったエレナは、可愛らしく、美しく、魅力的だった。恥ずかしそうにフェルナンを呼ぶ声は少し震えていて、その純粋さを愛しく感じた。自分が特定の異性にこんなに心を乱されるとは、全く予想していなかった。
しかしエレナは年頃の貴族令嬢だ。いつかは親の望んだ相手と結婚するだろう。本人が憧れていたような、運命的な恋をするのかもしれない。フェルナンの勝手で、縛りつけることはできない。
「そもそも、呪われたのは私の失策だ。それを、エレナに被ってもらうつもりはないよ」
バルドが何かを言いたそうにフェルナンに目を向けている。フェルナンはそれに気付きながら、見ないふりをした。
「ご主人様、本日はこちらです!」
「ありがとう、エレナ」
あの夜会からもう一週間ほどが経った。エレナはいつものように、フェルナンに服を選んで手渡す。フェルナンは着替えをし、エレナが整え、玄関まで見送る。
「行ってくるね」
「いってらっしゃいませ、ご主人様」
フェルナンが外出して、エレナは服を片付ける。私室と執務室を整え、庭に行き、花を選ぶ。それを花瓶に生けて、それぞれの部屋に飾った。
「ふう、片付け終わり!」
午前のうちに全て終わらせたエレナは、ここから三時間、長めの昼休憩である。最初にバルドと話し合って決まったことだ。大抵は寮に戻って本を読んだり、サロンで茶を飲んだり、疲れているときは自室で昼寝をしたりしている。
まず昼食を済ませてしまおうと、エレナは使用人用の食堂に向かった。通常の休憩よりも少し遅めに休憩に入ったせいで、食堂には人がまばらだ。
エレナは適当な席に座り、食事を始めた。
「エレナ、今から休憩かしら?」
声をかけられて顔を上げると、リリアナがカップを片手に立っていた。エレナは隣の席の椅子を引いて、そこに座るように勧める。
「リリアナ。うん、今からよ。お昼食べて、一回部屋に戻るつもり」
「そう。あのね、エレナ。ご主人様のことなんだけど」
「何?」
リリアナはカップを傾けて一口飲むと、目を光らせた。何か興味があって仕方ないと言わんばかりだ。
「この前の夜会で、綺麗なご令嬢と一緒だったんですって! エレナは専属でしょ、見た?」
「えっ!?」
エレナは驚いて手が震えた。持っていたスプーンが食器に当たって、音が鳴る。慌ててスプーンを置いてそれを誤魔化した。
リリアナは気付かず話し始める。
「なんでも、上品なドレスが似合う、可愛さが残る年頃の美人だったらしいわ。見た子が噂してたの」
「そ、そうなの……?」
おそらくその令嬢とはエレナのことだろう。しかしエレナに対する評価だとしたら、間違いなく過大評価だ。まさか噂になっていたとは思わなかった。エレナだとばれていないのが救いだ。
「エレナ、どうしたの?」
「な、なんでもない! なんでもないわ。あの……リリアナ。後で相談に乗ってくれる?」
とりあえずリリアナの誤解を解かなくてはならない。それは綺麗な令嬢ではなく、フェルナンの都合のために駆り出されたエレナだと。
「構わないわ。いつが良い?」
「じ、じゃあ、今日の夜はどうかな?」
少しでも早く話したいが、リリアナはもうそろそろ仕事に戻る時間だろう。
「エレナが相談なんて珍しいわね。いいわよ」
リリアナは頷いて、カップの中身を飲み干した。
「じゃあ、後で。その話も、そのときに話すね」
「分かったわ。また後でね、お疲れ様」
手を振り去っていく後ろ姿を見ながら、エレナは今すぐ頭を抱えたい衝動と戦っていた。夜、リリアナに相談しよう。できればクララにも聞いてもらいたい。
話せる範囲を考えながら、エレナは残りの休憩時間はロマンス小説を読んで気を紛らわせようと決めたのだった。
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