お見合いなんて良いんです!4

 必要以上にきらきらした人。それがエレナのエミリオに対する第一印象だった。確かに顔は整っている方だったが、エレナがそんな印象を抱いた原因はそれだけではない。明るい橙色の髪と、茶色の瞳。眩しいくらい真っ白な服。自身の容姿が整っていると自負しているからこそ身につけることができる個性的なデザインの宝飾品。確かにお洒落だが、主張が強いというか、正直、橙色と白と宝飾品の金色で、目に痛い。

 その上性格も軽薄というか、マイペースなことがその口調から分かってしまった。だから、後は若いお二人で、というお決まりの言葉で二人きりにされてすぐ、エレナは逃げ出したい衝動に駆られていた。


「じゃあエレナちゃんは、今はバジェステロス公爵家でお仕事をしているんだ」


 エミリオは口元に浮かべた薄い笑みを崩さずに言う。エレナもすっかり作った他所行きの笑顔だ。


「はい。お世話になっております」


「ふぅん。公爵家は使用人に、こーんなに可愛い貴族令嬢がいるんだ。羨ましいな」


 テーブルに両肘をついたエミリオが、向かい側に座っているエレナにぐっと顔を近付けてくる。


「え、あの……」


 思わず少しのけ反って距離をとった。しかしエレナが離れた分だけ、相手は距離を詰めてくる。それも、表情は全く崩れないのだからあっぱれだ。


「ねえ、公爵様ってどんな人?」


「どんな、と言われましても」


 興味本位であろう質問に、エレナは眉を下げた。エレナにとって、それは職務上の秘密だ。勿論話せる範囲はあるのでその範囲内で答えれば良いのだが、言いたくなくて言葉を濁した。

 エミリオはエレナの反応を見て、質問を変えた。


「まあいいや。エレナちゃんとせっかく二人きりなんだし……そうだなぁ。君って、どういう男が好み?」


「そうですね……」


 好みの異性のタイプなら、先日読んだ物語の中のヒーローのような男性に決まっている。真面目で、優しくて、強く美しい男性だ。しかし、少なくとも見合いという場で口にするのは躊躇われる。エレナは緩みかけた頬を引き締めて、また令嬢の仮面を被り直した。


「考えたこともありませんでしたが、心根の優しい方は好ましいと思いますね」


「そっかー。俺、めっちゃ優しいけど。どう?」


「ええと」


「そんな、本気で困らないでよ。可愛いなぁ」


 エミリオはからりと笑って左手をぱたぱたと振った。


「ありがとう、ございます……?」


 エレナはその勢いについていけないまま、ただ可愛いと言われたことに礼を言う。その後のエミリオの押し殺したような笑い声で、何かを間違えたということは分かった。


「ねえ、少し庭に出てみない? ちょうど今、チューリップが咲いているんだ」


 エレナとしてもこれ以上室内で話題があるとは思えず、素直に頷いた。

 カルダン伯爵家の庭は、確かにエレナの実家よりも広さがあり、華やかに彩られていた。エミリオが自慢するのも頷ける。勿論、バジェステロス公爵家の庭の方が広く美しいが。

 エミリオが庭に案内したにも拘らず、彼はチューリップ以外の花についてはあまり詳しくはないようだ。エレナは勿体なく感じつつ、名前の分からない花々を鑑賞した。


「あの、私、そろそろ……」


 さっきよりも太陽が斜めになっている。きっと迎えの馬車が待ってくれているだろう。エレナの言葉に、エミリオは分かりやすく不機嫌そうな顔をした。


「あれ、予定があるの? 今日は俺とのお見合いだっていうのに、そのすぐ後に予定を入れていたなんて、残念だなぁ」


「け、決してそういう訳では……っ!」


 エレナは自身の失策を自覚した。まさか引き止められるとは思っていなかったのだ。そして、こんな状況になってしまうことも、想像はできなかった。


「そうなの? でも急いでいたよ。俺としては、せっかく可愛い女性と二人で過ごせているのだから、もっとゆっくり語り合いたいんだけどなー」


 相手は伯爵家の人間だ。不興を買うわけにはいかない。エレナは返事に詰まった。


「あ、あの。ええと」


「ねえ、俺、この見た目だし……エレナちゃんだって、嫌な気はしないでしょ」


 この見た目、と言いながら、エミリオはへらりと笑って自身の顔を指差した。エレナは驚きと怒りに目を見開く。馬鹿にされているとしか思えなかった。見た目が良ければ、どんな女性でも嫌な顔一つせず一緒にいてもらえると思っているのか。


「し、失礼しますっ!」


 どうしようもない悔しさが溢れて、エレナはエミリオに背を向け、邸の中へと駆け込んだ。客間にいる両家の両親に謝罪をして、エレナはカルダン伯爵邸から外に出る。


「ありえない。ありえないわ、あんな男……!」


 きらきらしい服装と、整っている顔。もしかしたら一度くらい、夜会で友人達と一緒に見たことがあったかもしれない。


「見た目がどんなに良くても、あんなのは嫌よ。何よあの、軽薄な態度っ」


 苛々と静かな怒りが降り積もる。もうこのままでは叫び出してしまいそうになったとき、エレナは邸の裏に止められていたバジェステロス公爵家の馬車を見つけて歩調を早めた。


「それに顔だけなら、ご主人様の方がずっと素敵なんだから!」


 エレナははたと足を止めた。首を左右に激しく振って、今の考えを頭から追い出す。


「──や、やだ。何を言っているの、私ったら。ご主人様と比べるなんて……なんて失礼を──」


 その独り言を掻き消すように、男性の通る声がすうっと伸び良く聞こえてくる。


「エレナ、こちらです!」


「バルドさん!?」


 公爵家の馬車の御者台に座っているのは、今は邸にいるはずのバルドだった。


「間に合って良かったです。早くお乗りくださいっ」


「ありがとうございます!」


 エレナはその勢いのまま扉を開け、ドレスの裾に気を付けながら馬車の中に飛び込んだ。ばたんと音を立てて扉を閉めて、ほっと息を吐く。俯いたまま目を閉じて数回深呼吸をする。やっと落ち着いて顔を上げたエレナは、そこにいた予想もしない人物に、あげそうになった悲鳴を飲み込んだ。


「エレナ、お疲れ様」


「──ご主人様……!?」


 そこに座っていたのは、バルド以上に今頃は公爵邸にいるはずの、フェルナンその人だった。

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