平和な日常って幸せだよね。6
フェルナンにとって、夜会はいつだって退屈だ。こんなところで笑顔を繕っているくらいなら、執務室で仕事をしていた方が余程時間の有効活用だろう。ただでさえ、フェルナンに任されている仕事は山程あるのだ。
次期宰相といわれるようになったのは五年前、フェルナンがバジェステロス公爵を継ぎ、内務で部署長を任されるようになってからだ。それまでは外野から何かを言われることはなかった。
同じ頃、国王に二人いる娘のうち下の王女の降嫁先として、フェルナンに縁談が持ちかけられた。当時のフェルナンは二十一歳。十五歳だった王女と年齢があまり離れていない高位貴族は少ない。そんな中六歳差の公爵であるフェルナンは、国王からしてみればこの上ない優良物件だっただろう。王女が、泣いて嫌がることがなければ。
「──呪いの原因に心当たりはあるけど、問い詰めるわけにもいかないから、どうにもならないんだよなあ」
フェルナンにかけられている呪いは、身につけたものが全て灰色になるというものだ。こんな子供じみた嫌がらせのような呪い、どうしろというのだ。確かにいつも全身灰色の服を着ているフェルナンは、その陰気な見た目も相まって、変人、変わり者と言われている。王女との縁談も、外見に構わず灰色づくめで仕事ばかりしているフェルナンの姿を見た国王が渋るようになったので、呪いの目的としては正しく機能したと言って良いだろう。実際、その縁談は無かったことになっている。
困るのは、祝いの席と葬儀のときだ。やむを得ず出席して、顰蹙を買ったことは一度ではない。
フェルナンがひとりごちていると、友人のディーノがグラスを持って声をかけてきた。ディーノは伯爵家の嫡男で、王城で財務の仕事をしている。フェルナンとは同い年で、幼馴染だ。
「おい、フェル。お前、その服どうしたんだよ」
差し出してきたグラスを受け取って、小さな音を立てて重ねる。立場なんて関係なく、ディーノは気軽に話せる友人だ。
「変か」
「いや? むしろ良く似合ってると思うぜ。……ってそうじゃなくて」
ディーノは真面目な顔で、グラスを傾けているフェルナンに顔を寄せ、小声で問いただす。
「呪いはどうなったんだ?」
ディーノは、数少ないフェルナンの呪いについて知る人間だ。この世界、一人前の年齢の男が真面目な顔で呪われているなんて口に出したら、気がおかしくなっているのかと疑われるだろう。それでも信じてくれる友人は、素直にありがたい。
「それは、そう。偶然、どうにかなっちゃったみたいなんだよねえ」
フェルナンにもはっきり説明することはできない。なにせ、侍女が選んだ服を着ただけなのだ。
「はあ!? そりゃ積極的に解こうとはしてなかったのは知ってるけど、どーいうことだよ」
「どういう、ことだろう……」
本当に不思議だ。フェルナン自身、自分が呪われるまで呪いの存在など信じていなかったが、まさか魔法もあるのだろうか。いや、それこそファンタジーだ。では彼女から服を受け取ったときに感じた、あの熱は何だったのだろう。説明ができないことばかりだ。
「まあ良いけど。そんなことより、お前、今日滅茶苦茶目立ってるぜ。──灰かぶりでないなら、今の容姿でも引っ張りだこだよ、お前は」
灰かぶりとは、全身灰色づくめのフェルナンを揶揄した言い方だ。髪は黒いが、服も瞳も灰色のフェルナンには正しい呼び方のような気がする。勿論、公爵であるフェルナンに面と向かって言う人間は、ディーノ以外にはいないが。
「それは、ありがたいことだね」
「言ってろ」
ディーノは苦笑して酒をあおった。声をかけずとも、すぐに給仕が新しいグラスを運んでくる。フェルナンもそれに合わせてグラスを空にし、新しいものを受け取った。
しばらく男二人、くだらない話で盛り上がっていると、歳若い令嬢を連れた恰幅の良い男性がフェルナン達の元にやってきた。
「公爵閣下、ご機嫌よう。これは私の娘の──」
令嬢は品良く一礼し、父である男性の少し後ろに立っている。灰かぶりと呼ばれるようになってから、このようなやりとりは久しぶりだった。それまでは、娘を公爵夫人にと目論む貴族や、見目を気にしない立場を得たい令嬢達に囲まれることもあったのだ。しかし、分かりやすく見た目のおかしな人間に嫁ぎたい娘も、嫁がせたい親もいない。
フェルナンは少し懐かしい気持ちで、令嬢に手を差し出した。令嬢は控えめに微笑んでその手を取る。当然のようにエスコートをして、ダンスをする人達の中に加わった。
フェルナンとて、もう二十六歳。それも公爵の身分だ。そろそろ結婚相手の一人も探さねばならないと思っていた。仕事の邪魔にならない人間ならば、あまり拘りはない。できれば心根の優しい人物で、公爵家にとってより良い相手であれば良いが。見た目の可愛らしさや、ましてや恋愛などは望んでもいなかった。
そうなると、出会いの場所は社交界か見合いになる。これまで呪いのせいでさぼっていた分までも、しっかり相手を探さなければならない。目の前の娘は悪くはないが、決め手には欠けるだろうか。フェルナンは踊りながら、大変業務的に目の前の令嬢を値踏みしていた。
一曲踊り終えて戻ると、先程までは声をかけるのを躊躇っていたらしい別の者達が、すぐにフェルナンの元へとやってきた。フェルナンは彼らの相手をして、また別の令嬢とダンスをして──その日の夜会は、あっという間に終わっていたのだった。
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