第4話 新しい世界

 ミコは56歳になりました。


 新型肺炎のワクチンや治療薬も開発が進んでいます。まだ完全に沈静化とはいかないまでも、世の中はやっと落ち着きを取り戻しつつあるようです。

 それでもやっぱりマスクは外出時には手放せない物になり、ミコの勤める雑貨店でも様々な色柄や素材の手作りマスクを販売するようになりました。

 夏用の冷感マスクなんていうものもあります。


 マスク不足などがあり、一時は買い占めや転売騒動も起こったりしたけど、人間というものは、どんな時でも考えて工夫して、乗り越える底力を持っているのだ、とミコは改めて思うのでした。


 *


 そして、あれからもミコは詩を書き続けています。

 詩といっていいものかはわからないけど自由に。

 書き溜めてきた詩のノートは今ではミコの宝物になりました。

 言葉を綴ることで自分の心と向かい合うことをミコは知ったのです。

 それ以上に楽しさと、それから想いを解き放つ喜びを……。


 *


 そんな時に見つけたのが『カクヨム』でした。

 小説投稿サイトの存在は知っていましたけれど、それは小説を書く為の人達の場所で、自分とは無縁なもの……そう思っていたミコです。


 でも何気なくサイトを覗いていて、ジャンルの中に【詩・童話・その他】というのを見つけたのです。

『へぇ……詩も投稿できるのねぇ』

 覗いてみると沢山の人達が作品を投稿しているようです。

 投稿方法も、こういう事にうとくても出来るようだし、読むのも読みやすい。

 ミコは思い切ってサイトに登録してみることにしました。

 登録を無事に終えると、まだ投稿を始めたわけでもないのに、ミコの胸はドキドキしてくるのでした。


 *


 初投稿には勇気がりました。

 いざとなると

『わたしなんかが投稿してもいいのかしら』

 と弱気の虫が顔を出すのです。


 ミコは【詩・童話・その他】の公開作品を読んでみました。

 作者さんのプロフィールをみると、本当に幅広い年代の人達が書いているのがわかります。小学生からミコよりも年上らしき人まで沢山います。


『自分の想いを、言葉を綴ることに年齢は関係ないのよね!』

 そんなのは当たり前のことなのに、変な思い込みに縛られていた自分に、ふと気づいて苦笑いしてしまいます。


 年齢や性別を明かしてない作者さんもいて、これも自由であり、ミステリアスです。

 それに年齢や性別はわからなくても、作品を読むことで、その人の心の一部分に触れることはできます。


 それはむしろ、現実世界では触れることのないだろう部分だったりして、それも不思議で面白いことだなぁとしみじみと思うミコなのでした。


 *


 登録してから3日目。

 ミコは思い切って一篇の詩を初投稿しました。


 初投稿した瞬間は落ち着かない気持ちでソワソワしていました。

 自分の詩に誤字脱字はなかったかと気になって何度も読み返したりして。

 土曜日の夜のことです。


 当たり前だけど、そんなに簡単に誰かが読んでくれるなんてことはありません。

 それでもミコは満足でした。

 何しろ大胆にも投稿サイトという、人様も読むことができる場所に自分の書いた詩を公開したのですから。


 ミコにとってそれは、一つの目標が達成できた事でもあり、こそばゆい様な誇らしいような気持ちでした。


 *


 詩を公開するようになってから、他の作者さんの作品に触れることも増えたミコは、少しずつ好きな作品にコメントをしたりして、他の作者さんと交流をするようになりました。

 以前のミコには考えられないようなことです。


 ミコの詩に共感してコメントしてくれる人もいて、それは誰かに読んでもらえる喜び、作品へ言葉をかけてもらえる嬉しさをミコに教えてくれました。


 ミコは月さんのことを今でも時々考えます。


 月さんのサイトを見つけて、その詩に触れて感動することがなかったら、詩を書いてみようと思うこともなかったでしょう。

 ましてや投稿サイトに登録して自分の書いたものを公開することなんて……。


 *


 何かと巡りあうということ。

 縁というのは不思議なものだなぁと思います。

 それは思いがけない時、思いもよらない場所で出会い繋がっていくのですから。


 この『カクヨム』という新しい世界は、今では現実のミコにも影響して、生きる活力になっています。


 ミコの目は生き生きと輝いて笑顔も多くなりました。

 同僚からも「最近、良いことあったの?」と冷やかされるほどに……。


 *


 そんなある日のことです。


 仕事から帰ってきたミコは、いつものようにカクヨムを開きました。

 次の日に仕事がある日には、日記のような一篇の詩(時に呟きであり、反対に長文になることも)を綴るだけにして、他の作品を読むことは控えているミコです。


 でもその時は、次の日が休みだったので、久しぶりに読んだことのない初めての作者さんのところを色々と見てまわっていました。

 新しい作者さんとの出会いは楽しくワクワクするものです。


 *


 そんなカクヨムでの旅の途中で、ミコは見つけたのです。

 思いもよらない、もうそれきりだと諦めていた懐かしいその名前を……。

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