第3話 変化
「月ノ
その間もミコは毎日サイトを覗きました。
今日こそは、明日こそは、と思いながら、祈るような気持ちで更新を待っていました。
一番怖かったのは、月さんがいなくなってサイト自体が消えてしまうことでした。
サイトが残っている限りは、月さんの詩を読むことができて、月さんと細い糸で繋がっているような気がしていたからです。
「月ノ
それでも月さんの
*
ミコはずっと
『わたしは冷たい人間なのかもしれない』
と思っていました。
いつも、心の何処かに醒めた目をした自分がいるような気がしていたからです。
でもそれは、自分の剥き出しの激しい感情と向き合う怖さからだったのかもしれません。
気づかないふり、気にしないふり、平気なふり、穏やかなふり……。
本当は燃え盛るような激しいものだって持っているくせに、反面、自分があまりにも
知っていたからこそ、ずっと自分の心に蓋をしていたのでした。
人を傷つけるくらいなら、自分が傷ついた方がいい。
それは一見、優しさにも見えますが違います。
自分が傷ついた方がまだ、苦しくないから。
それは相手の為にではなくて、自分の為に、自分を守るための術でしかなかったのですから。
*
それが「月ノ
『ちゃんと自分と向かい合ってみたい』
そう思いました。
それは、それまで薄い膜越しに見ていた景色が、くっきりとして色付いた様に思いはじめた瞬間でした。
*
月さんの詩は、ありのまま、素直でした。
難解なわけでも、テクニックを感じさせる言葉、煌めく様な多彩な表現力がある訳でもなく、ありふれた言葉で綴られた詩。
でもだからこそ、それは飾ることの無い純粋な想いとして真っ直ぐに、ミコの心の柔らかい部分に、じんわりと沁みたのです。
*
最後に書かれていた「月に吠える」というあの詩のことを思い出します。
あの詩を読んだ時に、ミコは月さんの心の奥底にある激しさを感じました。
勿論、現実の月さん本人についてミコは何も知りません。
綴られた言葉で知る月さんは、穏やかな飾り気のない印象でした。
弱い部分ダメな部分を、
そしてそうしながらも自分の弱さに向き合い必死で
そんな不器用な程の人間らしさを月さんの詩から感じました。
きっと、だからミコは月さんの言の葉にこんなにも惹かれたのです。
*
「月ノ
それでもミコは「月ノ
毎日、沢山の詩の中からその日の気持ちに合った一篇を、そっと朗読してみます。
大切な飴玉をゆっくりと少しずつ舐めるように。
*
そんなある日、恐れていたことがおきました。
「404 Not Found」の表示。
「月ノ
*
ミコは泣きました。
偶然見つけた詩のサイト。
ただ、それが管理人さんの事情で消えてしまっただけ。
ネットの世界ではよくある事です。
それでも……。
わかっていたことなのに……。
ウェブ上のサイトは決して永遠では無いのです。
ある意味、紙の本よりも、それは儚いものなのでした。
*
けれどミコの中には、前と違った思いが芽生えていました。
『わたしも詩を書いてみたい。自分の気持ちを閉じ込めるばかりじゃなくて、たどたどしくてもいいから言葉を綴ってみたい』
小さな……でもミコにとっては大きな一歩でした。
『そして、いつかわたしも詩のサイトを……ううん、ネットの片隅にでも載せられたら。誰も見てくれなくてもいい、自己満足でしかなくても、始めてみよう』
ミコは日記のようにノートに想いを綴っていきました。
一日一篇。
それがミコの目標です。
ほとんど呟きのような短いもの。
長くて誰かに宛てた手紙のようなもの。
何も言葉にならない日も勿論あります。
『月さんはどんな思いで、あのサイトを作ったんだろう』
『どんな思いで一日一篇の詩を書いていたんだろう』
そんなことを時々、考えたりします。
仕事から帰って疲れきっていても、不思議に詩のノートを開くと気持ちが安らぐのを覚えるのです。
少しずつ書き溜めていった詩は一冊目のノートを終えて二冊目になりました。
今は有難いことに、ミコのようなIT音痴でもできるブログや創作サイトもあるようです。
もう少ししたら、どんな形でもいいから、書き溜めたものをネットに上げてみたい。
『月さんの「月の
そんな風に考えると、ドキドキしてきて楽しくなってきます。
心に溜まった言葉を何かの形にするということだけでも、こんなに自分の有り様は変わるのだということを、ミコは知ったのでした。
*
そうして、一年が過ぎました。
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