第261話 シャトー・ホンジョー 玉響(たまゆら)2007

 打ち合わせといっても、顔合わせ程度であった。

 詳細は別途資料を送るということで、その場はお開きとなった。



 その夜、19時。

 貴司は残業して、プロジェクトの概要をまとめた。

「メール送信・・と」



 この時間だから、返事は明日になるであろう。

 それにしても、まさか柏木さんと一緒に仕事をすることになるとは思わなかった。


 これも何かの縁かな・・・


 そう思い、PCを落とそうかとした時・・・


  ピコッ


 先ほど出したメールに返事が返って来た。


――――


「何よこれ」


 プロジェクトの概要と言うタイトルのその資料。

 まさかのパワポ。

 中身がほとんどない、スカスカの資料。

 これでは、全く内容がわからない。

 プロジェクト憲章くらい送ってくれればと思っていたのだったが・・・


「思った通り・・・また素人か」


 このプロジェクトも苦労しそうね・・・。


 ため息とともに、返事を返した。


――――

 さっきメールしてから10分とたっていない。

 せいぜい、”内容確認させていただきます”くらいのメールと思っていた。


 だが、メールを開いて唖然とした。


”不明な部分を噴出しでコメントいたしました。可能であれば早急に回答いただきたく思います”


 と、記載されたメール。


 添付ファイルを開くと・・・貴司が送ったファイルのすべての行に無数の吹き出しが追加されていた。


 まじ?


 この短時間で読んだうえで、コメントを記載したのか?

 尋常じゃないな・・・



 貴司はやむなく、一つ一つのコメントに吹き出しを追加して、回答を記載していった。

 

 すべての質問に回答を記載し、メールを送信できたのは20時を過ぎたところであった。


 貴司はため息をつき、椅子の背もたれにぐったりと体を預けた。

 思わぬ残業となってしまった。


 コーヒーでも飲もうかな・・・

 いや、まずは帰ろう。



 そう思った時。



 ピコッ


 

 また、メールが帰って来た。

 貴司は、そのメールをの中身を見て頭を抱えた。


――――

「返事遅いわね。もう帰ったのかしら」


 自宅で仕事をしていた洋子は、あきらめて冷蔵庫からワインを取り出してグラスに注いだ。


 このワインは・・・


 山梨県甲州市 シャトー・ホンジョー 玉響(たまゆら) 

 樽熟甲州 限定醸造 2007


「うまっ!」


 すっきりとしながら、コクと切れを感じさせるその味。

 日本橋の山梨県のアンテナショップで購入してきたワインである。


「これは当たりだわ」


 ワイングラスを片手に、PCの前に戻ってくる。


 夜の9時半を回っている。



「はぁ・・・このプロジェクトも苦労することになるわね・・」 


 暗い気分になりながら、洋子はワインを口に含むのであった。



――――


 貴司がメールの返事を出すことができたのは、夜の10時過ぎ。

 貴司は、すぐにPCを落とした。


 こんなに残業したのは久しぶりである。

 疲れ切った貴司は、足を引きずるように家路についた。


 だが、貴司は理解していなかった。

 まだまだ、これくらいの苦労は序の口だったのだ。

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