第103話 サドヤワイナリー HORLOGE(オルロージェ)2017 赤 ②
尚子が失踪して1週間後、早乙女は警察に届け出をした。
しかしながら、対応してくれた警察官が申し訳無さそうに、もし見つかったとしても本人の同意がないと居場所を教えられない決まりだと教えてくれた。
恋人と言っても、親戚や家族ではない。それは仕方のないことだろう。
そして、早乙女にできることはほどんどなくなってしまった。
後できることは唯一つ。
待つことしかなかった。
飲み会には行かなくなった。
趣味であったキャンプにも行かなくなった。
旅行も行かなくなった。
その間に連絡が来ていたら・・と思うと行く気になれなかった。
そんな早乙女に対し、友人たちはだんだんと疎遠になっていく。
ただ、待つだけの日々。
数ヶ月おきくらいの頻度で、彼女の同僚の山下さんに連絡はとったがやはり消息不明との回答しかなかった。
まるで時が止まったかのような日々。
そうして、4年たったある日。
山下さんから連絡が入った。
山下さんの職場近くの喫茶店で会うことになった。
「お久しぶりです、山下さん。4年ぶりですね。」
「ええ、お久しぶりです。」
「それで・・・連絡を頂いたのは、なにかわかったのでしょうか?」
「はい・・・・尚子の居場所がわかりました。」
「え?本当ですか?元気なんですか?」
頭に血がのぼるのを自覚する。
ついに・・・・
「彼女はどこなんですか?元気なんですか?」
すると、なぜか山下さんは言いにくそうな顔をする。
「早乙女さん、冷静に聞いてくださいね。
まず、彼女はちゃんと生きています。
彼女は・・・」
赴任先でなれない環境とプレッシャーとパワハラにあった彼女は精神的にすっかり参ってしまったらしい。
朦朧としたまま飛行機に乗り日本に帰ってきた。
そのまま、祖母の家に行った。
祖母は、孫が不憫になり匿ったらしい。
祖母の家で尚子は誰にも連絡を取らず引きこもってしまっていた。
一応、医者にかかり治療を行っていたらしい。
重度のうつとパニック障害。
その治療は時間がかかったが、ようやく快方に向かったとのこと。
「そして、ようやく連絡が来たのよ。職場に。」
「そうだったんですか・・。彼女には会えますか?」
すると、山下さんは苦しそうな表情をする。
「私は、あなたがずっと待っていたことを知っているので、非常に言いにくいのですけど。
でも、伝えないといけないの。
彼女、結婚したそうよ。」
「え・・・?」
何を言われたか理解できなかった。
呆然とする・・
「うつ病の間に、近所の幼馴染がずっと支えてくれていたそうよ。
その人と結婚したそうなの。」
それから、どうやって家まで帰ったか覚えていない。
尚子が生きていたという安堵感と、結婚したというショックでうまく思考ができない状態だった。
涙も出やしない。
やがて、いろいろなことを考え始めた。
彼女が苦しんでいる時に、自分を頼ってはもらえなかった・・
彼女を支える役目は自分ではなかった・・
何がいけなかったんだろう?何がだめだったんだろう・・・
ある程度冷静さを取戻すには2〜4週間かかった。
思い起こせば、自分の言葉も彼女を追い詰めていたのかもしれない。
『最初はうまく行かないもんさ。頑張れよ。』
『海外赴任が終わったら御両親のところに挨拶に行こう』
頑張れ・・か・・
尚子は
仕事から、職場から、そして俺からも逃げたかったんだな・・・
自分の何気ない言葉が、大切な人を傷つけいた・・
このことは早乙女の中で大きなトラウマとなった。
それ以降、早乙女は他人と深く付き合うことはなくなった。
そんな生活を続け、やがて3年が経っていた。
変わったことといえば、それまではあまり自宅では酒を飲まなかったのだが、飲むようになったこと。酒の量が増えたこと。
仕事に没頭したおかげで、ちょっとばかし昇進したこと。
そして、ずっと一人だったこと。
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