第101話 やまふじぶどう園 ねこかぶり2019 ③

その日

瀬戸美月はミキに連れられて、飲みに来ていた。

と言っても、美月はほとんど酒を飲まない。

美味しそうにビールを飲むミキの隣でレモンサワーをちびちびとなめる程度だった。

ただ、このお店は料理が美味しかった。

そんな時店員が・・

「あちらのお客様からになります。」

とワイングラスを2人の前においた。

”ナンパかしら・・”

とりあえず、そのお客さんの方を見る。

自分より年上の男性が一人で飲んでいるようだ。

とりあえず会釈をすると、にっこり笑ってワイングラスを上げて挨拶を返してくる。

でも、こっちに来る様子はない。

すると、隣の男性客にも店員がワイングラスを持ってくる。

”なあんだ、みんなに配っているのね”

ナンパかと思って身構えた自分がちょっと恥ずかしい。

「早乙女さん、ごちそうさまです」

隣の客が声をかけている。

どうやら常連らしい。

「「乾杯」」

せっかくだから一口飲んでみるか・・

正直、それまでワインはあまり飲んだことがなかった。

2度ほど飲んだ経験ではあまり美味しいとは思わなかった。


しかし・・・


そのワインを口に含んだ瞬間、世界が変わった。

芳醇な香りが体を包む。

まるで、少女漫画の一コマ・・・薔薇の花を背景に自分が主人公になったイメージ・・・


隣でミキが・・「こりゃうめえな」と言っている。

反対側では「マジか・・」とつぶやく常連客がいる。


このワイン、そんなに美味しいんだ・・・

少しずつ飲んだにもかかわらず、残念なことにグラスのワインはすぐに無くなってしまった。

このお店はワインはたくさんあるようだけど・・・

どれが美味しいのかわからない。

”あの常連さんは詳しそうなんだけどなぁ”

その人は美味しそうに料理を食べているところだった。


次にあった日。

美月はミキと一緒にこの間の店に来ていた。

美月のほうから料理が美味しかったので、この店に来たいと言った。

内向的な美月が自分から行きたいと言うのは珍しいなあ・・・とミキは思ったが反対しなかった。

ミキもこの店は気に入ったのである。

2人で話していると・・やがて、新たな客が隣りに座った。

この間の、男性である。

メニューも見ずに料理とワイン注文している。

すぐに出てきたワインを美味しそうに飲む。

「あの・・この間はワインごちそうになりありがとうございました。」

美月は勇気を出して声をかけてみた。

ミキが驚いた顔をしている。

”美月が自分から男性に声をかけた!?”

「いえいえ、美味しいものはみんなで飲みたいですからね。」

笑顔で答えてくる。優しそうな笑顔である。

その後、男性は更に話してくることもなく来た料理を美味しそうに食べ始めた。

美月は拍子抜けしてしまった。

最近の傾向では、男性はちょっとでもスキを見せると色々話しかけてくる。

でも・・この人は随分と淡白である。

”本当はどれが美味しいワインか教えてもらいたいんだけど・・”

店員と男性が話す会話が耳に入ってくる。

「早乙女さんって独身でしたっけー?彼女とかいないんですか?」

「いないいない。いたらこの時間に来てたりしないって。」

ふうん・・彼女はいないんだ・・

ミキが心ここにあらずと言った美月を不思議そうに見ていた・・


美月にとって、その人は今まで会ったことのないタイプの男性だった。

年上との接点も今までなかったが、グイグイくるでもない。

彼と話すには自分から話しかけないとだめなのかしら・・・それはそれで勇気のいること。

でも、なぜか彼であれば話しかけても大丈夫な気がした。


3度めに会った時、彼は店員と話をしていた。

「明日、何か用事でもあるのー?」

「まぁ、ひさびさにワインをまとめ買いしにワイナリーを巡ろうと思ってます。」

思わず言ってしまった。

「え~いいな~どこ行くんです?」

間に挟まれたミキがぽかんと口を開けて呆然としている。信じられないものを見る目で見てくる。

それが恥ずかしいと思いながら、

「長野の塩尻のあたりだけど」

「いいですねー、うらやましいな」

塩尻といえばこの間のワインが確か塩尻だったと思う。

「私も一緒に行ってはダメですか?」

ホントは、ここで”もちろんいいですよ!”なんて言われたら冗談だったことにしようと思っていた。

多分そうなるだろうと思っていいたら・・・

4時間位かかるとか・・観光するところはないとか・・

やんわり断ろうとしてくる。

「え~、楽しそうじゃないですか。一緒に行っちゃだめですか?」

つい言ってしまった。

いつも、グイグイ来る男性は苦手だったけど。

自分からグイグイ行くほうは何か気が楽だった。


思えば、その日からまた新しい猫をかぶることを覚えてしまったのだろう。

それまでが白猫をかぶっていたのが、今度は黒猫をかぶったようだ。

そう・・このワインの絵の猫のように。


ーーーー

「でも、ホントは内向的で、引っ込み思案で・・そしてオタクなんです・・・」

早乙女の肩にもたれて話す。

頬をいつの間にか涙が伝っている。


ワインの力を借りて、自分をさらけ出している。

そんな自分を早乙女さんは、受け入れてくれるだろうか?

その不安が涙を流させている。


すると、早乙女は瀬戸美月の肩を抱いてくれた。

「私、ワインに酔ったときに見せる瀬戸さんの笑顔が好きですよ。」

美月は、ドキッとした。初めて、早乙女から好きという言葉を言ってくれた。

「きっとあれは、瀬戸さんの内面からの笑顔だと思うんです。

だから、大丈夫ですよ。」

「早乙女さん・・・」

美月は嬉しかった。

早乙女と会わなければ、男性に素直になることはなかっただろう。


しかし、早乙女の表情を見ると少し曇っていることに気がついた。

「瀬戸さん、話してくれてありがとう。

では、今度は私のことも話してもいいですか?」


「早乙女さんのこと?」

「はい、その前に違うワインでも出しましょうかね。」

ねこかぶりはまだ半分くらい残っている。

でも、気持ちを切り替えるためにも違うワインを出すことにする。


適当にワインセラーから一本抜く。


「あ・・・」

このワインは・・・・

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