16. for the first time in my life / Ayagi
(あ…)
ふと目に付いたカレンダー。
来週、おれは15歳になるんだ。
とはいっても、誕生日に特別な思い入れなんてない。
おれの誕生日は、おれが記憶にある限り、いちども祝ってもらったことがないからだ。
兄弟姉妹は祝ってもらってるのに、まるでおれだけいないかのように。
だからおれにとって誕生日は特別ではない。
ただの1日。
今年もいつも通り過ぎていくんだろうな。
■■■
誕生日の朝。
いつも通り起きて、身支度を整えて、ウィンさんが作ってくれたおれの大好きな朝食を食べてのんびりする。
今日は特にお手伝いすることもないらしく、おれは自室にと割り当てられた部屋で学校の課題に取り組んでいる。
どうやら今日の昼は少し遅くなるらしい。
とはいっても、いつも通りの生活だ。
去年までと違うのは、あの嫌な雰囲気の家ではなくて、今年はこんな立派な御屋敷で過ごせることだろうか。
それを考えたら、いままでの誕生日よりずっといい誕生日なのかもしれない。
「
控えめなノックの後聞こえてきたウィンさんの声に、「今行く!」と返して急いで部屋を出る。
いつもの優しいお母さんみたいな笑顔で待っていてくれたウィンさんと一緒に食堂へ向かった。
2階の部屋から1階の食堂へ。
その僅かな時間でも、ウィンさんは部屋で何をしていたのかとかいろいろと話しかけてくれる。
こうやって家の中で誰かと会話をするっているのも、この屋敷に住まわせてもらうようになってから初めて経験したことだ。
最初は慣れなかったけど、一年近く経ってようやく慣れてきた。
そうしておしゃべりしながらたどり着いた食堂の大扉を開けて中に足を踏み入れた瞬間
「誕生日おめでとう、
扉の向こうには、王子様がいた。
昼の暖かな陽射しを背に、両手いっぱいの花を抱えて。
おれは、びっくりしすぎて1歩も動けなくなった。
その場でただ立ち尽くすおれの背中を誰かがそっと押してくれる。
そのまま覚束なく食堂に足を踏み入れてゆっくりと視線を巡らせた。
王子様の左には、笑顔でおれを見てるエリヤさんとエノクさん。
上空には、嬉しそうに飛び回って何かを撒き散らすイヴ。
これは…フラワーシャワーだよね。
エリヤさんたちの後ろのテーブルには、色とりどりの料理。
おれの右隣には、お母さんのように優しい笑顔を浮かべたウィンさん。
そして目の前の、王子様。いや、
いつものユルい格好じゃなくてきっちりした格好で、悪戯が成功したこどものように楽しそうに目を細めてる。
そういう顔も文句なく似合っちゃうくらい美形なんだよなあ。
そうやってなんとか周りの状況を把握しようとしたけど、一体何が起きているのか、いまだに理解出来ない。
さっき
誕生日おめでとう?
だれの?
だっておれはいままで家族に誕生日を祝ってもらったことなんてないよ。
だからこの目の前の光景が、おれのためのものだなんて信じられない。
ウィンさんはそんなおれの手を引いて、いつも
うん、これ知ってる。
お誕生日席ってやつだ。
ってことはこれは本当におれの誕生日のお祝いなの?
おれの目の前には5段重ねのケーキがある。
なんかもうこれはケーキタワーだよなあ。
よくよく見てみると、一番下からチョコレートケーキ、チーズケーキ、アップルパイ、モンブラン、そしててっぺんにはシュークリーム。
これ全部おれの好きなやつだ…。
ここまでおれは何も言えてない。
というか、言葉を発せない。
なんかケーキ見てたら目が熱くなってきた。
泣きそうなのがバレたのかな、エリヤさんとエノクさんが同じ顔してこっちみてる。ちょっと恥ずかしい。
「どうやらエノクの勘はあたりだったようですね」
「だろ?ぼっちゃんの好きなケーキはこれだと思ってたんだよな」
「ウィンの事前調査も大成功のようですよ。料理も気に入っていただけているようです」
「
エリヤさんとエノクさんとウィンさんの話からすると、だいぶ前から準備してくれてたんだと分かる。
ここまでされれば、おれだって…これがおれのためのものなんだって理解した。
「…あ、りがと…」
慣れない場。生まれて初めての誕生日会。
何を言っていいかわからず、口にできたのはたったひと言。
でも、おれを見るみんなの目がとても嬉しそうに細められた。
こんなおれの言葉でも、ちゃんと聞いてくれてた。
それからは、ウィンさんがあれこれと料理を取り分けてくれた。
どれもこれも美味しくて手が止まらない。
エリヤさんも珍しく飲んでる。赤いから、赤ワインかな。
生まれて初めての誕生日会は、穏やかで優しい雰囲気だ。
5段重ねのケーキタワーは、どのケーキから食べようかすごく悩んで。
でもどれも美味しくておかわりまでした。
お腹いっぱいになったところで、エリヤさんやエノクさんたちから嬉しいサプライズ。
なんと、誕生日プレゼントをくれたんだ。
エリヤさんからは、勉強に使えるようにとすごく綺麗な装飾が入ったペンを。
エノクさんからは、おれの目の色だっていう茶色い石の入った護身用の短剣を。
ウィンさんからは、一緒に料理をするときのためにっておれ用のエプロンを。
イヴからは、龍の鱗を使った幸運のお守りになるペンダントを。
みんなおれのためにって用意してくれた。
それが嬉しくて、自然と笑顔になる。
「
静かにおれの目の前に来た
おれの視線に合わせるように、少し下から見る
そうして、差し出された
どうやらこれが
なんだろう、とそっと手を伸ばして箱を受け取り、ゆっくり開けたら…
(ピアスだ…)
びっくりした。
と同時に、嬉しくて涙が出そうになった。
全体は銀色で、はめ込まれてる石は深い緑色。
だってこれは…
それに、まだうっすらとしか感じられないけど、
「きみの身が安全であるように。僕の力を練りこんだピアスだよ。できれば身に付けて欲しいけど、あまり好みでなかったらごめんね。僕はその…
このピアスを
おれは手元のピアスと
おれが散々センスが壊滅的って言ってたのを気にしてたのかな。
跪いて少し自信なさげに目尻を下げる
(違う、そうじゃない、気に入らないなんて思ってない)
そう伝えたくて、必死に横に首を振った。
嬉しすぎて言葉が出ない、ただそれだけなんだ。
(って…あれ?なんで
普段は全然オシャレとかしないのに、今日は偉い人に会いに行った時みたいにちゃんとしてる。
そうしてると本当に御伽噺の王子様みたいで、だんだん現実に戻ってきて混乱してきた。
だってそんな王子様がおれの目の前で跪いてるんだよ?
おれがわたわたしてたら、視界の端で
その指がするりとおれの耳たぶに触れて、目の前には極上の柔らかな笑顔。
「ピアスの穴を開けるのは、僕よりもエリヤに任せる方が間違いないから。
耳たぶに触れた指先で、今度はおれの目じりに溜まった涙を拭われた。
なんだこの破壊力抜群の王子様アクション!
おれにはもうなにも言葉がなかった。
もらったピアスの箱をぎゅっと握りしめて、ただひたすらコクコクと頷くだけ。
ああもうこのとろけたマシュマロみたいに甘くて優しい笑顔は反則だ…。
「ぼっちゃま。いつ開けましょうか?」
「…あの…今、でも…いいですか…」
だからおれは、エリヤさんの言葉にそう答えた。
少しでも早くこれを身に付けて、
そしてまたとろりと蕩けそうな笑顔が見たい。
ただそれだけで。
■■■
部屋の鏡を見て、そうっと耳たぶに触れる。
そこにあるのはあの深い緑色のピアスだ。
ピアスをつけたあと、
甘くて優しくて柔らかくてあったかい極上の笑顔だった。
こんな幸せな誕生日は生まれて初めてだ。
指先に触れる冷たい石の感触にひとり笑ってしまう。
血は繋がってないけど、家族のように大切にしてくれるこの屋敷のひとたち。
兄のように見守ってくれる
おれは、生まれて初めて、誕生日が特別な日だと知ったんだ。
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