15. a special day for you
昼下がりの執務室。
いつもは主である
家令のエリヤ、側近のエノク、家事担当のウィン、使い魔のイヴ…つまり、
今日は平日のため、
今頃一生懸命授業をきいていることだろう。
なぜそんなタイミングに屋敷の者たちを集めたのかといえば…
「
すでに何度目かになるこの集まりは、ありがたいことにまだ
極秘に準備して、思いっきりびっくりさせたいという
死神に1度ならず2度までも命を狙われ、
「
「ぼっちゃまは甘味がお好きなようですからね。いっそのこと何種類か作って段重ねにしてみては?」
「ぼっちゃんの好きなケーキっていうと…チョコレートケーキにチーズケーキにアップルパイにモンブランだったか」
調理担当のウィンは、
家令のエリヤや側近のエノクも、あまり接点が無いとはいえ、1年近くも一緒に過ごしているので、少しずつ好みを把握してきているようだ。
この調子なら、料理の方は問題なく喜んでもらえるだろう。
なにより
「問題は…プレゼント、だよねえ」
「「「「「うーん…」」」」」
しばしの沈黙。
のち、なにかを思いついたのか、ウィンが「あっ」と声を上げる。
なにか名案が?と問う視線が一気にウィンに集まった。
「
「僕?」
「たしかに、それは名案ですね。ぼっちゃまが喜ぶのは間違いないかと」
「ああ見えてユウキ様大好きっ子だからなあ、あのぼっちゃん」
そう。
最初こそ
正式に
それだけでなく、学校に行き始めるようになる前後から、
最近、
だから、敬愛する
「僕に関するものなんて貰っても嬉しくないと思うよ」
自分に向けられる好意にはとことん鈍いひとだと分かっているのだが。
「
「と言われても…」
エリヤの言葉に、何かないかと考えをめぐらせる
そんな主を固唾を呑んで見守るエリヤとエノクとウィンとイヴ。
4対の目に晒されながら、うんうん悩んで悩んで悩み抜いて…
「ユウキ、あれはどうだ?」
「あ。そういえば」
使い魔のイヴの言葉になにかを思い出した
ぱかりと開くと、その中には1組のピアス。
銀色の台座に深い緑の石がはめこまれただけのシンプルなものだが、そこには
「近いうちに渡そうと思って用意していたんだけど…どうだろう?」
誕生日のプレゼントとして用意したものではないからか、はたまたここ1年ほどで自分のセンスのなさを自覚したからなのか。
少し心配そうに3人を見遣る
これほどまでに嬉しいプレゼントはないだろう。
銀色と深い緑色、まるで
しかも、化粧箱の青色は、神聖騎士団総団長のみに許された色でもある。
おそらく、騎士団の伝手を頼りに選んだものなのだろう。対応した商人の気遣いが窺えた。
前から
「
「なによりも固い守りだな!」
エリヤもエノクも文句なしで賛成のようだ。
チョイスが間違っていなかったことに、
これで少しでもあの少年が喜んでくれたらいい、と願いながら。
■■■
ある日の昼下がり。
今日は遅めの昼食になると言われていた
なんのことはない、いつものヒトコマ。
大扉を開けて中に足を踏み入れた瞬間
「誕生日おめでとう、
扉の向こうには、王子様のように着飾ったこの屋敷の主が、両手いっぱいの花を抱えて佇んでいた。
驚きのあまり1歩も動けなくなった少年の背中を、ウィンがそっと押す。
そのまま辺りに視線を向けると、笑顔で彼を見つめるエリヤとエノク。
嬉しそうに飛び回って花びらを撒き散らすイヴ。
テーブルいっぱいの色とりどりの料理。
いつの間にか隣にやってきた、お母さんのように優しい笑顔を浮かべたウィン。
そして目の前の、まるで悪戯が成功したこどものように楽しそうに目を細めている
これまで
だからこの目の前の光景が、自分のために用意されたものだと言われても理解が追いつかないのだ。
ウィンに手を引かれ、いつもは
よくよく見てみると、一番下からチョコレートケーキ、チーズケーキ、アップルパイ、モンブラン、そしててっぺんにはシュークリーム。
どれもこれも、
何も言えず、少し目を潤ませながらケーキを見つめる
「どうやらエノクの勘はあたりだったようですね」
「だろ?ぼっちゃんの好きなケーキはこれだと思ってたんだよな」
「ウィンの事前調査も大成功のようですよ。料理も気に入っていただけているようです」
「
エリヤとエノクとウィンの軽快なやりとりから、今日のこの日はだいぶ前から準備されていたのだと遅まきながら理解する。
あらためてテーブルを見渡すと、どれをとっても
「…あ、りがと…」
慣れない場で、何を言っていいかわからず、口にできたのはたったひと言。
でも、ちいさな声も聞き漏らさなかったのか、その場の全員がとても嬉しそうに笑った。
それからは、ウィンが甲斐甲斐しく世話を焼き、
5段重ねのケーキタワーをどのケーキから食べるのか真剣に悩んでいたかと思えば、どれも美味しかったらしくおかわりまでしている
今はエリヤやエノクたちから心ばかりのプレゼントを貰い、嬉しそうな笑みを見せている。
そんな姿を微笑ましく見つめながら、
両親に家を追い出された
無意識に耳元に手を伸ばして触れたのはピアス。
鮮やかな赤ともオレンジとも見える夕焼け色のそれ。
あの日、あの時、
自分が
そっと化粧箱を手に取り、ウィンやイヴと楽しそうに食事を楽しむ
「
椅子に座ったままの
きょとんとしつつ、そっと手を伸ばして箱を受け取り、ゆっくり開けた途端、
まるであのときの自分を見ているかのような姿に、
おそらく、後ろに控えているエリヤとエノクも同じことを思い出したのだろう。
ウィンにいたっては、
「きみの身が安全であるように。僕の力を練りこんだピアスだよ。できれば身に付けて欲しいけど、あまり好みでなかったらごめんね。僕はその…
手元のピアスと
違う、そうじゃない。
そう必死に伝えるかのような仕草に、
それを知ってか知らずか、剣士なのにいまだに細く白い指でするりと
「ピアスの穴を開けるのは、僕よりもエリヤに任せる方が間違いないから。
耳たぶに触れた指先で、今度は
破壊力抜群の王子様アクションに言葉をなくした
それでも手元の化粧箱はぎゅっと胸元で抱きしめられていて、よほど嬉しかったのだということが誰の目にも伝わった。
普段は鈍い
「ぼっちゃま。いつ開けましょうか?」
「…あの…今、でも…いいですか…」
■■■
月明かりの差し込む
ひと通りの見回りを終えて屋敷に戻ると、すでに
できるだけ音を立てないように気を配りつつ、エリヤの手を借りながら寝支度を整えた
思い出したのは昼間の
まさかあんなに喜んで貰えるとは思わず、ほんのり温かい気持ちになった。
「よろしゅうございましたね、ユウキ様。とても懐かしい気持ちになりましたよ」
珍しく
きっとこの家令は、
応えるように
「
誰にともなく呟いた言葉は、月明かりの部屋に溶けて消えていく。
側で聞いていた家令は嬉しそうに目元を緩めた。
主のささやかな願いはすでに叶っていることは、美貌の家令以外まだだれも知らない。
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