08. day off



「と、いうわけで。悠祈ユウキさん、買い物行こう」


「…え?」





ある休日の朝食後。

こころなしかいつもよりテキパキ食卓を片付けて、掃除洗濯まできっちり済ませたウィンと綾祇アヤギは、のんびりソファーで寛ぐ悠祈ユウキのもとに現れた途端にそう言った。

言われた方の悠祈ユウキはといえば、いつもと変わらずダサい組み合わせの私服を着て、ポカンとしている。

膝の上のオレンジ色の使い魔イヴも、あるじである悠祈ユウキと同じような顔をしている。




「えーっと…買い物?って僕も?」


「そう。ていうか、今日は悠祈ユウキさんの買い物だから」


「特に必要なものってないんだけど…」




言われたことがいまいち理解出来ず、視線を綾祇アヤギからウィンに向けても、いつもなら穏やかな笑顔を浮かべているはずの青年が、真剣な目で見つめ返してくる。

全く心当たりがない悠祈ユウキは、珍しく困惑した顔だ。




綾祇アヤギクンと相談したのですが、悠祈ユウキサンをおしゃれにしようと思いまして。さすがにはもったいないなあって」


「もったいないより、むしろ、ダサい。かっこいいくせに、ダサい。センス壊滅的」


「え…」



綾祇アヤギのあまりの言い様に驚き、自分の着ているものに視線を落とす悠祈ユウキ

黒のスウェットパンツに深緑のシャツ、そして、オレンジ色のロングカーディガン。

どれも気に入ったデザインの着心地のいいものだから、そんなに言われるほど酷いのだろうかと首を傾げてしまう。

そんな悠祈ユウキの様子をみて、盛大なため息をついて頭を抱える二人。




悠祈ユウキさんの着てるものはいっこいっこはすごく良いのに、なんでその組み合わせなの?ってなるの。つまり、センスが悪い。だから、おれがファッションチェックするから!」


綾祇アヤギクン、よろしくお願いしますね…!」


「…そこまでひどいかなあ…」


「ひどい。ひどすぎて、おれ、限界。ほら、出掛けるから着替えるよ。ついでに悠祈ユウキさんの持ってる服確認したいし!」




普段あまり積極的に話すタイプではないし、どちらかといえば素直じゃない綾祇アヤギの思いがけない剣幕に、悠祈ユウキはなされるがまま。

ぐいぐい引っ張られて、あれよあれよという間に自室のクローゼットを確認された。

綾祇アヤギが引っ張り出してきたのは、むかーし昔に店員おすすめと言って買った、グレーの細身のパンツに銀の糸で襟元に細やかな刺繍がされた黒のワイシャツ、白のロングカーディガン。

用意された服に着替え、いつ買ったんだっけ?と暢気に考えているうちに、髪型まで整えられてしまった。




「んー…まあこれならいいかな」


「わー。なんかすごいねえ」


「…悠祈ユウキさん…自分のことなのに…。まあ、とりあえず、これならなんとか出かけられる。買い物いこう!」




言うやいなや、悠祈ユウキの返事も待たずに、また綾祇アヤギに引っ張られる。

玄関ホールに出ると、身支度を整えたウィンとイヴが待ち構えていた。




「今あるもので整えてみたけど、どう?ウィンさん」


「すごくいいです!似合ってます!見違えました!」


「ピィ~!」




悠祈ユウキの変貌ぶりを喜ぶ2人と1匹をみてもあまりピンとこないが、ここまで喜ぶのだから多分悪いわけじゃないはず。

気を取り直して「買い物に行こうか」と声をかけると、みんなで仲良く出かけるのであった。







■■■







「なんというか…きみたち、すごい勢いでアレコレ買わせたね…」




夕暮れ時。

悠祈ユウキは両手にたくさんの服を入れた紙袋を持ち、ウィンと綾祇アヤギは腕いっぱいに食材を買い込んで、屋敷に戻ってきた。

悠祈ユウキが疲れたような声をあげるのも無理はない。

なにせ、2人と1匹がここぞとばかりにあれこれと服を着せ替え、どんどん購入していったのだから。




「こんなときでもないと、悠祈ユウキサン、服を買うこともないでしょうし」


「全部似合うやつだし、これからはおれがちゃんとコーディネートするから。任せてよ!じゃあ、悠祈ユウキさんの服、片付けてくる」


綾祇アヤギクン、よろしくお願いしますね!あ。悠祈ユウキサンはもうソファーで休んでてくださいね!」





一日中街中まちなかを歩いて疲れはしたものの、普段は素直じゃない綾祇アヤギが嬉しそうににこにこしている姿を見せられては文句も言えない。

それに、ウィンまで味方につけてしまっているのだから、悠祈ユウキには全く勝ち目もない。

今日一緒に買い物をしてわかったのは、悠祈ユウキは服を組み合わせるセンスが壊滅的らしい、ということ。

ならば、これは大人しく綾祇アヤギにおまかせするしかないな、と思わず苦笑いになってしまった。


そうしてウィンに言われた通り、夕陽の差し込む窓辺のソファーで横になった。

オレンジ色の使い魔のイヴは、こういう時の定位置である悠祈ユウキのお腹の上。


悠祈ユウキは、家事全般との相性がすこぶる悪い。

料理をすればこの世のものには見えない副産物が生まれ、洗濯をすれば逆に汚れやシワが増える。

片付けをしたそばから雪崩が起きてしまうという始末。

そんな悠祈ユウキが2人の手伝いなど出来るはずがない。

大人しくソファーで寛いでいると、屋敷の中を2人が動き回る気配がした。

ウィンが買い込んだ食材を片付け、夕飯の支度をする音。

綾祇アヤギ悠祈ユウキの買った服を綺麗にたたみ直して、運んでいく音。

開けた窓からゆるやかに流れてくる外の空気の匂い。




「…なんか、こういうの、いいなぁ…」




ぽつり、と。

こぼれた声に、なにより悠祈ユウキ自身が驚いた。

そう言えば最近はやたらと死神が悪戯ばかり仕掛けてきていたし、綾祇アヤギが襲われかけたこともあって、なかなか心休まる日がなかった。

久しぶりの穏やかな一日を、思った以上に必要としていたのかもしれない。

不思議そうにお腹の上からこちらを見つめる使い魔を撫でながら、食事ができるまで…とゆるりと瞼を閉じる悠祈ユウキだった。


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