09. my master / Wynn
〈ウィン視点〉
「じゃあ、見回り行ってくるね」
「気をつけて行ってらっしゃい」
「2人とも、夜更かししないようにね?」
夜。
墓守として見回りに行く
特に
「そういえば、ウィンさんと
最初は命を狙われて大変でしたが、最近は特訓をしたり学校へ通い始めたりして、周りを気にする余裕が出てきたのでしょう。
思いがけない質問に、一瞬、どう答えようか悩みます。
「そうですねぇ…」
口をつけていたカップを静かに下ろし、話せる範囲はどこまでかな?と考えながら、話し始めました。
私、ウィンと、
■■■
私は、由緒ある使用人家の次男でした。
長男はレイルといい、人を上手に采配するとても優秀な人物で、将来は仕えている屋敷の執事になるだろうと言われていました。
私はそんな優秀な兄とは違って、料理や洗濯といった家事全般が得意だったので、将来はそちらの道に進むつもりでした。
私の両親も兄のレイルも、私の希望を嘲笑うことなく応援してくれていて、まもなく成人を迎えたら、仕える屋敷で正式に働くことになっていたのです。
そんなある日。
お屋敷に必要なものを買いに、兄と共に街へ出かけた帰り道でした。
夕暮れに染まった街並みを兄と並んで歩いていたら、突然、目の前に真っ黒なものが降ってきました。
死神です。
このシアン地区では、いまだに死神と聖職者が戦いを続けていて、死神たちは街に住む人や幽霊を狙って狩りをしているのです。
一瞬の後、兄と2人、森に向かって走り出しました。
屋敷に逃げ帰れば、主一家を危険に晒してしまう。咄嗟の判断でした。
私たち兄弟は、そこまで戦闘に長けているわけではありません。
けれど、なんとかこの場を逃げ切り、森にたどり着けたなら…。
私たちが向かっている森は、別名、浄化の森と言われています。
私たちの仕えるクロフォード家が代々守護している清浄な気に満ちた森で、死神たちが手出し出来ない神聖な領域なのです。
あとすこし、あと、もうすこし。
目の前に見えた森の入り口目指して、疲れている足をなんとか動かして走りました。
一足先に兄が入口をくぐり、やっと希望が見えてきた…そう思った瞬間、私の背中に強烈な痛みが走り、気づいたら目の前に地面がありました。
引き裂かれるような、刺すような、よく分からないけれど、とても痛い。
森は目の前なのに、身体がうまく動かないのです。
兄が森の入り口でこちらを振り返り、目を見開いていました。
「ウィン、逃げろ!!!うしろ…!!!」
兄の叫びを聞いて後ろを振り返ると、薄ら笑いを浮かべてカマを振り上げている1人の死神。
どうやら私はこのカマで切りつけられたようです。
今度こそ避けなければ、死神にされてしまいます。
でも、背中の痛みで起き上がれません。動けません。
これでお終いだ…と諦めて目を閉じたとき…
キィィィ…ン!!!
いきなり、金属がぶつかり合う甲高い音が鳴り響いたのです。
何事かと再び目を開けると、目の前には見覚えのある小さな背中。
艶やかな銀髪を風に靡かせ、死神のカマを剣で受け止めています。
「
呆然と呼びかけた声に、一瞬だけ視線を寄越してくれたのは、間違いなく、
私たち兄弟の仕えるクロフォード家の長男である、
まもなく14歳になり、学校へ通い始めるのだと言っていました。
将来は私たち兄弟の主となる人物です。
代々続く教会を継いで、神父として
それなのに、教会で神父になるべき人が、剣を振るい、死神を倒そうとしているのです。
神父という職業では忌み嫌われ邪道とされている、死神浄化をしようとしているのです。
結局、私を襲った死神は、
浄化された死神は、死神として蘇ることができなくなり、輪廻の輪に戻されるのだとか。
私はといえば、
けれど、背中からはかなりの出血をしているようで、目の前の兄の姿さえ霞んできています。
兄に肩を抱かれながら、近づいてくる
「レイル…ウィンはおそらく助からない…」
「っ…!そんな…っ!!なにかないんですか?!ウィンが…弟が助かる方法は…!!」
私は、
もう、仕方ありません。
死神のカマで殺されなかっただけマシです。
あのカマで殺されたら、私は否が応でも死神になってしまうのですから。
死神にならずに死ねるのなら、幸せです。
ついに泣き崩れる兄にゆっくり手を伸ばすと、兄が痛いくらいに手を握り返してくれました。
私の手より温かい、優しい兄の手。
「…ウィンとレイルが望むならば、ひとつだけ、方法があるのだけれど…」
弟である私の命が助かるならば、と兄が縋った
それは、これから死を迎え、輪廻の輪に戻されるはず私を、
魔物や幽霊と契約できるほどの能力は、墓守と呼ばれる聖職者だけがもつものです。
代々神父として教会を守る家柄のクロフォード家では忌み嫌われる、『災厄』とか『悪魔の力』とまで言われるほどの能力。
「ダメですよ、
やっとのことで
けれど、肝心の
「僕にはもう、あの家を継ぐ資格がないんだ。既に使い魔がいるから」
そう言うと、
そこにはオレンジ色の小さな羽付きトカゲが乗っています。
それが、
兄も私もただ唖然としてしまいました。
「僕は教会を継ぐつもりはないよ。ウィンとレイルさえ良ければ、僕はウィンと契約する」
結局、私と兄は、
契約が終わると、
けれど、兄にすら分かるくらい、私には生きた者の気配がなくなっていました。
3人でお屋敷に帰った後のことは…正直なところ、思い出したくもありません。
その姿は、聖職者でありながら悪魔のようでした。
本当は、
神父になれないものは、クロフォード家の人間ではない。
『悪魔の力』を持った人間が生まれていたなど、クロフォード家の恥だ。
お館様と奥様からの冷たい言葉をただ黙って聞いて、
もちろん、
私の両親と兄は、いまだにお館様のところで仕えているようですが、もうほとんど関わっていません。
お屋敷を追われたあとは、とにかくいろいろなことがありました。
本当は何度も後悔をしました。
いえ、今でも時折後悔することがあります。
あの時、
私があのまま死んで、輪廻の輪に戻されていたら…
反面、あの時、
あの時、
■■■
「へぇ~。じゃあ、森の近くで襲われてたウィンさんを助けたのが
「そうですよ。だから、私、実は幽霊なんです。ふふふ」
やはり、この子は、
「ウィンさんにとって、
まるで私の心の中を見ていたかのような質問に、思わずくすっと笑ってしまいました。
そんな私の様子を見て、不思議そうに首を傾げている姿がまた可愛らしいと思う私は、多分、
ふぅ、とひとつ息をつくと、ゆっくりと言葉をつむぎました。
「
そして、私の生涯でたったひとりのご主人様、ですかね。
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