07. curious



「ウィンさん。おれ、どうしても気になるんだけど…」




ある日の朝食後。

今日も朝から清々しい晴れ模様で、洗濯日和だなーと暢気に窓の外を眺めていたウィンに、綾祇アヤギがなんとも言えない顔で話しかけてきた。

視線の先には、眠そうにあくびを噛み殺しながら、食卓から離れた窓辺のソファーでのんびりと食後の紅茶を楽しむ悠祈ユウキ




綾祇アヤギクン、何かありました?」




いつも通り食卓を片付けながら聞き返すと、またもなんとも言えない顔。

なんと言ったらいいのかわからないのか、何度か口を開きかけては小さく左右に首を振って考え込んでいる。

普段ならば、ウィンの手伝いをテキパキしてくれる綾祇アヤギの普段と違う様子に、ウィンも片付けの手を止めて様子を見た。




悠祈ユウキさん、のこと…」


「…はい?」


「あの人、なんであんなにいい加減というか、テキトーというか、無頓着というか…とにかく、なんで、私服が、あんなに、絶望的に、似合わないの?!」




やっと口を開いたかと思えば、ウィンもびっくりな勢いで話し始める綾祇アヤギ

もちろん、声が聞こえないように、と小さい声で話してはいるものの…内容はウィンの予想の遥か斜め上だった。

まさか、あんなに思い悩んでいたことが、悠祈ユウキの服装のことだなんて。

とっさに返す言葉をなくしていると、綾祇アヤギはさらに言葉を続けた。




「仕事着?っていうのかな?あの真っ白な制服みたいなの着てるときはすごく似合っててかっこいいのに。どうしてそれ以外の服が壊滅的に似合わないのかが不思議。っていうか、あの人、絶対テキトーに買ってるよね?むしろ服買いに行ってる?ちゃんと見た目気にしてないよね?あの人の見た目だったら、ちゃんと似合う服着たら結構かっこいいと思うのに…ウィンさんはどう思う?!」


「あ、えーっと…うーん…」




思いがけない綾祇アヤギの勢いに飲まれかけていたが、確かに綾祇アヤギのいうことも一理ある。

本当に、悠祈ユウキという人物は、自分の見た目を全く気にしない無頓着男なのである。

なかなかに美形なのにも関わらず、だ。




「私も綾祇アヤギクンの言うことはよくわかります。でも、悠祈ユウキサンは制服着てる時だけちゃんとしてればいいって言ってましたよ。普段着買いに行ったところは見てないですね…」


「おれ、もう限界。ここにきて半年近くだけど、もう無理。悠祈ユウキさんの私服は耐えられない。なんとかしよう?」




ちらり、と窓際のソファーで寛ぐ悠祈を見れば、オレンジ色の使い魔のイヴと楽しそうに遊んでいる。

先ほどよりは目が覚めたのか、あくびもしていない様子。

身につけているのは、黒のスウェットパンツに紫の長袖Tシャツと薄い灰色のロングカーディガン。

なんでこの組み合わせなのかはわからない。

多分、起きたときに近くにあったものなのだろう。

一つ一つのモノは良いのに、壊滅的にセンスがない。

それは、ウィンがこの屋敷に住むようになってからも一向に変わらないのだ。




悠祈ユウキサンのアレは、根深いと思うんですけど。綾祇アヤギクン…どうにかなると思います?」


「うっ…」


「でも、なんとかなるなら、なんとかしたいですよね。確かに悠祈ユウキサンは美形ですから」


「そう!あんなに着る人を選びそうな制服を、ちゃんときれいに着こなしてるんだから、ちゃんとしたらもっと美形になるはずなのに」




そう。

綾祇アヤギのいうことはもっともだ。


【聖職者】の中でも【墓守】という特殊な仕事に就いている悠祈ユウキには、国から制服が支給されている。

幽霊たちの騎士という役割だからか、制服はまるで白い騎士服のようなデザインなのだ。

襟や袖の折り返し、上着の裾には金の糸で美しく繊細な刺繍が施されており、右肩には濃紺の飾緒。

ロングコートのような上着は、腰で一度濃紺のベルトを締めて銀の剣が下げられ、首元からはグレーのワイシャツと濃紺のタイが見える。

そして右耳には、【聖職者】の証である十字架がチェーンで下げられた銀のカフス。

非常に洗練された『着る人を選ぶ厄介な制服』というのが聖職者たちからの総評なのだが、悠祈ユウキにはその『厄介な制服』がとても似合っている。

というのも、本人はかなり無頓着だが、悠祈ユウキ自身、かなり恵まれた美形だからだ。

すらりと高い身長、鍛えていながらも暑苦しくない白く細身の体躯、聖職者にふさわしい穏やかで涼しげな顔立ち、肩に触れるくらいの艶のある銀髪、そしてエメラルドのような美しく深みのある瞳。

両耳には、悠祈ユウキ唯一のオシャレと言って差し支えない、夕焼けを閉じ込めたような赤みがかったオレンジ色のピアス。

『着る人を選ぶ厄介な制服』と鮮やかな色合いのピアスが、しっくりと似合う容姿。

悠祈ユウキが担当する地区の幽霊たちが暴れたり死神サイドに寝返ったりしないのは、悠祈ユウキの見た目のおかげといっても過言ではないくらいに。


ウィンは、幽霊たちが、『幽霊だって死後の娯楽が必須なのだ』、と力説していたのを思い出した。

幽霊たちだけじゃない、ここで暮らすウィンや綾祇アヤギにだって、娯楽は必要だ。

綺麗なものや美しいものが身近にあれば、毎日の生活の質も間違いなく向上するだろう。

もし、綾祇アヤギの言う通り、悠祈ユウキの私服姿が洗練されたなら…

そう考えて、ぽん、と手を打った。




「とりあえず、説得してみましょう。私も、“ちゃんとした”悠祈ユウキサン、見てみたいですから」


「よしっ!」




ウィンの答えに、思わず小さくガッツポーズをする綾祇アヤギ

話がひと段落ついたところで、急いで食器を洗い、悠祈ユウキの説得をどうするか作戦会議を始める二人だった。






ちなみに。

悠祈ユウキはこの二人の企みに気づくことなく、のんびりと朝のひとときを楽しんでいたようだ。





*****


やっと悠祈の見た目についての描写ができました。

優しくて穏やかで麗しいのに残念なところがある人です。


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