第4話 作戦会議

「って感じだったかな」

「雑談しかしてなくないですか?なんのために部屋に入ったんですか?」

「あんまりしつこくなっても嫌がられるだろ」

「数日にわたって説得するほうがしつこいですし私はスパッと決めたほうがいいと思いますけどねえ」

 遊姫ちゃんにじっとりとした目で見られる。やめろそんなに俺に期待するな。

「だから今日は作戦会議にしたんですか?まあお姉さんがいるからって理由は納得しますけど」

 今日を作戦会議とした理由はそれだけではない。今日は月曜日なので姉の働いている美容院が休みで姉が家にいるからだ。姉に相談することができるというのは大きい。昔から俺たち三人を見てくれていて全員のことをよく理解しているし俺たちも姉を信頼している。

 昨日の話をすることに気を取られていたがいつのまにか家が目の前にやってきていた。鍵を取り出すのが面倒だったので家のインターホンを押すとすぐに鍵が開いた。

「おかえり宵宮。いらっしゃい遊姫ちゃん。中にどうぞ」

 どうやらそろそろ俺たちが帰ってくると思い待っていてくれたらしい。小さいころから俺たちのことをよく見ていてくれる自慢の姉だ。

 姉、瀬戸川茉莉には才能がある。人の輪の中心になり、自然と人の心を掴む才能だ。それでいて本人が格別に気遣いや思いやりといったことを意識しているようには見えないのだ。きっと姉自身は気まぐれで行動していて、その結果あとから自動的に信頼がついてきているのだろう。

 椛の状態については既に姉にも伝えたのだが当事者に一番近い遊姫ちゃんから実際に話を聞いてみたいと言われ、作戦会議をする運びとなった。

「話はすでに宵宮から聞いたのだけれど」

 姉の部屋に入るとすでにお茶がとクッションが人数分用意されていた。とりあえず適当な場所に座るとお茶を一口飲んでから姉が口を開いた。

「宵宮から見て椛ちゃんはどうだったの?久しぶりに会って感じた印象をもう一度思い出してみてくれる?」

 遊姫ちゃんを連れてきたというのに姉は最初に俺に話を振った。最初に毎日椛を見ている遊姫ちゃんではなく三年ぶりに会った俺の印象の方がいまの椛のことが分かりやすいということだろうか。

 昨日のことを思い出す。椛の言葉、挙動、表情、荒れた部屋、視聴途中だったと思われるDVD。それから貸してもらった本。

「悩みがあってそれを解決できてない状態……、な気がする。」

よく言えば几帳面、悪く言えば神経質それが八代椛の性格だった。少なくとも小学校のころの椛は周りが散らかっていると集中できないと言って自分の部屋に物があんなに散乱していたらたとえゲームの最中でも掃除を始めたはずだ。いまはそんなことにかまっていられないような精神状態なのかもしれない。そう伝えると姉は少し考える仕草をしたあと今度は遊姫ちゃんへ訊ねた。

「じゃあ椛ちゃんが春休み中になにをしてたかわかる?」

 春休み前には元気に登校していたのに春休み後に不登校になったのであればその期間になにかがあったと考えるのは自然に思えた。なにか悩みができたのであればそのときのはずだ。

「ええ、わかります。」

 遊姫ちゃんは鞄からさっと赤いメモ帳を取り出して答えた。

「三月二十五日が卒業式でその日はそのあと夜に家族でご飯に行きましたね。二十六日は私と二人でカラオケに。二十七日は図書館のあと本屋に行って帰ってきて、二十八日はずっと家で寝ていましたが午後五時に甘いものを買いに近くのコンビニへ。二十九日は近くのレンタルショップで旧作DVDを二枚借りてきました。三十日はお昼までそのDVDを観てその後返却に。帰りにコンビニで立ち読み。三十一日はうちの母と私とで高校の制服を買いに行ってご飯。このとき食べたのはダブルチーズバーガーのセットですね。四月一日に図書館に本を返して新しく三冊借りてきてます。次の日はその本を読むためにあてていて、三日にもう一度図書館へ。この日は大きめのバッグを持って行っていて上限の十冊まで借りてきます。四日も読書で五日が入学式ですね。」

 なぜ椛のスケジュールをここまで詳細に記録できているのか疑問が頭をかすめたが深淵を覗き込む勇気がなかったため触れないことにした。さすがの姉も顔が引きつっている。

「と、とりあえず話だけ聞くと図書館でなにか気が変わっちゃったみたいに見えるわね。宵宮、ちょっと椛ちゃんから借りたっていう本貸してくれる?」

 単行本が多くひとつひとつ渡すのも面倒なのでバッグごと渡した。

 へえ、いろいろ読んでるのね、と呟きながらひとつひとつ取り出していく。最初は真剣な顔で探っていたが途中、姉がクスリと笑ったのが見えた。そして全てをあらため終わり、んー、と声を出しながら考えていたがしばらくして笑みを抑えられないような顔をして姉はこう言った。

「ちょっと思い付いたことがあるからちょっと私に任せてもらっていいかな?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る