第3話

部屋の前に立つ。

「おーい」

なんと声をかければよいのかわからず、中途半端な呼びかけになった。遊姫ちゃんから「なんですかその微妙な距離感は」という目線を感じた。

「……入っていいわよ」

 少し棘を感じたが、意外にも元気のない声ではなかった。一応遠慮するそぶりを見せつつ扉を開け、部屋に入る。まるで手汗をかいているときのようなじっとりとした緊張感を感じる。部屋の中は本棚に入りきらなかった本が山積みになっていた。小説が多かったが、放り投げてある鞄の中からは県立図書館から借りてきたのであろう手塚治虫の漫画なども見える。部屋は散らかっていたが勉強机とベッドの配置は小学校のころから変わっておらず懐かしさを感じた。ただ部屋の奥のベッドに腰かけている椛の姿が3年の年月を主張してくる。遊姫ちゃんの言っていた通り普通の生活は送っているようで不潔さは感じなかったが美容院に行っていないのか髪は伸びており、前髪は額を完全に覆い隠している。

「久しぶりね。なにしに来たの?」

  椛から話を切り出してきたがふととなりに置いてあるDVDプレイヤーが目に入った。一時停止の状態になっていたが見覚えのあるキャラクターが映っている。

「ディズニー?」

 パソコンからは聞き覚えのある音楽が聞こえる。一時期ノイローゼになるほどにあらゆるメディアで流れた曲だ。

「そうよ。観る?いま始まったばっかりだけど」。

「いや、……そうだな、観よう」

 映画を観にきた訳ではないのだが、素直に説得したところではいそうですかと納得してもらえるとも思えずとりあえず話に乗ることにする。

「で、今日はなにをしに来たの?遊姫に私を学校に連れてきてほしいって頼まれたの?」

 そっちからその話を振ってくるのか。画面の見える位置に適当に腰かけた。

「ああ、そうだよ。そもそもなんで行きたくないんだ」

「なんでなのか私にもわかってないわ」

「なんだそれ」

「ある日突然行きたくなくなったの。最初は罪悪感あったけど慣れてくるとなにも感じないわね」

「勉強とかおいていかれるぞ?」

「暇だし毎日図書館で勉強してるわよ?たぶん学校のカリキュラムより先まで行ったわ」

 そう言われると肩をすくめるほかない。

「あら?もう私を学校に連れていく言葉はないの?学校の先生のほうがまだ長く説得しようとしたわよ?いまの時期に同年代の友人となんでもない会話をすることが一生の宝になる、だとかなんとか」

「本人が来たくないって言ってるのに来させても意味がないだろ。少なくとも」

「じゃあなにしに来たの」

「遊びに?」

「口から出まかせを言うその癖やめたほうがいいわよ」

 反射的に口から言葉が出てしまうのは昔から自覚していた。

「まあでもあながち間違いじゃないんだよ。俺もせっかくこの街に帰ってきたんだし高校生活を不安のない学生生活を謳歌したいんだ。そこの王女さまも言ってるだろ?『ねえドアを開けて』って」

「引きこもってるわけじゃないわ。図書館には行ってるって言ったじゃない」

「じゃあ不登校だ」

「そうね」

 話すことがなくなり、机辺りに目をやると鞄の中から薄い透明な装丁のなされた本が見えた。図書館で借りたものだろう。

「図書館ではどんな本を借りてるんだ?」

「んー、とりあえず聞いたことのあるタイトルから借りてるかな。罪と罰とかも読んだわ。読みづらかったけど。」

「読みづらいって途中で分かったのに無理して読む必要あるのか?」

「名作には名作って呼ばれるに足る所以があるのよ」

「凡作には凡作って呼ばれるに足る所以があるわけか」

「凡作は何も言われないわよ。流されるように消えていくだけ」

 これは手厳しい。そこまで言うのであれば凡百の作品をしのぐ作品を教えてもらいたいものだ。学習机の前の椅子に座り、椛と視線の高さを合わせる。

「それならオススメの作品ってあるか?」

 そう話を振るとほんの少しだけだが顔が明るくなったように見えた。

「机の上に山積みにしてる本は面白いわよ。何度も読み返したくなって自分で買ったくらいだし。」

 ちょうど目の前にある本の山の中からいくつかを手に取ってみる。あまり最近本を読んでいない俺でも知っている本屋の店頭を飾っている表紙がいくつも目に入るなか、何冊か気になった本があった。

「何冊か同じ作者の本があるけどこの作者の本、そんなに面白いのか?」

「今井詩歌。たまにテレビで名前聞かない?売上ランキングに乗ってるはずだけど」

 そういえばテレビで名前だけは聞いたことがあるような気がする。

「そうそう。二冊くらい読んでみてこんな面白いんだ、って引き込まれて。」

「これ、借りてもいいか?」

「いいわよ。むしろ感想を聞きたいくらいだし」

そう言ってエコバッグを取り出し何冊も詰めて押し付けてきた。

「どれから読めばいいんだ?」

「そうね、一作目から読んで欲しいけれどオススメは四作目ね。ラストまでの持っていき方が爽快よ。あと──」

「わかったわかった。とりあえず最初から読んでみるよ」

部屋に入るときとは違い、緊張感の代わりにずっしりと重さを主張してくるバッグを持って部屋を出たのだった。

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