第37話 祭りの前

「えっ!? サンダーラッシュの譲渡金、親が全額出してくれたのか!?」


 山では霜が降り始めた朝、日課となった皆との朝練を済ませ、授業が始まるまでの少しの間、教室での雑談にて、カルロスがサンダーラッシュを譲渡された事を知る。


「ああ。と言っても借金だけどな。学院を卒業して就職したら、催促に行くって言われた」


 それにしても一括で三百万キルクルスも用意出来るものなのか?


「カルロスの家ってお金持ちなの?」


 聞き難い事をマイヤーはズバズバ聞いてくれるな。ありがたい。


「別に。ただ商売をしてるから、たまたま運転資金でそれだけあっただけだよ」


 とは言え三百万である。子供の為にカルロスが幼い頃から貯めていたに違いない。あれ? そう考えるとウチは変則的だな。学校での諸々諸経費は俺が自ら払っている訳で。ウチの親、授業料などを俺が払えなかったら、払ってくれるのだろうか? ウチにそれほどの余裕ってあるのか?


「商売って何やってるの?」


 俺がぼーっとそんな事を考えているうちに、話題は先に進む。ショーンがカルロスの実家の商売を尋ねる。


「土産物屋だよ」


「って、王都中央にある『紅殻宝珠店』か!?」


「その節はお買い上げありがとうございました!」


 にっこり笑顔で答えるカルロス。紅殻宝珠店とは、俺が受験の日にカルロスに案内された土産物屋である。店名に宝珠とあるように、宝石類も扱っているらしいが、ノエルに買った人形など、それ以外も豊富に取り揃えており、俺が行った日も客で賑わっていた。くっ、俺はカルロスに一杯食わされてたのか。


「そう睨むなって。良い品だったろ? ウチは本物しか売らないからな」


 まあ、確かに良い品だった。ノエルは今でも大事にしているしな。だがなんとも腑に落ちん。


「でも良かったね。前期の決闘祭に間に合って」


「ああ、やっぱり竜と契約しているのといないのでは地力が違ってくるからな」


 アインの言葉に笑顔で返すカルロス。決闘祭とはネビュラ学院で年二回、前期と後期に行われる大会らしい。田舎者の俺には馴染みがないが、遠方からも貴族が観に来たり、一般客も入れてのお祭り騒ぎをするらしい。


 行われる競技は、魔法〈実戦・研究発表〉、武術〈実戦・演武〉、騎竜〈実戦・レース〉に別れ、やはり見物客のお目当ては、それぞれの実戦であるらしい。


「なんだよ、決闘祭に出る為に急いでサンダーラッシュと契約したのか?」


「それだけじゃねえよ。けど要因の一つだった事は否定しない」


 どうやら決闘祭は日頃の成果を発表する良いお披露目の場らしく、ここで好成績を残すと出世コースに乗れると言われているらしい。そんな訳で皆、日に日に近付いてくる決闘祭に向けて練習に余念がない。話題も決闘祭の事ばかりだ。


「そう言えばブレイドって何に出るの?」


 マイヤーにそう尋ねられたが、俺はもう決めている。


「出ないよ」



 ダン先生に職員室に呼び出された。


「えー、ブレイドくん、えー、決闘祭の、えー、エントリー、えー、君だけ、えー、してないんだけど? えー、どうなってるのかな?」


 どうやら決闘祭にエントリーしていなかったのは俺だけだったらしい。


「俺、出る気ありませんから」


 俺がそう答えると、職員室がざわついた。そして直ぐ側で聞き耳を立てていたらしいラウド先生がすっくと立ち上がり、俺の肩を持って揺さぶる。


「どうしてだ!? 何があった!? 魔法に武術に騎竜! 全て好成績のお前が出なくては、祭りが盛り上がらんではないか!」


 そう言われても、先生を盛り立てる為に学院に通っている訳じゃないしな。俺としたら別に竜騎士団に入れなくても良いのだ。王都守備隊でも、地方の貴族の下に就いても構わない。この学院に入ったのも、田舎暮らしの親に少し恩返し出来れば、と思っての事だからなあ。


「とにかく、一度家で親御さんと良く話し合いなさい。貴方の進路に関わる事なんだから」


 ポーリン先生まで口出してきて、俺を決闘祭にエントリーさせようとするので、俺は「分かりました」と応えて、直ぐに職員室を後にした。



「えっ!? ブレイド殿、決闘祭に出ないつもりなのですか!?」


 家に帰って夕食時に両親に決闘祭の事を話したら、卓を囲っていたリオナさんに凄く驚かれた。ナオミさんも驚いている。どうやら決闘祭は出るのが当たり前のものらしい。だがウチの親は涼しい顔をしていた。


「ふん、面倒臭いなら出なくて良い」


 父の言葉に母も首肯する。ノエルは良く分かってないらしくキョトンとしていた。


「何を仰るのですランデル殿。ブレイド殿の才気は学院でもトップクラス、今の学院はブレイド殿の噂で持ちきりなんですよ?」


 リオナさんは俺を持ち上げてくれているみたいだが、何をしたんだって両親の視線が痛い。二年生との決闘の事、心配すると思って、口をにごして誤魔化してるんだよねえ。


「ねぇ、何の話ぃ?」


 会話に交ざれないノエルがすねだして、フォークの柄でテーブルをコンコン叩く。そしてそれを注意するナオミさん。


 ノエルは俺とリオナさんが学院に通うようになって空いた時間に、ナオミさんから淑女のマナーなるものを教わっているそうだ。ナオミさんに注意されて、しおらしく居住まいを正すノエル。まだまだ淑女には遠そうだ。


「学院で今度祭りがあるんだよ。それに出ないかって話」


「えっ!? お兄ちゃんお祭りに出るの!? 良いなあ、私もお祭り行きたい!」


 そう言われてもな、と両親を見遣ると、


「ふん、良いんじゃないか」


「そうねえ、私も久し振りに王都に行ってみたくなってきたわ」


 と両親まで行く気になってきていた。これは、何かしら決闘祭にエントリーする事になりそうだ。

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