第36話 判断基準

「まずサンダーラッシュの契約者として、君らは実力的に十分だと言える」


 三人のアピールを聞いたガボットさんは、おもむろに口を開いた。


「サンダーラッシュを譲り受けようと言うのだ、サンダーラッシュがかなりやんちゃで聞かん坊な事は承知だろう。まだ学校にも通っていない子供の相手は出来ないだろうが、君らは栄誉あるネビュラ学院の学生だ。それだけでサンダーラッシュの相手を務めるに実力は十分と言える」


 ホッとするカルロス。上級生二人も、難しい顔をしているが、納得はしているようだ。


「続いて譲り渡すにおいて値段だが……」


 やはりタダで譲る事はないんだな。


「二百五十万から三百万が竜の譲渡では相場で、サンダーラッシュでも妥当だと考えている。八百万も付けてくれたのは嬉しいが、高過ぎだ」


 ホッとするサンドラさん。ディーンの方は少し苦い顔をしている。金を積めばサンダーラッシュが手に入ると考えていたのかも知れない。さてカルロスは?


「カルロス、どうだ? 払えそうか?」


 青い顔をしているカルロスの耳元に問い掛ける。


「魔物狩りの貯金も少しあるし、親に頼み込めばなんとか。足りなければ時計を売る」


 カルロスの時計は魔導器だ。それなりの値段にはなるだろうが、それじゃ魔法が使えなくなるのでは? いや、竜と契約すればそんな事なくなるのか。


「さて、ではどうやって譲り渡す相手を決めるのか、残るは気持ちか?」


 ガボットさんを初め、全員の視線がカルロスに向く。


「カルロスくん、だったな?」


「はい!」


「それだけ思い入れてくれているのは、サンダーラッシュの契約者として嬉しいが、元竜騎士としては少々甘いと言わざる得ない。竜の契約者はどの国でもその国の基盤だ。時には竜を強引にでも従わせる厳しさが必要だ」


「はい」


 ガボットさんの忠言にシュンとするカルロス。気持ちをぶつけたからって譲ってはくれないようだ。


「では、どのように譲り先を決めるのですか?」


 痺れを切らしたかのように、ディーンがガボットさんに尋ねる。


「まあ慌てるな。それも決めてある」


 焦れるディーンを宥めるガボットさんの言葉に、場に緊張が走る。それをぐるりと見回すガボットさん。


「やはり相性だろう」


 そうなるか。となるとここでは決められないな。



「すまんなポーリン」


 場所を学院に移した俺たちは、竜房に繋がれていたサンダーラッシュの元へ。久しぶりに契約者であるガボットさんと対面したからだろうか、サンダーラッシュが飛び跳ねて喜んでいる。


 そんなサンダーラッシュをあやしながら竜房から出したガボットさんは、近くに控えていたポーリン先生に、空間魔法でフィールドを展開する事を頼んだ。


 ガボットさんの願いに素直に従うポーリン先生の態度から、二人が既知の仲だと知れる。


「では、順番にサンダーラッシュに騎乗して、人竜の相性を見たいと思う。誰から始める?」


 三人が一斉に前に進み出る。ここでやる気を見せるのは当然か。ガボットさんも満足そうに頷いている。


「では四年生から始めるか」


 四年生のサンドラさん、三年生のディーン、最後がカルロスの順に決まった。


 サンドラさんが茶色い毛玉のサンダーラッシュに跨がると、長毛の中に沈み込む。やはり竜に跨がっているとは思えない姿をしている。


 サンドラさんとサンダーラッシュはフィールドに飛び上がると、バチバチと電雷を身に纏い、フィールド中を飛び回る。


「すげ……」


 俺の横でそう声を漏らすカルロス。それは俺も感じた事だ。サンドラさんはサンダーラッシュを乗りこなしてした。上昇下降、右旋回左旋回も自由自在で、フィールド中を縦横無尽に飛び回っている。明らかに決闘の時のカルロスよりも相性が良いと思う。ただし俺は何か違和感も感じていた。


「彼女はここ何日か竜舎に通い、サンダーラッシュとの仲を深めていましたから」


 ポーリン先生がガボットさんに話しているのが聴こえ、カルロスが青ざめている。ディーンの方は悔しそうな顔だ。イライラと足踏みをしている。



「どうでしょうか?」


 地上に戻ってきたサンドラさんは、髪を掻き上げながらガボットさんに尋ねている。それに対して満足そうに頷くガボットさん。


 続いてディーンが騎乗する。しかしこれはお粗末なものだった。明らかに相性が悪い。サンダーラッシュはやる気がなさそうで、フラフラと宙を漂うばかりで、ディーンの言う事を聞かない。これではマイナスアピールだ。


 戻ってきたディーンは、ガボットさんに一礼する事もなく、直ぐにその場から離れていってしまった。あれは脱落だな。金でどうにかなると思っていたツケだろう。


「次はカルロスくんだな?」


「はい!」


 そんなディーンの態度は気にしていないようで、カルロスを呼ぶガボットさん。カルロスは緊張した面持ちでサンダーラッシュに跨がる。


 すると一声嘶くサンダーラッシュ。カルロスが手綱を強く握った瞬間にフィールドへと一気に飛び上がるサンダーラッシュ。


 バチバチと電雷を身に纏ったサンダーラッシュは、正にその身を電雷と化してフィールドを自由に飛び回る。カルロスなんぞ乗っていないかのように、勝手気ままに飛び回るサンダーラッシュの姿に、ガボットさんは大笑い。笑いが止められず腹を抱えて笑っている。



「はあ、はあ、はあ」


 何とか振り落とされずに地上に戻ってきたカルロスはフラフラだ。しかしサンダーラッシュは大満足のようで、一層高い声で嘶いている。


 大笑いしたガボットさんは涙を拭きながらサンドラさん、ディーン、カルロスを並べると、


「それでは結果を伝える」


 と述べ、サンドラさんとカルロスは緊張した面持ちになるが、ディーンは既に諦めているのだろう、横を向いている。


「サンダーラッシュを譲るのは、カルロスだ」


 初め、名前を呼ばれてキョトンとしていたカルロスだが、自分の名前が呼ばれた事に気付き、喜びで段々と破顔していく。対して絶望に叩き落とされるサンドラさんは、ガボットさんに詰め寄った。


「何故ですか? 納得出来ません! 私の方がサンダーラッシュを上手く乗りこなしていました!」


 確かにそうだ。サンダーラッシュはサンドラさんに従順で、カルロスの時には言う事を聞いていなかった。


「サンドラさん、確かに君はサンダーラッシュを乗りこなしていた。だが、サンダーラッシュの能力を十全に引き出せていたとは言えない」


「十全に、ですか?」


「そうだ。サンダーラッシュは確かに聞かん坊だが賢い竜だ。背に乗る乗り手でその態度を変える。そして自分がどれだけ力量を発揮出来るかを感じ取れるのだ。サンドラさんは上手く乗りこなせていたが、八割程度。カルロスくんは十割以上を引き出していた」


「十割以上ですか?」


 サンドラさんとサンダーラッシュに感じた違和感はそれだな。サンドラさんの時、サンダーラッシュは窮屈そうで、スピードも少し遅かったと感じた。対してカルロスの時、サンダーラッシュはとんでもない飛び方で、正に電雷であった。飛ぶのが気持ち良さそうだと、こっちまで伝わってきた程だ。


「飛ばすのであれば、十全の力で飛ばしてやりたい。これは私のワガママだ。すまんな」


 謝るガボットさんに、


「分かりました。そうまで言われては引き下がるしかありません」


 と引き下がるサンドラさんに、話は終わったのか、と無言で立ち去るディーン。カルロスは拳を握り締めて喜びを噛み締めている。


「カルロスくん」


 ガボットさんに話し掛けられ、カルロスは慌ててガボットさんの方を向き直る。


「サンダーラッシュの事を宜しく頼む」


 差し出されるガボットさんの手を、強く握り返すカルロスだった。

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