第33話 明くる日

「おはよう~」


 決闘翌日。陽が暮れての夜間の長距離飛行は危険なので、俺やリオナさんは学院の寮に宿泊した。


 流石は貴族子女も通うネビュラ学院、良いベッドであり、前日の決闘の疲れもあり、俺はベッドに潜り込むなりぐっすり眠りに落ちたのだった。


 眠りで体力魔力を回復した俺が、次に求めるのは食である。空腹で目覚めた俺が、腹を擦り寮の食堂に足を運ぶと、既にカルロス、アイン、ショーンが食事を始めていた。


「おはよう!」


「おはよう」


「おはよう」


 朝から元気なカルロスと対照的に、アイン、ショーンはまだ眠そうだ。ワンプレートの食器を持って、俺はカルロスたちと同じ卓に座った。食事は黒パンに野菜のスープ、カリカリベーコンである。


「見られてるな」


 まずベーコンに齧り付きながら、俺はそう言った。他の卓に着く学生たちが、俺たちの卓を見ながらひそひそと何やら話している。


「それはそうだろう。六対百に勝っちまったからな。学院中俺たちの話題で持ちきりだよ」


 カルロスが勝ち誇った顔で語る。カルロスの大きな話し声が聴こえて、ビクッとなった卓がいくつか見えた。恐らく昨日決闘に参加した二年生たちだろう。


「でも昨日の勝利は凄かった。まだふわふわしている」


 眠たそうに訥々と語るアイン。しかし上気し頬が赤くなっている。それだけ昨日の興奮が残っているのだろう。


「何と言うべきか、昨日は本当にありがとう」


「それ、昨日から何度も聞いてるんだけど」


「いや、でも、皆がいなければ昨日の勝利はなかったから」


 勝利を噛み締めるショーンは、今にも泣きそうである。昨日からの事なので、俺たちは嘆息しながら食事を続ける。


「ブレイドくん」


 と声を掛けられ、口にパンを入れたまま声の主に振り向くと、ガイウスに、その後ろにはショーンをいじめていた五人組がいた。


「昨日は申し訳なかった。でしゃばった事をした。二年生を代表して正式に謝罪する」


 頭を下げるガイウス。意外と律儀なんだな。


「そしてショーンくん」


「はい」


「君への数々の嫌がらせ行為をしていた五人にも、正式に謝罪させる」


 五人組はやつれた顔でショーンの前に進み出る。昨日の決闘の疲れもあるのだろうが、決闘後に二年生全員から糾弾されていたのが堪えているのだろう。


「すみませんでした」


 五人揃って頭を下げる。


「それで許せと?」


 対するショーンの反応に、五人組はビクッとする。


「やはり謝罪だけでは許せないか?」


「彼らに嫌がらせを受けていたのは、僕だけではありませんから。他の人たちへの嫌がらせも止める、と誓って貰わなければ納得出来ません」


「ち、誓う。もう一年生に嫌がらせはしない」


 いじめのリーダー格が切羽詰まったように口にする。


「本当ですか?」


「本当だ!」


「なら謝罪を受け入れます」


 ショーンが謝罪を受け入れた事で、ホッとする五人組。


「ですが、今後また嫌がらせが発覚すれば、今度は退学を覚悟して貰います」


 ショーンの忠告に顔を引きつらせる五人組。


「分かった。いえ、分かりました」


 そう言うと五人組は逃げるように俺たちの卓を後にした。


「本当に迷惑を掛けた。あの五人に関しては、今後もしっかり注視していく。もう嫌がらせはさせないから、安心して学院生活を送って欲しい」


 そう俺たちに言い残すと、ガイウスも俺たちの卓を離れていった。やっぱり律儀な性格をしていそうだ。



 朝食後、俺たちは一年の竜舎に向かった。昨日の決闘を戦い抜いてくれたアルジェントたちの様子を見にくる為だ。


「やあ、おはよう!」


 エドワード会長ら厩務員が既に竜舎で働いていた。


「昨日の今日なのに、お早いですね」


「僕はここでの時間が一番安らぐんだよ」


 そう言うものなのだろうか? まあ、ここで竜たちと触れ合っている会長は生き生きしているが。


「アルジェント、少し飛ばしてきて良いですか?」


「ああ、良いよ」


 会長に許可を貰って、俺はアルジェントを竜房から出し飛行させた。コースは王都一周だ。朝の静謐な空気の中、王都上空をゆったり飛行するのは、とても気持ちが良い。


「アルジェント、昨日は良く頑張ってくれたな、ありがとう」


 鞍越しに俺はアルジェントを撫でる。それが気持ち良いのか、俺の気持ちが伝わったのか、アルジェントも良い声で応えてくれる。


 赤い屋根が並ぶ王都上空を飛行していると、前方に見慣れた竜影を発見する。空色のその竜影は、間違いなくシエロだ。


「リオナさん、おはようございます!」


 俺たちが追い付いて声を掛けると、リオナさんはニッコリ笑って、


「おはようございます、ブレイド殿」


 といつもと変わらぬ挨拶を交わしてくれる。しばし二騎で並んで飛行していると、リオナさんの方から声を掛けてきた。


「昨日は悔しくて眠れませんでした」


 良く見れば、目の下に隈が見える。


「こちらに正義がないのは分かっていました。実力がブレイド殿の方が上な事も。二年生が負けてホッともしました。でも、それでも私は全力で戦ったのです。だから悔しい」


 前方を見据えながらも、目元に涙を滲ませる程に悔しがるリオナさんは、やはり根っからの戦士だと思った。



「凄かったよ昨日の決闘!」


「ショーン、ありがとう! 僕たちの無念を晴らしてくれて!」


「お前ら強すぎたろ?」


 教室に遅れていくと、カルロスたちが他の一年生たちに囲まれていた。


「そうでしょそうでしょ? もっと褒めちゃって良いのよ?」


 マイヤーが調子に乗っている。ああいう浮かれたやつを見ると、こっちは冷めるものだなあ。と思いながら、俺はいつもの席に着く。と直ぐ様俺は一年生たちに囲まれた。


 褒め殺しに合いながら曖昧に返答していると、教室のドアが開かれ、ダン先生が入ってきた。それに気付かぬ一年生たちに、それを無視して授業を始めようとするダン先生。


「皆! 先生がもう来てるよ!」


 クラス委員長であるショーンの言葉に、ハッとして皆が席に着くより早く、ダン先生は授業を進めていた。あんな事があった翌日でも、ダン先生はいつも通りで、その事が浮かれた一年生たちを日常に引き戻してくれた。

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