第17話 月光の下

「アルジェント!」


 俺の声を合図に、アルジェントは騎竜に襲われる一台の豪奢な馬車へ向かって急下降していく。俺は木剣を木槍に変え、そしてスピードに乗ったまま直上から一組の騎竜に狙いを定め、木槍を一突きする。


「くぎゃあ!?」


 竜の乗り手はそのまま吹っ飛ばされ、竜は驚きどこかへ飛んでいってしまった。俺とアルジェントはそのまま馬車を追う二頭と並走する。


「くっ、貴様何者だ!!」


「何者だって、こっちの方が聞きたいよ。あんたら何者!?」


 こいつらの竜には竜狩り組合の首輪が付いていない。鎧も着ていないので竜騎士と言う事もないだろう。


「…………」


「…………」


「答えられないって事は、悪人決定だな」


「ま、待て! 我々は王都の竜騎士団の者だ!」


 嘘臭い。俺が木槍を構えると、馬車の窓が開き、女性が顔を出す。その顔には見覚えがあった。


「その者の言う事は本当です! 私、ベアトリクス・ガラクが、その者の身分を保証します!」


 馬車から顔を出したのは、王女様だった。


「え!? 王女様!? は!? どう言う事!?」


 訳が分からない。


「我々は身分を隠し、遠乗りでここまでやって来たのだ!」


 へえ、要はお忍びで遊びにやって来た訳だ。それでどうして馬車が全速力で走るような事に? それにさっきの悲鳴は? 会話をすればするほど頭に疑問符が浮かんでくる。


「それは、! 後ろ!」


 ベアトリクス様が説明しようとした所で、俺とアルジェントは何かを感じ取り、馬車から飛び退く。そこを巨大な何かが横切った。それに馬は驚き悲鳴を上げて脚を止める。


 横切った何かに視点を合わせれば、それが巨大な黒竜である事が分かった。その大きさは、先程飛んで逃げていった一頭の竜を口に咥えている程だ。そこらの成竜の三倍はある。


 黒竜は自分に皆の視線が集中したと気付くと、にやりと笑い口に咥えた竜をバリボリと食らい出した。その姿に背筋が凍る。


「おい、何やったんだ? あれは北の山の主じゃないか!」


 ウーヌム村を囲む四方の山には、それぞれ主と呼ばれる巨竜が生息している。生息していると言っても、一年中その山にいる訳ではないが、いつ戻ってくるかはその竜次第だ。


 そして今、俺の前で竜を全て飲み込んだのが、北の山の主、黒竜メラニゲルだ。


 背には四つの翼があり、大きな火袋から轟音を迸らせ、何より身体を被うその漆黒の鱗は間違えようがない。昔、父と一緒に北の山をゆったり飛ぶ姿を、遠くから見た事があったが、その時でさえ恐怖した。父は「出会でくわしたら最期だと思え」と言っていた。飛翔する災害である。


 竜を飲み干したメラニゲルは、またにやりと笑い、息を吸い込もうとしている。


「ブレスだ! 逃げろ!」


 俺の大声に竜騎士二組はその場から飛散するが、馬が怯えてしまって動けず、ベアトリクス王女は逃げ出せずにいる。


「くそ!」


 俺とアルジェントは仕方なくメラニゲルへと飛び出す。


「こっちだ!」


 そして今にもブレスを吐きそうなメラニゲルの前で、ぐるぐると回って注意を引き付けた。メラニゲルの視線が俺たちに向いた。


 掛かった! と内心ほくそ笑み、そのまま馬車とは反対方向へと空を駆けていく。


「アルジェント、くるぞ!」


 声が先かアルジェントが避けたのが先か、俺たちが今いた場所を、黒い波動が突き抜けていく。


 燃える森林、融ける大地。黒い波動の過ぎ去った跡は、大火事のように木々は燃え、巨人がシャベルで掬いとったように地は抉れていた。これはヤバい。


「これは、誰かの心配なんてしてられないぞ!」


 俺は木槍を投げ捨て、取っ手を両手で握り締める。俺が態勢を前傾姿勢にするやいなや、アルジェントは最高速でその場から逃げ出した。


 とてつもない咆哮が後方から響いてくる。それに心臓をぎゅっと掴まれるが、ここで振り向いてはいけない。と本能が告げていた。


 咆哮がまた聴こえる。今度はさっきより近い。メラニゲルがこちらを目標に近寄ってきているのだ。咆哮が聴こえる。振り向いてはいけない。咆哮が聴こえる。振り向いてはいけない。咆哮が聴こえ、ビクッもなって俺は、俺とアルジェントは振り向いてはしまった。


 大顎が直ぐ目の前に迫っていた。俺とアルジェントは直ぐに急旋回急上昇しようとするが、メラニゲルの前足ではたき落とされてしまった。


 俺とアルジェントは地面に勢い良く叩き付けられ、まず息が詰まり、その後に激痛が全身を襲う。そしてメラニゲルが俺たちの前に降り立った。


 ああ、ここで俺は死ぬのだ。俺はそう悟ったのだが、アルジェントは違った。アルジェントは傷付いた身体でメラニゲルの前に立ち塞がり、俺を庇おうと身体を広げてみせる。そうか、お前はまだ戦う気なんだな。それが契約の鎖越しに伝わってきて、それが俺に勇気を与えてくれる。


 しかし相手にとってそれはどうでもいい事象のようで、メラニゲルは大顎を開くと、あの黒い波動を放つ準備を始めていた。


 俺は痛む身体を引き摺りながら、アルジェントの下にたどり着くと、アルジェントに勇気を与えようと、ひしと抱き付いた。お前なら出来る!


「アルジェントーー!!」


 俺の声に呼応するかのように、アルジェントの銀の鱗が月光のように光輝き、アルジェントの咆哮が夜空にこだまする。そしてその口からは月光のようなブレスが迸った。


 アルジェントのブレスは、メラニゲルのブレスを切り裂き直進し、メラニゲルの左目を傷付けた。吠えるメラニゲルは、その場で痛がり暴れだす。


「今のうちに逃げるぞ!」


 メラニゲルが痛がって我を忘れているうちに、俺とアルジェントはその場から脱出したのだった。



「ああ、生きていたのですね勇者様!」


 勇者様? ほうほうのていで逃げてきた俺には相応しくない渾名だ。


「俺の呼び名なんてどうでも良いんですけど、俺が死にかけた理由ぐらいは教えてくれても良いですか?」


 俺はベアトリクス王女から貰った回復ポーションを、アルジェントと二人で飲みながら、事の次第を尋ねる。


「あれは私が別荘の庭で休息をとっていた時の事です。どこからともかく現れた鳥に、我が王家の秘宝マニュスの眼を奪われてしまったのです。それを取り戻そうと竜騎士たちが奮闘した結果……」


「メラニゲルの巣に足を踏み入れてしまった、と?」


 首肯するベアトリクス王女。王女が見せてくれたのは、拳大の大きさの魔核が嵌め込まれはネックレスだった。他にも大小様々な魔核が嵌め込まれている。確かにこれが奪われたとなれば一大事だろう。


「多分盗んでいったのは、ブーブー鳥ですね」


「ブーブー鳥?」


「その名の通りブーブー鳴く鳥ですよ。メラニゲルの巣の近くが群棲地で、光り物が好きで集める習性があるんです」


「それで」


 ブーブー鳥からしたら、最上級のお宝が無防備に転がっているように見えたんだろう。言わないけど。


「事情は分かりましたけど、余り無茶はしないで下さい。王女様が亡くなると、国中が悲しみます。今回、人死にも出ていますし」


 俺に木槍で突かれた竜騎士は、相棒の竜がメラニゲルに食われて亡くなった事で、契約の鎖の効果で亡くなった。契約の鎖。恩恵が大きい分、そのリスクも大きそうだ。


 俺たちは回復ポーションのお礼をすると、ベアトリクス王女にお暇を頂き家へと飛んで帰っていった。道中腹の虫が鳴き、まだ夕飯を食べていなかった事を思い出した。

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