第18話 段階が上がった

「皆! アルジェントがブレスを吐いたんだ!」


 家に帰った俺は、大喜びで皆にアルジェントがブレスを吐いた事を報告した。


「ふん、良いから飯を食え。まだ夕飯を食べていないのお前だけだぞ」


 と父に席に着くように促される。俺が慌てて席に着くと、母が台所から蒸かし芋を持ってきてくれた。


「もう、ボロボロじゃない。今すぐ着替えてきなさい」


 芋を持ってきた母に言われ、俺は自分がボロボロになっていた事に改めて気付いた。周りを見ると皆が呆れている。俺は恥ずかしくなって直ぐに寝室に引きこもり、ボロボロになった服を着替えた。そうしてリビングに出てくると、


「良かったわね」


「やったねお兄ちゃん!」


「やりましたねブレイド殿!」


「おめでとうございます」


 母、ノエル、リオナさん、ナオミさんは喜んでくれた。嬉しくなって父からもお褒めの言葉を貰おうと、じっと見遣る。


「ふん、明日実際に見てからだ。今日はもう飯食って寝ろ」


「ええ、メラニゲルにも一撃与えたのに」


「ブレイド、メラニゲルと遭遇したのか!?」


 全員に驚かれてしまった。


「メラニゲルと言うと、あの黒竜メラニゲルですか!?」


 リオナさんが興味津々と身を乗り出してくる。


「ブレイド、メラニゲルの巣に近付いたんじゃないだろうな?」


 父からは一睨みされる。


「まさか! 王女様の馬車が襲われていたから、助けに入ったんだよ!」


「王女様の馬車が!?」


 全員の俺を見る目が疑わしいものに変わった。


「本当だって! 俺だって王女様が乗ってて驚いたんだから!」


「ブレイド」


「何?」


「夢を見てたんだな。寝過ごしてこんな時間になったんだろう?」


「本当だって!」


「そんな荒唐無稽な出来事が起こる訳…………いや、無いとは言い切れないか」


 父も何か思い当たる節があるのか、首を捻って過去を振り返っている。それをじっと見詰める俺たちの視線に気付いたのか、父は頭を振る。


「ふん、本当かどうかは明日アルジェントがブレスを吐くのを見れば分かる事だ」


 その場ではそう言う結論に至り、明日朝一でアルジェントにブレスを吐かせる事で決まった。



「ぱふ」


 いつものようにアルジェントの口からは異音が出てきた。我が家の前で、昨日のように格好いいブレスを吐いてくれると期待していたのだが、出てきたのは異音と燻った煙だけであった。


 あー、ええと、…………俺が皆の方を振り返ると、白い目でこちらを見ていた。


「ほ、本当だって! 昨日はブレスを吐いたんだよ!」


 何を言っても信じてくれそうにない雰囲気だった。


「今日はより厳しくしごくからな」


 腕を組んで俺を睨む父。それに同意するようにうんうん頷く母がいた。いつもなら味方してくれるリオナさんも、仕方なさそうに同情の視線をこちらへ向けている。



 斬岩が出来るようになったので、父との修行も段階が上がった。すらりと父が腰から抜いたのは真剣である。そんなの持ってたんだ。と驚く俺の前で、剣を構えた父の姿が消える。次の瞬間には首の前まで剣が迫っていた。


「うおっ!?」


 俺は慌ててけ反り、握っていた木剣を父に向けて振るう。が、それは簡単に父の剣に両断されてしまった。


「くっ!?」


 慌ててその場から飛び退くが、追い縋る父。俺は慌てて切られた木剣を魔法で元の木剣に戻し、父の一撃に備えるが、それは父の真剣でぶった切られる。


 距離を取っては距離を詰められ、木剣を生成しては切り刻まれる。その連続だ。父の真剣に負けないように、と木剣を生成する度硬度を上げていく。しかし父の真剣は、それを絹のように簡単に切り裂いていくのだ。


 どれだけ強度硬度を上げて言っても、父に切られるので、俺は剣術の方を上げていく。刃と刃でぶつかると切られる。刃の腹と腹をぶつけるようにする事で、父の攻撃を何とか止めた。


 にやりと笑う父。昨日のメラニゲルを思い出し、背筋がゾッとする。父の攻撃速度が上がる。上、横、斜め、下、突きと変幻自在の父の剣を、俺はヒーヒー言いながら受け流す。かすれば血を噴き、一瞬でも気を抜けば命が危ない。


 どんどん速度が上がる。上がる。上がる。ノエルとナオミさんが呼びにくるまで父の剣を受けきった俺の木剣は、細い小枝のようになっていた。


「大丈夫ですかブレイド殿?」


 リオナさんが心配して声を掛けてくれるが、息が上がって頷くのでやっとのだった。



「さあ、どんどんいくわよ!」


 午後の母の修行は昨日と同じ。俺が生成する木のナイフを母が鉄のナイフで真っ二つに切っていくのだ。午前の父と言い午後の母と言い、なんだろう、俺の心を折りにきているのかな?



 終わった。闇に沈む夕陽を眺めながら、心身共にボロボロの俺を、アルジェントが寄り添って慰めてくれる。


「アルジェント。あれは幻でも夢でもないよな?」


 アルジェントを撫でながら、昨夜のメラニゲルとの戦いを振り返る。メラニゲルと戦い、死にかけ、月光のようなブレスを吐くアルジェント。あれは絶対、幻でも夢でもなかった。


「グワオオオオオオ!」


 アルジェントは俺を肯定してくれるように、天に向かって一鳴きする。鱗が銀色に輝いている。まるで昨夜ブレスを吐いた時のようだ。…………!


「アルジェント、その状態でブレスを吐いてみてくれ!」


 俺の意図を汲み取ったアルジェントは、更に身体を銀光に光らせ、大口を開けてブレスを吐き出した。


 そしてアルジェントの口から迸る、月光のような鋭いブレスが、空を切り裂き、宙を貫き、天を焦がす。


「やった! やったぞアルジェント!」


 俺とアルジェントはブレスが吐けた事に喜び、二人手を繋いで喜び合っていると、家族が何事か、と家から顔を出してこちらを見ていた。



「う~ん。アルジェントは特定条件下でなければ、ブレスを吐けないのだろう」


 と腕組みをする父。


「特定条件下?」


「メラニゲルとの戦いの時、そして今夜と、どちらも夜だろう? もしかしたら夜でなければアルジェントはブレスを吐けないのかも知れない。竜の中には稀にそう言う特定条件下でないと力を発揮できないタイプがいるんだ」


「そんな……」


 俺はガクッと崩折くずおれる。


「だが、悪い事ばかりではないぞ。ブレイドの話を信じるなら、アルジェントのブレスはメラニゲルを傷付けたんだよな?」


 俯きながら首肯する俺。


「特定条件下で強さを発揮するタイプは、条件さえ整えば、一般の竜を超える能力を発揮するからな。メラニゲルに傷を付けたのも頷ける」


 おお! これは良い事なの……か?


「でもどうなのかしら?」


 とは母。頬に手を当て疑問を呈する。


「夜に強くなる竜や魔物はそれなりに一般的だわ。その条件でまだ成長途中のアルジェントがメラニゲルに傷を付けられるかしら?」


 まあ、あの黒い巨体は恐怖の具現化のようだったからな。母がそう思うのもさもありなん。


 この日から夜にアルジェントのブレス特訓が始まった。結果、アルジェントは月の影響を強く受ける事が分かった。月が満月の時、アルジェントのブレスは最大の威力を誇り、新月の時にはブレスを吐く事も出来ない。また、曇りや雨で月が隠れている時も、ブレスが吐けない事が判明したのだった。

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