第16話 絹を裂く
二頭の竜が空を駆け、体当たりを繰り返し覇を競う。爪で引っ掻き、牙で食らい付き、首や尾を鞭のようにしならせ相手にぶつける。空色の竜が少し怯んだ所で、強烈なブレスをお見舞いしよう。
「ばふっ」
しかし変な音が口から出ただけで、アルジェントはブレスを吐く事が叶わなかった。
そこにきてシエロの冷気のブレスを受けて、アルジェントは森に叩き付けられてしまう。
「大丈夫ですか? お二人共?」
シエロに乗ったリオナさんが心配して駆け寄ってきてくれたが、木々が良いクッションになったので、かすり傷程度だ。
「大丈夫大丈夫」
俺は手を振って無事をアピールし、アルジェントも直ぐに態勢を立て直して空へ飛び立った。
「しかし、やはりアルジェント殿はブレスが吐けないようでね」
そうなのだ。今まで必要でなかったから気にしていなかったが、アルジェントはブレスを吐けない。理由は分からないが、幼竜には良くある話だと父は言っていた。
「シエロは冷気のブレスを吐くでしょう? それはどうやって覚えさせたの?」
「さあ? 私がシエロと契約した時には、既にブレスを吐けていましたから。どうやったらブレスを吐けるようになるかは分かりません」
そう言えば、普通は成竜と契約をするんだよなあ。俺みたいに幼竜の頃に契約を交わした人間は珍しいようだ。きっとブレスは親から子に伝授されるものなのだろう。しかしアルジェントの親は……
「ブレイド殿、どうかなさりましたか?」
俺はハッとしてリオナさんの方を見遣る。彼女は不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
「いや、何でもない。もう一度付き合って貰える?」
「一度ならず何度でも付き合いますよ!」
アルジェントのブレス特訓は日が暮れるまで続けられたが、一向に覚えられる気配はなかった。
「何でだと思う?」
夕食時、父にブレスの件を相談するが、
「ふん、理由はその竜一頭一頭によって違うからな。契約者と竜自身が『これだ』と言う問題を解決し、答えを導き出さなければならない」
と言われてしまった。
「アルジェントよ。お前はどうなんだ? ブレスが吐けないってのは、苦しくないのか? 辛くないのか? 悔しくないのか?
夜中に竜舎で横たわるアルジェントの鱗を撫でながら、俺は尋ねるが、会話が出来るはずもなく、ただ心と心を繋いだ契約の鎖を通して、やる気のようなものが
「そうだな。アルジェントなら出来る。二人でやってやろうぜ」
俺の言葉に呼応するように、胸に巻き付く鎖が熱くなるのが感じられた。
次の日からアルジェントは独自に特訓を開始した。シエロに横でブレスを吐いて貰い、それを真似する。口の形がいけないのか? と色んな口の形をしてみたり、態勢が悪いのか? と色んな態勢になってブレスを吐こうと努力を続けていた。
しかし一向にブレスは覚えられなかった。俺自身も修行があったので、アルジェントだけに構ってもいられなかったと言うのも……これは言い訳だな。
「よし、アルジェント! 気分転換しよう!」
昼食後、午後も頑張ろうと意気込むアルジェントに、気分転換を申し入れる。
「グアア?」
「俺の修行は大丈夫なのかって? 見てろ」
俺はその辺の小枝をひょいと掴むと、小枝に魔力を通し、木剣へと変化させる。そしてその木剣で持って、側の岩を斜めに切り裂いてみせたのだ。驚くアルジェント。ふふん、この為に必死になって修行した甲斐があった。
「グアア」
午後は母の魔法修行があるだろって?
「ふふん、バレなければ何て事はないのだよ」
「バレなければね」
ガシッと頭を母に掴まれた。そして力ずくで母の方を向かせられる俺。母の顔は絵物語の魔王のようだった。
「何か悪いなアルジェント。こんな夕方になっちまって」
夕闇に染まる大空を、俺はアルジェントに跨がり駆ける。
午後の修行は厳しかった。斬岩が出来るようになったので、いよいよ斬鉄の修行に突入した。
やったのは木のナイフを作ると言う簡単なもの。今の俺ならそれぐらいパッと作れる。そして母の鉄のナイフでスパッと切られる俺が作った木のナイフ。
「あ、あの……?」
「次」
どんどん来いと母はウェルカム状態で待ち受けている。覚悟した俺は、出来るだけ硬く頑丈になるように、木のナイフを作成していくが、それをまるで柔らかな絹でも切り裂くように切っていく我が母。どんどん作る俺。どんどん切っていく母。気付けば夕暮れになっていた。
「今日はここまでにしましょう」
何百本とナイフを作ったが、全て母のナイフで切られてしまった。おかしい。俺の今の実力なら、この木のナイフでも岩を切り裂けるはずだ。
俺は外に出ていって岩目掛けて木のナイフを振るった。岩は確かに真っ二つになった。よし。ちゃんと出来るじゃないか。と思った矢先、母にナイフを取り上げられ、今さっき岩を真っ二つにした木のナイフを、鉄のナイフで真っ二つにされてしまった。もう、おかしいよ。
そんな訳で、アルジェントの心を癒すどころか、俺の心を癒す飛行となってしまった。
橙から紫、黒へと変わっていく夕闇空。天上では既に一番星も月も輝いている。それに合わせて月光を浴びたアルジェントの鱗が、淡く光輝いている。それはまるでアルジェントの親竜ボーンハイムのようだった。
「キャアアアア!!」
そんなゆったり優雅な時間に、まさか絹を裂くような乙女の叫びを聴く事になるとは思わなかった。
アルジェントと二人で地上を見ると、馬車が三組の騎竜に襲われている。
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