第15話 修行開始

 汗が噴き出る。したたる汗が顔を伝って顎から落ちるのを、顎を腕を拭って汗を拭くのだが、腕が汗びっしょりなので、それもままならない。


 俺とリオナさんは父指導の下、剣術の修行をして、いる訳ではない。家業の薬草採りをしている。なんだかんだ言っても生活が懸かっているし、村には、これから作られる回復ポーションに救われる命があるからだ。


 それでも採取する人数が一人多くなった事もあり、採取時間は短縮されるようになった。


 背負子しょいこいっぱいに薬草を摘んで帰ると、昼飯にはまだ早いと母に言われ、「さて剣術の時間だ」と父が笑う。これを聞いてリオナさんが「着替えて参ります」と部屋に戻っていったので、俺はリビングで手拭いで汗を拭う。と、


「女の子がいるんだから、貴方ももう少し恥じらいを覚えなさい」


 などと母に言われ、着替えてくるように母に寝室に押し込められてしまった。仕方なく俺は汗びっしょりの上着を脱ぐと、洗濯の終わった服に着替える。


 この洗濯をしたのはナオミさんだ。流石はメイドさん。今まで母が錬金術と平行して行っていた家の家事を、一手に引き受けてくれたので、母は大助かりで錬金術や魔法の研究に没頭している。



「さあやるぞ!」


 着替えを済ませた俺とリオナさんは、家から少し走っていった先の原っぱにやって来た。ここら辺は岩が林立しているので、陽光が良く入る。


「先ずはおさらいからだ。ブレイド、斬岩は出来るな」


 首肯する俺。


「リオナさんはどうだ?」


「斬岩ですか。真剣なら出来ますが、木剣では流石に……」


「ふん」


 父は顎に手を添えて何か考えている。


「取り敢えず斬岩が出来ないと先の斬鉄に進めん。一度どれくらいの実力か、ブレイドと試合ってみせてくれ」


 との父の指示で、俺はリオナさんと一本勝負をする事になった。



 俺とリオナさんは、互いに間合いの外に相対し、木剣を構える。明茶の瞳がやってやると俺を見据えていた。


「始め!」


 父の開始合図を機に、リオナさんが木剣を上段に構えてこちらに突っ込んでくる。はあ。


 剣の間合いとなり、振り下ろされるリオナさんの木剣。しかしそんな大振り、俺からしたらかわしてくれと言っているようなものだ。


 俺はスッと身体を半身にしてリオナさんの攻撃をかわすと、大振り直後で姿勢の制御が効かないリオナさんの腹に、木剣を振り当てる。


「うげっ」


 リオナさんは腹を押さえてその場にうずくまった。


「それまで」


 父は少し呆れて終了を告げた。


「お強いですね。流石ブレイド殿」


「いや……」


 俺には言えない。リオナさんが弱いとは。


「よし。リオナさんは先ずは素振り一万回からだな」


「はい! 分かりました!」


 父の苦肉の策にも、リオナさんは元気に返事をする。そして早速素振りを始めるリオナさん。だが父がリオナさんが素振りを一回する度に姿勢を直していく。これは時間が掛かりそうだ。


 手持ち無沙汰で俺もなんとなく素振りをしていると、父に、「お前はこれだ」と木剣を取り上げられ、その辺に落ちていた枝を渡される。


「これって、え? 何? どうしろと?」


 訳が分からず俺が当惑していると、


「それを木剣に変えて斬岩をするんだ。一回斬岩をする度に枝を代えろ」


 おお、中々ヘヴィな注文だな。俺はそんな文句は心に押し込め、「分かりました」と返事をすると、細い枝を魔法で太く真っ直ぐに成長させ、錬金術で形を木剣に変えて硬度を上げる。


 そして手頃な岩に向き合うと、俺は大上段に急造の木剣を振りかぶり、勢い良く振り下ろした。


 ガキンと言う音と共に、急造の木剣は砕け散った。対する岩は少し欠けている程度だ。


「ふん、魔力の練り込みが甘い。剣自体の出来もだ」


 リオナさんに掛かりきりのはずの父が、背中で語る。背中に眼でも付いているのだろうか?


 俺は急造の木剣をポイッと捨てると、その辺から適当な枝を拾い、今度は深く魔力を練り込んでから、魔法で枝を成長させて、……させ過ぎた。一抱えある丸太になってしまった。



 その後も俺とリオナさんの修行は続いた。リオナさんさんは相変わらず父に剣の振り方がなっていないと指摘されているし、俺は枝を木剣に変えるのに大苦戦していた。


「お兄ちゃん! お父さん!」


「リオナ様」


 そうこうしているうちに、昼飯の時間だとノエルとナオミさんが呼びにきたので、修行は一時中断。昼飯を食べに家に帰った。


「どう? 修行の方は?」


「はい! とても勉強になっています!」


 リオナさんはハキハキとそう答えているが、リオナさんが今やってるのって、本来の修行の前の前段階。基礎中の基礎だと思うんだけど。


「ブレイドは?」


「枝を木剣に変える修行をしてるんだけど、魔力の練り方が難しい。枝が大きくなり過ぎたり、そのくせ脆かったり」


「魔力量を一定に安定させるのが難しいのね」


 魔力の安定化か。成程、確かに俺は大きな枝の場合は、余り成長させる必要がないから少ない魔力を枝に流し込み、小さな枝の場合は、かなり成長させないといけないからと大量に魔力を送り込んでいた。これじゃ駄目だと言う事か。


 枝の大小に関わらず、一度に枝に流す魔力を一定にすれば、大きい枝なら短時間で、小さな枝なら長時間で成長する。掛かる時間で安定化させれば良いのか。そして慣れてきたら流す魔力を多くしていけば時間も短縮出来る。


「母さん、良いアドバイスありがとう」


「あら、良いのよ」


「スィードはブレイドに甘い。自分で見付けないと成長に繋がらないだろ?」


「これぐらい良いじゃないの」


 そう言いながら母さんは、シチューに入っていた肉を一個、父の器に入れて上げるのだった。



 午後からは母に錬金術や魔法を習う。リオナさんも流石ネビュラ学院に通っているだけあって、攻撃魔法をいくつか使えるようだ。


「ウォーター・ニードル!」


 リオナさんの突き出した指先から、糸のように細い水刃が飛び出し、前方の岩を穿つ。


「ウインド・カッター」


 振るった腕から風刃が飛び出し、岩に傷を刻む。


「まあまあね」


「まあまあだね」


 リオナさんは自信満々だが、母や俺から見れば、威力は今一つだ。


「先ずは一度に放てる魔力量の増量を計りましょう」


「はい!」


 返事は良いんだよなリオナさん。母は家の中に引っ込むと、しばらくしてクズ魔核を持って帰ってきた。クズ魔核は小型の魔物から取れる魔核で、魔力容量が少なく魔導器にも使えない代物だ。


「これに魔力を流して破壊して貰います」


 この修行、俺も昔やったが、中々大変なのだ。魔核と言うのは案外頑丈で、鉄のナイフなどでは傷付かない。この頑丈な魔核を、魔力を込める事で魔力を飽和状態にして内側から破壊する。


 込める魔力が少ないと、クズ魔核から魔力が外に放散して砕けないので、クズ魔核を破壊する為には、一気に大量の魔力を流し込まなくてはいけない。


 だがこれが出来るようになると、魔法の威力が段違いに上昇する。リオナさんには頑張って貰いたい。


「俺は何をすれば良いの?」


 母に尋ねると、俺は午前中と同じ枝を木剣に変える作業だそうだ。いやまあ、良いけどね。



「疲れたあ」


 夕食の時間となり、リビングのテーブルに突っ伏すと、母に行儀が悪いと叱られた。しかし疲れたのだ。久々に魔力を限界まで使った気がする。


 枝を木剣にする修行は、俺が考えていた以上に繊細で、出来上がりは子供の玩具と言う出来映えばかり。これは上手くいったか? と言う出来のものでも斬岩をこなせるレベルにはなっておらず、砕けて手が痺れる。今も手が痺れている程だ。


 それはリオナさんも同じだったらしく、夕食でスプーンを何回も落としていた。分かる。あの修行大変だよね。



 夜中の事だ。身体は疲れているのに、頭が冴えて眠れない。一度起きて水でも飲もうと台所脇の甕まで行くと、外から何か物音が聴こえる。


 こんな人里離れた山小屋に泥棒か? でもそれならアルジェントが騒いでいるはずだ。と俺は思いきって玄関扉を開けて外に飛び出す。


 そこでは、リオナさんが素振りをしていた。


「何してんの?」


「素振りです。まだ一万回振っていませんでしたから」


 何も律儀に一万回振らなくても。父だって適当にデカい数言っただけだと思うよ。しかし真剣に素振りをするリオナさんに、それを伝えるのは憚られ、だからと言ってこのままリオナさんを一人でいさせるのもどうかと思い、俺はリオナさんの近くに腰を落とし、枝を木剣に変える修行をし始めたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る