第13話 弟子志望

 ドシンと言う音と振動で、組合所からお姉さんたちが出てきた。


「それは、ワイバーン……ですか?」


「ええそうです」


 質問に首肯して答えると、


「おお! こんなに早く退治してきてくれるとは思いませんでした!」


 と大喜びのお姉さん。組合所に詰めていた竜狩りたちも、これがワイバーンか、といった感じで、ある者は遠巻きに、ある者は触れてみたりしている。そんな中で俺は先輩四人に話し掛ける。


「すみません、今回も解体頼んで良いですか? 俺も向こうで解体を試みたんですけど、俺のナイフじゃ鱗が堅くて解体出来なくて」


 と話し掛けるが、四人は互いに顔を見合せ首を横に振るう。


「俺らでも無理だな。ワイバーンは鱗も皮も亜竜の名を冠するに相応しい硬度だ。頼むんなら、革具屋に頼んだ方が良い」


 との助言を貰う。成程、革具屋か。俺はお姉さんに後で革具屋にお願い出来るか尋ねると、了承を貰った。


「ところでブレイドくん。その、ブレイドくんの後をくっついて歩いている。何とも所在無さげなお嬢さんは誰?」


 お姉さんの質問に、他にいた周りの竜狩りたちも深く頷く。まあ、気になるよね。


「私の名前はリオナ・バンシャンと申します。山脈でワイバーンと戦っていた所をブレイド殿に助けられ、弟子入りしたくこうして付いて参りました」


 黒に近い濃茶の髪にそれより明るい茶色の瞳。胸元まである髪は首の後ろで縛り、邪魔にならないようにしている。凛々しい美人といった感じだ。そしてそれは全身を真っ青の鎧に包んでいる事で、より一層そう感じさせる。


「バンシャンって、南のバンシャン領のバンシャン?」


 ウーヌム村は王家直轄領の西端で、ここから山を越えると、貴族が領主を勤める貴族領となっている。バンシャン領は南の山の更に向こうで、確かバンシャン伯爵が領主のはずだ。


「はい。父はバンシャン領で領主をしております」


「お貴族様でしたか」


 その事に気付いて皆が頭を下げようとするのを、リオナは慌てて止める。


「いえ、頭を上げて下さい。今の私は領主の娘ではなく、ブレイド殿の弟子ですから」


「うん。そもそも弟子にした覚えがない」


「ええ!? そんな!?」


 ワイバーンの死体を運ぶのに、アルジェントだけでは大変だろうから、リオナさんの竜にも手伝って貰っただけなのだが、いつの間にか弟子入りした事になっていた。


「どうするのブレイドくん? リオナさんすっごい落ち込んでるけど?」


 お姉さんにそう耳打ちされましても。どうしたものか。もう夜になろうかと言う時間だ。今から南のバンシャン領まで飛んで帰れと言うのも酷な話だよなあ。



「なのでウチに連れて来たんだけど。良かったかな?」


 村には宿泊施設がほぼ無い。一番大きいのが竜狩りの組合所だが、一部治安の悪いそこに、貴族のご令嬢を泊めるのはどうなのか? と言う事で、お姉さん判断でウチの山小屋に来て貰った。


「ふん、連れてきてから言うんじゃない」


「夜分に申し訳ありません」


「あら、良いのよ。お客様は大歓迎よ」


 父は警戒しているのか複雑な顔をしているが、母とノエルは大喜びだ。これは久々に肉が食えそうである。


 夕食はやはり豪勢な物となった。グレートボアの塩漬け肉をメインに、スープにも具が多く、普段は蒸かし芋なのに今夜はパンである。


「で、どうだったんだワイバーンは?」


 話の話題はやはりワイバーン退治の事となった。


「凄かったです。流石は師匠といった感じで、二頭のワイバーンを一組で見事に倒してみせてくれました!」


「いや、リオナさんには聞いてないんだが」


 俺とアルジェントのワイバーン退治の様子を、手を使って大仰に説明するリオナさんを、父がピシャリと制止する。しゅんとなるリオナさん。まあ、見事と言うには語弊があったしね。


「そうだね。おれ自身の能力の低さを痛感したよ」


 俺がそう言うと、リオナさんが信じられないと言う顔でこちらを見てくる。


「この木剣じゃワイバーンの鱗を傷付けることが出来なかったんだよね。最後もアルジェントにトドメを刺して貰わなくちゃいけなかったし」


 これから竜狩りを続けていくなら、武器のレベルアップは必須条件だ。せめて真剣が欲しいなあ。などとワイバーンとグリフォン退治の報酬で、剣か槍を買おうかと思っていると、


「あらぁ、じゃあ錬金術をもっと練習して、竜の鱗も切れるぐらいにしなきゃ駄目ね」


「剣術自体のレベルの向上も必須だ」


 とは両親。いや、そう言う事ではなく、母は何やらニコニコしているし、父も何故うんうんと頷いている?


「流石です!」


 リオナさんも目をキラキラさせながらこっちを見ないでくれるかな。真剣が欲しいって言い辛くなるでしょ?


「あのブレイド殿の、木を自在に操る術は錬金術なのですね! 私にそれをご教授願えないでしょうか?」


「あら、私の修行は厳しいわよ?」


「望む所です!」


 うん。リオナさん、何か俺じゃなくて母に弟子入りしそうな勢いなんだけど。


「ブレイド、お前には明日から斬鉄の訓練を始めて貰う。良いな?」


 良いな? って言うか決定事項だよねそれ? 斬鉄? なにそれ? 木で鉄を斬れってか? また無茶な事をさせようとする。


「まあ、斬鉄が覚えられるのですか! 私も覚えたく存じます!」


 リオナさんもしゃしゃり出てこないで。


「ほう? 斬鉄は一朝一夕で出来る技じゃない。もしかしたら一生懸けても修得出来ないかも知れないぞ」


「例えそうだとしても! 斬鉄には、一生を懸ける価値があります!」


 真剣な眼差しで互いの眼を覗き込む父とリオナさん。


「良かろう。リオナさん、だったな。君に斬鉄を教授しよう」


「ありがとうございます!」


 ああ、何かなし崩し的にリオナさんが山小屋で修行する事になっていってる。


「頑張りましょうブレイド殿!」


「え? あ、うん」


 俺の真剣が遠退いていく。

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