第9話 対グリフォン

 アルジェントの背に付けられた鞍。その先端には取っ手が備え付けられ、それを両手でグッと握り、前傾姿勢をとる。足の力はあぶみに押し込み、前方からの強烈な向かい風に俺は備えた。


 アルジェントが一声いななく。これから速度を上げるとの合図だ。俺が更に全身に力を入れると、アルジェントの火袋から轟音が響き渡り、俺の身体を振動させながら、アルジェントは上空へと急旋回して上昇していく。


 雲を何段も突き抜け、人はおろか建物どころか村さえ虫のような小ささになる程の高度で、一旦停止したアルジェントは、今度は急発進して地上と水平に空を駆ける。右旋回、左旋回、横に一回転、縦に一回転と、正に大空の覇者であると誇示するかの如く、空を切り裂き宙を突き破り前進する。



「凄かったです!」


 地上に戻ると、組合のお姉さんと革具屋の男が待っていた。お姉さんは竜が空を駆ける所なんぞ見慣れているだろうに、アルジェントが駆けた姿を褒めてくれた。


「どうだ鞍の調子は?」


 革具屋の男は十日で鞍を仕上げてくれた。もっと掛かると思っていたが、丁度手透きだったとの話だ。


「良いですね。今まで鞍無しで乗っていたのが、いかに危険だったか分かりました。凄く安定します」


 アルジェントの鞍は、魔猪まちょグレートボアの革で作られており、所々に魔核を埋め込む事で、強度が増している。取っ手もグレートボアの牙から作られており、手に馴染む仕様だ。惜しむらくは、


「ただ俺の体力がついていきませんけど」


 俺はその場に仰向けに倒れ込んだ。魔法で身体強化はしているが、アルジェントの高速度に身体がついていかない。あの速度を出されると、俺は取っ手にしがみついているのでやっとだ。もっと修練が要りそうである。


 青空を見上げていると、アルジェントとお姉さんと革具屋に、心配そうに顔を覗き込まれた。



「南の山を突っ切ろうとすると、複数のグリフォンに襲われる。ねえ」


 鞍が完成した翌日、組合の依頼を受け、俺とアルジェントは南の山にやって来た。今、南の山は通行禁止となっていたのだが、そうとは知らなかった小さな商隊が、山を越えようとして襲われたのだ。


 人死にも出た事で、事態は急を要するに案件に代わった。商隊の生き残りの話では、グリフォンは相当数存在するそうだ。


 上半身は鷲で下半身は獅子の魔物グリフォン。空を飛べる魔物としては、かなり狂暴で危険度が高い。


 ウーヌム村や南の山向こうの町でも討伐隊を結成し、対処していたが、中々厄介らしく、未だに退治仕切れていないとの話だ。


 今回、ウーヌム村からは俺とアルジェントを含む五組の人竜が討伐隊を結成し、グリフォン退治に挑む。


「まあ、無理はしなくて良いから! 危ないと思ったら逃げ出してくれ!」


 先輩竜狩りの男は、アルジェントに並んで飛びながらそう言う。


「何より命あってのものだからな!」


「はい! 分かりました!」


 今回の一件は直ぐに王都にも届けられ、王都守備隊や竜騎士団からも討伐隊が派遣される事になりそうだと言う。今回の俺たちの仕事は、こっちでも仕事をしてます。怠けていません。とのアピールらしい。なんだかなあ。


「もうすぐ山だ!」


 先を行く竜狩りの声で前方を見ると、直ぐ近くまで山肌が接近していた。俺たちは各竜を山肌に沿って上昇させていく。


 どんどん高度を上げていくと、山頂付近が騒がしい。魔法で強化した目を凝らすと、多数のグリフォンが視認出来た。思っていたより数倍多く、二十頭はいる。


「ちっ、とにかく無理はするなよ!」


 先輩竜狩りは俺に念押しして、先行してグリフォンの群れに突っ込んでいった。


「初陣だ。気張れよ」


 俺が一声掛けて鞍越しに背を叩くと、アルジェントも一声鳴いて応えてくれる。俺は片手で木剣を抜いてそれを槍に変えると、もう片方の手で取っ手をしっかり掴む。


 ギャアギャアと耳障りな声が前方から聴こえる。戦闘が始まったようだ。と思っていたのも束の間。先行した四組の人竜は、直ぐに急旋回すると、山肌を滑るようにこちらに舞い戻ってきた。


「へっ?」


 呆気に取られる俺とアルジェントをその場に取り残し、四組の人竜は山から逃げ出していた。四組を見送った俺たちは、その場に留まっていた事で、いつの間にかグリフォンの群れに囲まれていた。


「ギャアギャア!!」


「ギャアギャア!!」


 俺たちを取り囲んだグリフォンたちは、数的優位で俺とアルジェントに既に勝った気になっているようだ。鋭い爪とくちばしで一撃離脱を繰り返してくる。これはやるしかない!


「アルジェント!」


「グアアッ!」


 アルジェントも気持ちは一緒のようだ。火袋の炎が熱く噴き出す。


「ギャア!!」


 鋭い爪で襲い来るグリフォンを、アルジェントは横に回転してかわし、俺はカウンターで木槍をグリフォンに突き刺す。


 一頭仕留めたからといい気にはなれない。仲間をやられた事でグリフォンたちが、爪と嘴で一斉に襲い掛かってきた。


 しかしアルジェントも負けてはいない。右回転、左回転、上昇、下降を繰り返し、グリフォンの群れを引き連れて山肌を昇っていく。


 俺は左から襲い来るグリフォンを一刺し、右から襲い来るグリフォンを一刺し、後ろのグリフォンを一刺し、攻撃をかわし、受け止め、弾き返す。


 頂上に昇りきった俺たちは、急旋回して切り返し、迫るグリフォンの群れに突っ込んでいく。


 俺は連続で木槍を突き、アルジェントは首を振るってグリフォンたちを蹴散らす。しかしグリフォンたちは更に怒り狂い、俺たちにその鋭い爪と嘴を突き立てる。血が後ろへと流れていく。それを気にする時間もなく、迫るグリフォンたち。囲まれる俺とアルジェント。


「アルジェント!」


 アルジェントはその場で身体を振るい回転し、俺もそれに合わせて木槍を薙ぎ振るう。これに弾き飛ばされ山に激突するグリフォンたち。


「はあ、はあ、はあ」


 いつの間にかグリフォンの数は残り三頭となっていた。これ以上数を減らすのは得策でないと逃げ出すグリフォンたちを、俺とアルジェントは追い縋る。


 残り三頭とは言え、見逃す事は出来ない。山頂へと逃げるグリフォンたちだが、速度はアルジェントの方が速い。逃げる三頭に直ぐに追い付き、俺は三頭目掛け突きを繰り出した。


 グリフォンたちは逃げ切れずに俺の突きによって身体を貫かれ、串刺しとなり息絶えた。


「ぜえ、ぜえ、ぜえ」


 拭う汗が血塗れで、今頃になって全身を激痛が襲う。俺は激痛に耐え切れず身体をアルジェントに預けた。


「疲れた。ゆっくり帰ろう」


 こうして俺とアルジェントの初陣は勝利に終わった。

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