第8話 革具屋へ

「ただいま~」


「お帰りお兄ちゃん! お土産は?」


「いきなりそれかよ。まあ、買ってきたけど」


 俺はノエルに、カルロスと王都で選んで買ってきた着せ替え人形を、鞄から取り出し渡す。


「わーい! ありがとうお兄ちゃん! 大好き!」


 現金な妹だ。そんな妹から視線を両親に変えると、二人とも俺を見て驚いている。


「どうかしたの?」


「どうかしたの? はこっちの台詞だ。どうして戻ってきたんだ? 学院は?」


 父が尋ね、母が頷いている。


「ああ、ネビュラ学院には行ってきたよ。受験なら先にそう言っておいてよ。初めての連続で驚いたよ」


 二人が驚き、顔を見合わせている。


「そうか、今日は受験日だったのか。紹介状は学院の人間に渡したんだよな?」


「……あ!」


「忘れてたのね」


 俺は鞄の中から紹介状を取り出して見せた。


「今から渡しに行ってこようかな」


「もう夜だ。今から学院に行っても迷惑だろう。それに、受験を受けたんだよな?」


 俺は首肯する。


「ならいい」


「それより、疲れたでしょ? 夕飯にしましょう」


 母が蒸かした芋が並べられたテーブルに着くように促す。


「本当に、疲れたよ」


 そう言いながら俺はいつもの席に着く。


「お兄ちゃん、王都ってどんな所だった?」


 ノエルが買ってきた着せ替え人形で遊びながら俺に尋ねてくる。


「そうだなあ。受験があったから余り見て回れなかったけど、建物はどれも二階建て三階建ては当たり前で、屋根が皆赤いんだよ。人が沢山いて、お祭りか? ってカルロス、あ、こいつは受験で知り合った奴なんだけど、カルロスに聞いたらこれがいつもの街だと言われて驚いたな。……」


 その日は王都の街並みや、ネビュラ学院での受験の事を家族に話して夜が更けていった。



「鞍と手綱か」


 翌朝、竜舎で休むアルジェントを前に、父に受験で竜に鞍と手綱を付けていない事を指摘されたと話した。


「付けるなら鞍だな」


「鞍? 手綱は必要ないの?」


 俺は首を傾げ尋ねる。


「ふん、必要ない。手綱は竜に言う事を聞かせる為のものだが、そもそも竜と人間は契約の鎖で繋がっている。しっかり絆を深めていれば、竜は手綱がなくても言う事を聞く」


 そう言うものなのか。確かにアルジェントは手綱がなくても言う事聞くし、アルジェントがどうしたいかは契約の鎖のお陰で伝わってくる。確かに手綱は必要ない、のか?


「でも手綱があることで姿勢制御もしやすくなるんじゃないの? やっぱり激しい空中戦、それも接近戦になると身体がぶれるんだよ」


「その為の鞍だ。鞍の先に取っ手を付けるんだよ。それを握れば竜上でも姿勢が安定する」


 成程、鞍に取っ手。確かにそれがあればアルジェントの上でも安定した騎乗が出来そうだ。


「金は払う。村の革具屋に行って、取っ手付きの鞍を作って貰え。この村の革具屋なら、竜用の革具を幾つも作っているから安心して任せられる」


 父から金を貰い、俺はアルジェントに乗ってウーヌム村へと向かった。



「あら? 学校に通うんじゃなかったんですか?」


 村の竜用停留地に降り立つと、他の竜たちの世話をしていた組合のお姉さんが声を掛けてきた。


「そうだったんですけど、なんか受験の結果が出るのがもう少し後になるみたいで、受かっていれば本格的に通うのは秋口になりそうです」


「へえ。そうなんですね」


「でも何でお姉さんが竜の世話をしてるんですか?」


 竜の世話は、竜と契約している人間の義務だと父に聞いている。組合員のお姉さんに丸投げとはその竜狩りは何をしているんだ?


「何でも何も、ブレイドくんがこの竜たちの契約者を牢屋送りにしたからでしょ」


 ああ。昨日俺に絡んできた男たちの竜なのか。それはなんか申し訳ない。俺が素直に謝ると、お姉さんは「気にしないで、良くある事だから」と笑って許してくれた。良くあるんだ。それはそれで問題だろ。


「それより良く来てくれました。組合員として依頼したい事があるんですけど」


 依頼か。竜狩りの組合員なら魔物狩りだろうか。


「実は南の山にですね……」


「えっと、ちょっと待って下さい。それって急ぎの依頼ですか?」


「そこまで急いでいる、と言う訳ではないです。例の牢屋送りの組合員たちが請け負っていた依頼なのです」


 そう言えば仕事が上手くいっていないとか何とか、昨日話してたな。


「そちらは急用ですか?」


「革具屋に鞍を注文しようと」


「鞍? うわっ!? 鞍も手綱も付いてないじゃないですか!」


 お姉さんも、まさか竜に鞍も手綱も付けずに飛んでいるバカがいるとは思っていなかったようだ。アルジェントに鞍も手綱も付いていない事を知ると、慌てて革具屋に走っていってくれた。



「おいおい、何考えて裸の竜に乗ってたんだ? 常識知らずの世間知らず、そして命知らずだな。蛮勇って言葉もおこがましい」


 口の悪い革具屋だ。お姉さんが連れてきた革具屋は、金髪の長髪を首の後ろで結んだ黒瞳の男で、筋肉自慢なのか、ピチピチの服をきている。


「で? 鞍と手綱が欲しいんだな?」


「いえ、手綱は要りません。その代わり鞍に取っ手を付けて下さい」


 俺が革具屋に要望を伝えると、革具屋は意外そうな顔をした後、「分かっているじゃないか」と改めてアルジェントを間近で観察し始めた。


「ふむ。まだ成竜にはなりきっていないようだな」


「はい」


「なら鞍も硬すぎず、ベルトで調節出来るのが良いだろう」


 そう言うものなのだろう。確かにアルジェントはまだ成長するだろうし、鞍でギチギチに背を固定しては成長の妨げになるだろうしな。


「それでお願いします」


 俺が革具屋に頭を下げると、革具屋は早速紐を取り出して、アルジェントの身体を計り始めた。


 少し暇になったので、組合のお姉さんに依頼の話を振った。


「南の山なんですけど、グリフォンが棲み着いたようなんです」


「グリフォン?」

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