第5話 受験その1

 王都ガラクシアの南端は河川に接し、その河川を跨ぐように要塞のような建築物がそそりたっていた。王都の守備隊が言うには、あそこが王立ネビュラ魔剣学院であるようだ。


 要塞の周りは広い草原となっており、千紫万紅の竜たちがその草原を埋め尽くしていた。俺とアルジェントもその群れの中に降り立つ。


「凄いな……」


 竜たちは恐らく成竜なのだろう、皆アルジェントより二回りも三回りも大きい個体ばかりだ。竜の群れに降り立った俺たちは、小ささと言う一点で逆に目立っていた。


 降り立ったは良いが何をすれば良いのかが分からない。周りを見回しても、何やら異物を見るようにこちらの様子を窺っていて、とても話を聞いてくれそうに思えなかった。


 そうやってまごついている内に、辺りがざわめき立つ。皆の視線が一点に集中したので、俺もそちらを向いたら、要塞の防壁の上に誰かが立っていた。長い赤髪に柔らかい容姿から女性であるらしいと分かる。女性はキチンとした礼服を着ていた。


「ベアトリクス王女だ!」


 周囲からそんな声が飛び、防壁に立つのが我が国の王女様だと初めて認識した。皆王女だと認識すると跪礼を始め、俺もそれに倣った。王女は皆が跪いたのを確認してから話し始めた。


「皆さん、この善き日に王立ネビュラ魔剣学院に集まって頂き、王に代わり感謝申し上げます。このネビュラ魔剣学院は、ガラク王国の次代を担う英才たちの集う学舎です。この門を潜れる者は限られております。皆さんがガラクを背負って立つのに恥じぬ者であると、証明し、その先陣を切ってみせて下さい」


 恐らく拡声の魔法でも使っているのだろう、ベアトリクス王女の声が草原中に響き渡り、王女の演説に呼応するように周囲から奮起の声が沸き起こる。それを聞き届けたベアトリクス王女は、自分の役割は終わったと言わんばかりに防壁の上から姿を引っ込めてしまった。



「えー、では、えー、魔法の、えー、試験を始めたいと思います」


 黒いローブを頭から被った鷲鼻の男が的の横に立って色々指示を出している。良く分からないが、俺は557と書かれた木札を渡され、魔法試験の列に並ばされた。他の場所では武術で対戦していたり、竜に乗って空中戦を繰り広げたりしている。あれ? 俺、この列で良かったのか?


 俺が訳が分からず首を傾げて列に並んでいると、トントンと肩をつつかれた。振り返ると、銀茶の髪に濃茶の瞳をした気の良さそうな青年が、558の木札を見せて俺に挨拶してきた。


「俺の名前はカルロスだ。見掛けない顔だが、この受験は初めてか?」


「ああ、俺はブレイド。初めてで訳が分からない所だったんだ。俺はここに居て良いのか?」


「落ち着け。この受験は誰にでも門戸が開かれている。俺たち平民からしたら、国の要職に就ける一番の近道で、ある意味王道だ」


 どうやら俺はテンパっていたらしい。そうかここは国の要職に就くようなエリートが通う学校なのか。


「益々俺が居て良いのか分からん」


「何故そうなる?」


「俺は山村の更に外れの生まれだぞ? 国の要職とは無縁だ」


「そんな僻地に住んでいる隠れた才能を引き立てるのが、この受験の狙いだ。そう言う意味ではブレイドは国の狙いにバッチリハマっていると言える」


 成程、そう言う考えも出来るのか。


「だが、何で魔法なんだ? 他の受験者? と分けられた意味が分からん」


「あれは後で俺たちもやる」


「そうなのか?」


「このネビュラ学院の受験は、魔法、武術、筆記、そしてあの騎竜の四種類を受ける事になるのだが、いちいち一つの科目を一斉に全員で受けていたら、時間の無駄だからな。こうして分散して時間短縮、効率化しているんだよ」


 成程、考えられているんだな。そして筆記もあると。そしてこの受験と言う名の試練を乗り越えた者だけが、ネビュラ学院に通えるようになるようだ。


「どうしよう、別に興味が沸かない」


「何でだよ!? この受験を乗り越えればエリートコースまっしぐら、金にも女にも困らないんだぞ!?」


 そうか、国の要職に就けば金には困らないか。両親やノエルに少しは楽な暮らしをさせてやれるかも知れない。


「ちょっと興味を引かれ始めたかも」


「だろ!? まあブレイドは少しだけアドバンテージがあるしな」


「アドバンテージ?」


「竜だよ。小さいけど自分の竜を持っているだろ?」


「カルロスは竜と契約していないのか?」


「俺たちの年代で竜と契約なんて、お貴族様でもなければそうそうしてないもんだ」


「そうなのか?」


 やはり俺は時勢に疎い。竜が貴族の領分なら、ここに来て俺が異物のように見られていたのも頷ける。


「でも、それならカルロスは騎竜の試験はどうするんだ?」


「0点さ」


「は?」


「だから言ったろ、そっちにはアドバンテージがあるって」


 成程、中々厳しいハンデだ。それじゃあ結局お貴族様が竜の分だけ得をしてネビュラ学院に通えるようになるじゃないか。世の中の不平等の縮図みたいだな。


「まあ、だからって指を咥えて見てるだけってのも性に合わなくてね」


 そう言ってカルロスは、懐の魔核付きの時計を見せてくれた。成程、あれがカルロスの魔導器か。


 魔導器は魔法の使えない人間が魔法を扱う為に生み出された道具だ。魔物の魔核には魔力が豊富に蓄積されており、魔物は魔核があるから魔法を使える。ならば魔核があれば魔力の無い人間でも魔法を使えるようになるのでは? との考えから生み出されたと母が言っていた。錬金術師の母が持っていたのは小さな杖型の魔導器だった。


「えー、では、えー、次の組、えー、試験を始めます」


 どうやらカルロスと話し込んでいる内に、俺とカルロスの組の順番が回ってきたようだ。

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